第6話 団欒
時刻は19時。区役所に勤める
「それでね、それでね! 天ちゃんったら優くんに甘えてばかりで」
「そうなんですか? 今のお2人からは想像できません」
「お母さん、余計なこと言わないで」
「ただいま……っと、楽しそうだな」
いつも以上にテンションを上げた妻が子供の話をしており、美少女――シアが興味津々と言った様子で聞いている。それを微笑ましく見ていた浩二に優が気づいた。
「久しぶりだな、父さん」
「おー、優。ただいまとお帰りだな」
「ああ、ただいま……」
ネクタイを外しながら答えた浩二にようやく妻の
「お帰りなさい浩二さん! この
「は、初めまして。お邪魔しています。シアです」
食べかけのハンバーグが乗ったさらに箸を置いたシアが立ち上がってぺこりと挨拶。それに浩二も応じて、軽く自己紹介を済ませた。
「可愛い子だな」
「いえっ、そんな……」
「そうでしょ、そうでしょ? 天人さんはみんな格好良かったり綺麗だったりするらしいけど、シアちゃんもそうね。それに何より良い娘なの!」
おべっかを抜きにしていった浩二の言葉に謙遜するシア。それをまるで我が子のように推す聡美。なんだかそれがむずがゆくて、シアはもじもじと頬を染める。
「うわ、お父さんが私達の同級生ナンパしてるよ兄さん」
「でも本当のことだからな……」
「はぁ……これだから兄さんは。お母さんは良いの? このままじゃシアさんにお父さん、盗られちゃうよ?」
「まあ! それは大変ね。でも大丈夫。だって浩二さんだもの。私の方が愛されてるだろうし、もし盗られちゃっても盗り返すわ?」
どうやらこの場に自分の味方は居ないらしいと天は頭を抱える。余談だが、彼女の皿に乗っているこぶし大のハンバーグは3つ目だった。
「そうだなぁ。今はまだ、聡美さんの方が好きだなぁ」
「まあ、私もうかうかしてられないわね。負けないわよ、シアちゃん?」
「は、はい! 望むところ……何がですか?」
優が疲れているだろう父を労って彼の食事の準備をしにキッチンへと引っ込む。浩二も荷物とジャケットを置きに夫婦共同の寝室へと引っ込んだ。
「なんだか天さんのお母様って感じがします。お父様もそうですね」
「どの辺が?」
「勝ち気で、負けず嫌いなところ……でしょうか? お父様も優さんに似てイケメンさんです」
この空間は何か
そうして天が1人悶々としている間にも、兄妹の過去が聡美によってさらされていた。シアも食い気味に聞いているため、誰も母親を止められない。その光景に、またまた深いため息をつく天だった。
3LDKの神代家。シアはリビングすぐ横にある天の部屋に泊まることになっていた。来客用の布団があったわけでは無いため、セミダブルのベッドを共有する。寝間着は背格好の似ている母親のもの、下着はマンションの敷地内にあるコンビニで買ってきたものを使用していた。
時刻はもうすぐ12時。電気を消すと、枕元にある間接照明の温もりのある光だけが部屋を薄暗く照らす。
「シアさん、もうちょっとこっち来ていいよ? 落ちちゃうでしょ」
「いえ、枕を譲ってもらってそれ以上は気が引けます。それに私、寝相は良いので」
シアが枕を、天が大き目のぬいぐるみにそれぞれ頭を預けて見つめ合う。お互いの体温を感じながらブランケットに
「やっぱりお母さん、めちゃめちゃテンション高かったね」
「ふふ、たくさん昔の天さんのこと、知っちゃいました。優さんのことも」
「まあ、それでシアさんが楽しんでくれたなら良かったよ。……お父さんもシアさんの事気に入ったみたいだし、これでいつでもお嫁さんに来れるね?」
「えっと……? お父様は聡美さんを愛しているみたいですし、心配ないですよ?」
シアをからかってみようと思った天の発言は、綺麗に食い違う。それが何だか可笑しくて、天はその茶色い瞳を細める。やっぱり、天人は面白い。奇想天外を求める天が狙った通り、今日はいくつもの予想外があった。苦労もあったが、それ以上に楽しさの方が天の中で勝っていた。
「……今日、天さんがお泊りに誘ってくれたこと、少し意外でした」
「なんで? シアさん、泊まるとこ無さそうだったじゃん」
「――っ! そうですね……いえ、そうでした!」
シアが困っていた。だからシアを泊めただけだと言った天。息をするように人を助ける。やはり兄妹なのだなとシアも顔をほころばせる。
「今日は楽しかったです。泊めて頂いて、ありがとうございました」
「ん、どういたしまして。明日も早いしそろそろ寝よっか」
「はい。……天さんとショッピング、楽しみです!」
きりりと表情を引き締める友人に笑みで応えて、天は目を閉じる。シアは忘れているようだが、今日の昼間は人間による襲撃があった。犯人の男は言っていた。
『違うな』
それはつまり、何かを探していたということ。そしてそれは恐らく、魔法の色を見ていたのだ。でなければ、わざわざ魔法で、しかも自分たちが反応するのを待って攻撃する必要がない。また、魔法の色で個人を特定できるほど珍しいマナの色。
薄っすらと目を開けてみれば、スヤスヤと寝息を立てる友人がいる。
「可能性はある、か……」
シアは極めて珍しい白いマナであり、それに該当する。兄の言う通り“魔女狩り”が横行しており、その目的が見えない現状、彼女を1人にすることは危険に思えた。けれども幸い、内地にいる限り魔法を使う機会は滅多にない。何かあっても、自分が対応してみせればいい。
兄と同じように、これからも自分の人生を面白おかしくしてくれるだろうこの友人を失うわけにはいかない。眠りに落ちるその時まで、天はひたすらに考えを巡らせていた。
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