第5話 お呼ばれとお泊り

 交番で軽い事情聴取を終えると、時刻は15時を過ぎていた。幸い、天の魔法使用は正当防衛であることが多くの目撃者によって証明されて、おとがめなし。シアも狙われる心当たりがなかったため、それほど長引くことは無かった。

 交番を出てほっと息つく一同。


 「まさか魔人との戦いがここで生きるとはな……」

 「ほら、気を抜き過ぎないで良かったでしょ?」


 自分でも驚くほど冷静に対処できたことに優が思わずつぶやく。そんな兄に今朝寝ぼけていた兄をいさめた天が鼻を鳴らした。


 「明らかに天とシアさんを狙ってたな。2人とも心当たりはないんだろ?」

 「はい、会ったこともありません」


 春樹の問いにシアが答え、天がうなずく。と、そこで優はある単語を思い出した。


 「もしかして、“魔女狩り”か?」

 「あー、さっきテレビで見たやつね。あり得るかも」

 「ということは、さっきの方は魔力至上主義者ということになるのでしょうか?」

 「そうだとして、結局狙いは何だったんだ?」


 4人それぞれが意見を出し合うも、結論など出るはずもなく。そうこうしているうちに環状線までたどり着いてしまった。


 「うわ。第三校行きの在来線、止まってるって」


 SNSに流れている情報を見ていた天が顔をゆがめた。第三校へ向かう路線は踏切も多く、畑や田んぼ、山も通り抜ける。人や動物との距離が近いため、人身事故が後を絶たない。加えて外地も通るため、知恵のある魔獣や魔人が時折、電車や線路を狙うことがあった。


 「今回は……傷ついた線路の修復か。魔獣だろうな。被害者がいなくて良かった」

 「ですが復旧には1日かかりますよね……。えっと、こういう時はネットカフェでしょうか?」


 第三校が寮生活ということもあって、シアは賃貸だった実家の契約を4月で切っている。現状、帰る場所が無い状態だった。

 幸いシアは天人。年齢はあって無いようなものなので、ネットカフェ側も彼女が泊まることを拒否しないだろう。しかし、優が待ったをかけた。


 「いや、しばらくシアさんは1人で行動しない方が良いかも知れません。せめてビジネスホテルの方が安心できると思います」


 “魔女狩り”の目的がわからない以上、シアがまた狙われないとは言い切れない。良くも悪くもシアは目立つ。不用意に単独行動するべきではないと優は思っていた。そうでなくとも同級生の女の子がネットカフェに1人でいる。優はそれが無性に心配だった。


 「ですが、ビジネスホテルは少し高い気も……。あ、確か近くにカプセルホテルが――」

 「それもネカフェとほとんど一緒だ、シアさん」


 両親に迷惑をかけないよう節制に努めてきたシア。長年培ってきた貧乏性が抜けない彼女に、春樹も思わず苦笑いをこぼす。その横にはどうしようかと考え込む神代兄妹。

 まさかここまで心配してくれるとは思っておらず、シアは胸が熱くなる。これ以上心労をかけまいとシアが近くのホテルを探そうとした、その時。


 「……じゃあさ、シアさん。良かったら、うちに泊まる?」


 携帯を手にそう提案したのは、天だった。




 念のため、シアの墓参りにも同行しておいた優、天、春樹の3人。掃除を手伝ったのち、線香を上げる。


 『おじいちゃん、おばあちゃん。詩愛しあです。今日は大切なお友達を紹介したくて――』


 どこか嬉しそうに、楽しそうに話しながら顔をほころばせる天人の姿はきっと、両親を安心させたに違いなかった。30分ほどで墓石の掃除などの所用を済ませた4人はシアの母校や、両親と住んでいたマンションを巡る。幸いにもその間、怪しい人物の動きは無かった。


 暗くなる前に、と、時刻は18時30。桜ノさくらみや駅に着いた4は自宅へ向けて歩いている。結局、シアは天の提案を受け入れた。事情が事情なために絶対に言えないが、人生初の「お呼ばれ・お泊り」に胸が躍ってもいた。


 雑談をしながらゆっくり歩くこと5分ほど。マンション群と巨大な医療センターに挟まれる形で、高い柵に囲まれたグラウンドが見えてくる。


 「優、また明日ここでな。9時だぞ、絶対来いよ?」

 「ああ。行けたら行く」

 「それ来ないやつだろ。ま、お前なら来るんだろうけどな」


 明日、優と春樹は朝から地元の友達とここでサッカーをすることになっている。その後も場所を変えて、一日を共にする予定だった。多少疎遠になっていた旧友たちとの再会の場を設けてくれた親友に、優は感謝していた。

 春樹と別れ、残りの3人も歩き出す。


 「シアさんは明日どうする? 朝だけになっちゃうけど、近くのショッピングセンターでも紹介しよっか?」


 天も昼からは中学時代の友人と遊ぶ予定があったが、朝は空いている。家に招いたシアを1日中1人にするのもおかしいだろうと、そんな提案をしてみた。

 シアがその提案に目を輝かせる。毎年のように真っ白だった夏休みの予定が埋まる。彼女はそれが、無性に嬉しかった。


 「はい! お願いします!」

 「了解ー。多分、お昼には電車も復旧してるでしょ。最悪、明日も泊まって良いよ」

 「ふふ、ありがとうございます。でも、さすがに明日には復旧していると思います」

 「それもそっか。そう言えばこの間――」


 かしましいガールズトークを背後に聞きながら、何やらフラグが立った気がする優だった。

 やがて家に着いた3人。時刻は19時前。夕食時ということもあって、そこかしこから良い匂いが漂って来る。それは目の前の神代家も同じだった。


 「多分、母さんだよな?」

 「それにこのにおい……。絶対、ハンバーグ!」


 鍵を開けながら確認した優に、好物の存在を嗅ぎ取った天が声を弾ませる。鍵を開けて玄関に入ると案の定、母親の靴があった。優、天に続いてシアも靴を脱ぐ。その間に優は天に耳打ちした。


 「シアさんのことは連絡したか?」

 「うん。だからちゃんとシアさんの分もあるはず。あ、でも。張り切り過ぎてる可能性もあるかも」


 母親の性格を考えて、ごくりと喉を鳴らす兄妹。そんな2人の様子に、靴をそろえたシアは首をかしげる。廊下の先。今朝は風通しのために開けてあったリビングへと続く扉は閉められている。


 「どうかしましたか?」

 「ううん。それよりシアさん。多分、キッチンにお母さんがいるんだけど……」

 「シアさんがいるから、ちょっとだけテンションが高いかもしれません」


 兄妹の忠告の意味が分からず、またしても首をかしげるシア。彼女を背後において、優と天がリビングの扉を開く。


 「「ただいまー……」」

 「あら! あら、あら、あら! お帰りなさい、優くん、天ちゃん!」


 と、すぐ脇にあるキッチンには母親の聡美さとみの姿があった。黒髪黒目で身長はシアと同じくらい。優し気な目元に40歳を手前にした年の割にはメリハリのある体つきをした女性だった。

 優たちの声に反応して料理の手を止め、帰って来た息子と娘をぎゅっと抱き締める聡美。そして、


 「お、お邪魔しますー……」


 2人の背後にいたシアも見つける。そこから始まる怒涛の口撃言葉攻め


 「わー! この娘がシアちゃんね! うわぁ! 天ちゃんに負けず劣らずかわいい! ほら遠慮せず入って、入って? 荷物は机に、あ、でも、まずは手を洗わないとだよね。洗面所は分かる? って、わからないわよね?! 天ちゃんが案内してあげて? あ、優くんは付け合わせを作るの手伝って。それから――」


 圧倒的な速さで見舞われた出会いがしらのその口撃に、シアは動けなくなった。

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