幕間 天人・コウ

 大阪難波。1人の天人が大きなあくびを噛み殺しながら、怪しくきらめく建物から出て来た。

 彼の名前はコウ。プロスポーツでもやっていそうなほど高い身長に長い手足。小さな顔はあごが細く、黒い髪にアメジストのような紫紺の瞳。白いカッターシャツに緩められた赤いネクタイ、スラックスという出で立ちはここが歓楽街ということもあって、ホストのようだった。


 「くわぁあ……。さすがにちょっと飽きて来た」


 整った容姿に加えて自身が持つ【魅了】の啓示。コウに言い寄る人間は男女問わず後を絶たない。また、彼もそれを拒むことなく受け入れて来た。今日も、そのうちの適当な1人と同衾どうきんしたところだったのだが、それがここ最近ほぼ毎日。挙句漏れた感想が、先のそれだった。


 「なんか物足りないんだよなー。こう、自分で“落とした”感じがしない」


 柔らかな黒髪を搔きながら、愚痴をこぼす。

 彼はとある人物を探していた。それは少し前。大阪を駆け巡った真っ白なマナの持ち主。世界を書き換えるような力を持ったその魔法は間違いなく、天人が使う権能だった。

 それがコウの中を駆け抜けた時、陳腐な言い方をすれば運命を感じたのだ。その力を持ったに。それは天人としての直感なのかもしれない。ともかく、抑えようのない感情が、コウを襲った。


 「きっと、その子となら楽しめるだろうな――」

 「ちょっとコウ君! 待ってよ」


 と、先ほどコウが出て来た建物から若い女が出てくる。そう言えば相手を置いて来てしまったと思いだした彼。


 「ああ美百合みゆりさん。ごめんね、ちょっと一服したくて」


 そう言って微笑むだけで大抵の人間は見惚れて黙ってしまう。美百合と呼ばれた人間も例にもれず、恍惚こうこつとした表情を浮かべて沈黙した。


 「……本当に、つまんないなー」


 手元の煙草に火を点け、煙を吐き出す。路上喫煙禁止区域など、天人である彼の知ったことでは無かった。その時、彼のズボンに入っていた携帯が鳴る。その相手は彼の協力者たち。


 「もしもし? どう、進捗は?」

 「すみません、まだ見つかっていません」


 ため息とともにもう煙を吐き出すコウ。


 「そっか。まあ気長に待つよ。でも絶対に見つけてね、白いマナなんてそうそういないだろうから」

 「了解しました。……そ、それと――」

 「ん? ああ、うんいいよ。プールね。明々後日しあさってなら空いてるから」


 コウの予約を取った電話相手のが喜びの声を上げる。これも後に待っている“楽しみ”への必要経費だと割り切ることにして、コウは電話を切る。

 魔力至上主義者。天人だというだけで崇拝し、尊敬してくれる彼ら彼女らはコウにとって、非常に使い勝手の良い駒だった。


 「じゃあ美百合さん。旦那さんと子供が待ってるだろうし、早く帰った方が良いよ。ちゃんと見送るから」

 「……うん、コウが言うならそうするっ! 帰る!」


 声を弾ませて腕を絡めてくる女性。愛する旦那がいて、子供がいて。それでも自分と少し話すだけで人間は我を忘れて肉欲に走る。結局、動物と変わらないじゃないかとコウはげんなりした気分になる。その点、天人は啓示や権能に影響されずに、本当の自分を見てくれる。

 天人は子を成せない。けれども恋愛は出来るし、性行為だって出来る。そしてコウの中でその相手は、白いマナを持つ彼女しかいないと思っていた。彼女となら、恋愛も性行為も、間違いなく楽しめる。


 「どこにいるのかな? 俺の可愛い伴侶およめさん?」


 愉しそうに笑う彼は期待に胸を膨らませる少年のよう。しかし、その実。自己陶酔と肉欲にまみれたどこまでも自己中心的な大人のそれだった。



…………


※いつも応援ありがとうございます。来週の月曜~木曜日、朝7時半ごろにまた4話分を更新します。よろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る