第8話 ユニバーサルスタジオランド

 大阪市内から電車で南西に下ること20分ほど。ユニバーサルスタジオランド。『USL』や『ユニバ』と呼ばれるその場所は今日も人でごった返していた。映画やゲーム、アニメの世界観を再現したアトラクションが人気のテーマパーク。

 改編の日以前に比べて海外からの渡航者が大きく減った代わりに、数少ない娯楽と異国情緒を味わおうと県内外から多くの観光客が訪れるようになっていた。


 「春樹、どうだ? 天、来たか?」

 「人多いからな。しかも天、ちっさいし――お、あれか?」


 優と春樹が、ランドに直結している『ユニバーサルスタジオランド駅』出てすぐのコンビニで偵察をしていると、淡い黄色のオフショルダーにジーンズ、スニーカー。肩掛けの白いポーチという動きやすさも損なわない服装の天を見つける。身長が低く人に紛れやすいものの、その特徴的な髪色のおかげで見つけることが出来た。今日は服装に合わせてハーフアップにした髪を編み込み、残りを背中側に流していた。


 「ってことは隣にいるのが……」

 「ああ、外町そとまちだな」


 春樹の視線を追って優も、天とその横に立つ外町弘毅そとまちこうきを見つける。天の頭2つ分ほど背が高くガタイの良い外町。黒のトップスに明るい黄色のアウター、淡いグレーのボトムスを合わせている。胸元には丸いサングラスがかけられていた。


 「天、男の好み変わったのか? オレが知ってるのと違うんだが」

 「知らないが、その可能性もある。一応、デートも3回目らしいからな」


 春樹と優、2人は今日、当然のように天を尾行しようとしていた。外町は平然と二股を宣言できる人物。敗北を経て、果たして彼は変わったのか。心配になった優と、その相談を受けた春樹が急遽、他の予定を蹴って来てくれたのだった。春樹としても当然、想い人である天の動向が気にならないわけない。


 「優のシスコンもそうだが、オレもオレなんだよな……」

 「春樹、見失う前に行くぞ」


 項垂れる春樹を優が引っ張って動かす。

 そんな2人を茶色い瞳で横目に見ながら、


 「あはっ、兄さんたち尾行下手か。ていうかやっぱり来てるし」


 声に呆れをにじませながらも、その口角は上がっている。


 「どうかしたか?」

 「ううん、何でもない。それより今日、誘ってくれてありがと」

 「べ、別に? 神代こそ、来てくれてありがとうな。今日こそ俺がおごる――」

 「あ、それは大丈夫。お給料も入るし」


 あくまでもデートは外町との約束を果たすため。それ以上でも、それ以下でもない。これ以上の妙な勘違いを誘発しないように、線引きは必要だろう。


 「今日は目一杯、楽しもうね!」


 完璧な笑顔を浮かべる天に、鼻の下を伸ばす外町だった。




 時刻は正午過ぎ。


 「……普通だな」

 「ああ、普通に高校生男女の、楽しそうなデートだ」


 3時間ほど尾行して分かったのは、至って普通のカップルデートだということ。外町も特段、他の女性に目移りするわけでもなく、むしろ天にデレデレだった。

 2人がサメの映画『シャーク』をテーマとしたレストランに入っていく様を、屋台で買ったターキーを片手に眺める優と春樹。なんやかんやで、優が期間限定開催の特撮ヒーローをテーマにしたエリアに行ったり、春樹は絶叫マシンに乗ったりと、2人もUSLを満喫してはいた。


 「……でも男2人なんだよな。なんかオレ、むなしくなってきた。天が知ったらキモがるだろうし、帰ろっかな」

 「そう言うなって。これも大切な人付き合いだろ、多分……って、春樹。あっちの方、何かあったんじゃないか?」


 天たちが出てくるまで待つつもりだった優が、少し離れた広場の方に人だかりがあることに気付く。


 「また“魔女狩り”か? 一応、行くか、優」


 特派員も内地の治安維持に協力する義務がある。そのための対人実技試験であり、仮免許だった。常に携帯している金属製の特派員仮免許証を示しながら、人込みをかき分けて中心に向かう。


 「落ち着いてください。私はあなたに危害を加えるつもりは――」

 「うるさい! お前天人だろ?! 何でもいい、魔法を使って見せろ!」


 そんな声が聞こえたのは、優と春樹が人垣の中心についた時だった。

 小太りの中年の男と、1人の少女が一触即発の雰囲気で対峙している。胸元に文字が入った白い服にプリーツの美しいグレーのフレアスカート、斜め掛けのポーチ。変装のためか縁が薄い丸い眼鏡をかけているものの、彼女は優と春樹の良く知る人物だった。


 「シアさん?! どうしてここにいるんですか?!」

 「あー……その、えぇとですね? 私も天さんの様子が気になって……」

 「電車で真っすぐ第三校に帰るように、俺も天も言いましたよね? 代わりに明日、遊びましょうって」


 今朝、彼女は朝一番の電車で第三校に帰ったはずだった。だから優も天も安心して、休日を謳歌していたというのに。“魔女狩り”が横行している今、彼女の単独行動が危険だと再三言っていたのに。

 それでも、優に彼女の行動を制限する権利など、あるはずがない。ここで糾弾するのも筋違いと言うものだろう。


 「お、おい! 何の話をしている! いいか、使うからな?! 魔法、使うから――」


 無視された男が声を荒らげた、その時。優たちとは別にもう1人、特警を自称する女性が黒髪を揺らしながら飛び出してきた。


 「と、特警です! なんの騒ぎですか?」


 緊張のせいか上ずってはいるものの、なぜか聞き覚えのあるその声と雰囲気に優の全身が泡立つ。

 飛び出してきた女性はすぐにその黒い瞳で状況を察する。


 「特警です! 2人とも動かないでください、野次馬の皆さんは危ないので離れて!」


 警察手帳で身分を示しながら、声を張り上げて矢継ぎ早に指示する女性……いや、少女。垂れた目元に大きな黒い瞳。何度も聞いた芯の通った意思を感じさせる、優しい声色。天と同じくらいの小柄な体躯。


 「は、春野はるの……?」


 驚きの声を漏らしたまま動かない優に、特警の少女――春野楓はるのかえでが注意喚起を行なう。


 「あなた達も下がって――って、瀬戸くんと……神代くん?!」


 春野の方もようやくそこで知己の存在に気付いたようで、驚きの声を上げるのだった。

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