第二幕・前編……「最後の日」

第1話 混沌とした想い

 優と春樹がいる位置から見て右にシア、左に対峙する男。そして、正面に特警の少女――春野楓はるのかえでがいる。ちょうど四角形を描く状態になり、それを取り巻く来園者たち。にぎやかなテーマパークには似つかわしくない緊張感が漂っていた。


 「ひとまずシアさんを助けるぞ。優、あの男の人に魔法を使えるか?」

 「……そうだな。でも、悪い。魔法を使うのは無理だ。できるなら体術で押さえつけたい」


 相手は魔獣でも魔人でもなくれっきとした人。優は魔人でも魔獣でもない”人間”を相手には未だ魔法を使えないでいた。


 「だから、無色の俺が〈魔弾〉で男の人の気を逸らす。その隙に春樹はシアさんを頼む」

 「……了解!」


 そう言って、春樹が同意した瞬間だった。優はごく小さな透明の〈魔弾〉を男の後方で爆発させた。乾いた音が響いて、犯人が思わずと言った様子で振り返る。


 今だ!

 

 そう思って、春樹が男を押さえつけるために動き出すより早く。先に動いたのは春野だった。〈創造〉した黄色い警棒を、よそ見をしてむき出しになった男のあご先に寸分たがわずかすめさせた。


 「はぇぅぁ……」


 脳が揺れて軽い脳震盪のうしんとうを引き起こした男が、情けない声を上げながら膝をつく。そんな彼の後ろにはすでに優がいて、うつぶせに男を組み伏せる。結局、男は優と春野の2人だけで無力化されたのだった。

 すぐさま男を組み伏せる優に歩み寄った春野。


 「神代くんは特派員ですよね。すぐに応援を呼ぶから、そのままそのまま男の人をお願いします。……皆さんは休日を楽しんでくださいー!」


 優に指示し、野次馬を解散させ、通報を始める。手際よく職務をこなす、そんな春野の背中を見ながら、自分同様に夢を叶えつつある彼女に安心する優。男のあごを砕かない絶妙な力加減と狙いで行なわれた一撃は、何度も繰り返されただろう訓練を感じさせた。

 が、それと同時に、優自身がトラウマと呼ぶある種の春野への執着、つまりは未練と呼ぶべきものが痛みとなって、彼の心を抉った。


 連絡を済ませた春野がふぅっと小さく息を吐く。特派員なら大丈夫だと言う確信のもと、男の身柄を優に任せる。そして、


 「到着が遅れてすみませんでした。お怪我はありませんか?」


 春野がそう尋ねた相手はシアだった。


 「はい。大丈夫です。助けて頂いてありがとうございました。……えっと?」

 「あ、わたしは……じゃない。本官は大阪府警察本部魔法犯罪係所属、春野楓はるのかえで巡査であります」


 敬礼と共に仰々しく自己紹介をした春野。私服であるため少し締まらないものの、その言動は洗練されているようにシアには見えた。


 「助けてもらってありがとうございました、春野さん。私はシア、天人です」


 深々と腰を折って礼を告げる。天人だと言ったシアの言葉に一瞬だけ顔を緊張させた春野だったが、


 「すみません、応援が駆けつけるまで、もう少しお待ちください」


 言って、己の職務を全うすることにした。そうして10分後。


 「それでは、あとはこちらで。春野巡査はご友人と休日を楽しんでください」

 「はい、ありがとうございます! お疲れ様です」


 男が魔法使用未遂だったこと、怪我人もいないことから10分ほどで手続きが終わる。春野が敬礼をしながら先輩警察官を見送って、一件落着と相成った。


 優と春樹、そこにシアと春野を加えた4人はひとまず場所を変える。夜に水上パレードが行われる、ランド中央の中海に面したエリアに移動し、無数に並ぶベンチの1つに腰掛けた。


 「それで、えっと……春野さんと3人のご関係は?」


 最初にそう切り出したのはシア。どう見ても顔見知りの3人に対する、好奇心からの質問だった。


 「オレと優、かえでちゃんは中学の同級生だ」


 端的に、それ以外の部分を省いて答えた春樹。しかし、乙女か天人かの直感がそれだけでは無いとシアに知らせる。


 「……本当にそれだけ、ですか?」


 今度は優と春野に疑惑の目を向ける。シアの目線にあたふたと取り乱したのは、職務を離れて素に戻った春野。


 「そ、そうですよ? ね、神代くん?」


 彼女の問いに少しずつ傾き始めた太陽を見上げて、優が答える。


 「そうだな。『同級生』、それだけだ。……本当に」


 自分たちには何もなかったと優に宣言させる。春野の天然の一撃に、春樹は思わず苦笑いだ。そんな3人をいぶかしむシア。港町を表現した陽気な園内BGMをバックに、妙な沈黙が流れる。


 「……どうして春野はユニバに? それも1人で」


 意外にも、沈黙を破ったのは優だった。その問いかけに春野が驚いた表情を見せた後、途端に顔をほころばせる。

 告白という出来事が互いに互いの“共感者”という友人を奪ったのだ。しかし、また、優が歩み寄ろうとしてくれる。それが自称陰キャで友人の少ない春野にとっては心底嬉しいものだった。


 「きっと神代くんならわかると思います」

 「俺なら?」


 恥じらうような、試すような春野の視線が優に向けられる。そのに全力で向き合おうとする優が導き出した答え。それは、


 「……もしかして、期間限定イベント……か?」

 「当たり! 正解です!」


 昼に楽しんだ特撮ヒーローをテーマとした期間限定エリア。格好良い仮面のヒーローや怪獣と戦う巨大な星の戦士を特集した場所だった。

 優の回答に手を叩いて喜ぶ春野。やはり優は変わっていないのだと、心底安心する。


 「イベントは来週までで、久しぶりの連休を貰いましたし。でも周りに興味ある人居なかったから、1人で来ていました」


 照れてくしゃりとボブカットを握る春野の変わらない癖に優も頬を緩める。


 「……なら、あれ見たか? 映像の撮り方のやつ。アクターさんの技術がすごくて」

 「見ました、見ました! あれを見ると、むしろアクターさんの方が本物のヒーローみたいに見えます!」

 「だよな。いや、でもやっぱり作品としてのヒーローの方が俺的には格好良いんだけど――」


 そこから一気に、早口に語り合い始めた優と春野。その目や声には言いようのない熱がある。

 振った振られたを忘れて、久しぶりにはしゃいでいる親友の表情に春樹は微笑ましく2人を見守る。そんな彼にシアが尋ねた。


 「あの……春樹さん。お2人は何の話をしているんですか?」

 「ん? 俺にもさっぱりだ。でもやっぱり、2人はこうじゃなくっちゃな」


 冷静沈着なイメージが強い優が声を弾ませ、目を輝かせて春野と呼ばれた少女と話している。その顔には滅多に見せない笑みすら浮かべて。

 春樹と並んで、シアも楽しそうな優と春野を見守る。と、2人の間にかつて憧れた“運命”の熱を感じた。もし自分の啓示が2人をここでめぐり合わせたのだとしたら、これ以上嬉しいことは無い。

 優はシアがたった1人に選んだ“主人公”。春野はその運命の相手なのだから――。


 「……?」


 そこまで考えて、シアの中にこれまで感じたことのない痛みが走った。いつもなら心の底から祝福し、憧れていた熱量。運命の出会い。しかし、今回はなぜか言いようのない不安が押し寄せてくる。

 そうして、混沌とした感情に足を止めて戸惑うばかりのシアの横で、それでも優と春野の時間は進んでいく。

 と、そんな4人に忍び寄る小さな影が1つ。


 「それで? 今度は私から質問なんだけど。兄さんと春樹くんはどうしてUSLにいるの?」

 「あっ」「……やばい」「あはは……」


 優も、春樹も、シアも。恐る恐る声の主であるを見上げる。そこには3人の案の定、腕を組んで仁王立ちし、潮風に黒と金の髪を揺らす少女――神代天の姿があった。

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