第2話 陽キャ

 少しずつ西日になりつつある太陽が、気まずげな4人と彼らに向かい合う小さな少女を照らす。


 「まずシアさん。まっすぐ帰ってって言ったよね? なんでいるの?」

 「それは……天さんのデートがどうしても気になってしまって……」

 「約束破る人って、友達少ないと思うんだけど?」

 「うぅ……。すみません……」


 シアの回答にため息をついた天。天が着ている柔らかそうな生地のオフショルダーのトップスが風に揺れる。


 「次。春樹くん。どうしてここに?」

 「オレは優と遊びに来ただけだ。偶然だな、天。いやもう本当に」


 知らぬ存ぜぬを通すことに決める春樹。当然だ。意中の相手を尾行する。それすなわち、ストーキングというもの。それをしていたことを絶対に、天本人に知られるわけにはいかなかった。

 春樹の顔を一瞥して鼻を鳴らした天。彼が今言ったことの真偽は分からない。が、そもそも、知る必要は無かった。なぜなら、原因は間違いなく兄にあるから。


 「で? 兄さんは私をけて何してたの? 正直、過保護すぎてキモイ」

 「気づかれてたのか。……悪い。外町そとまちの人間性を知りたかった」


 天の辛辣な言葉に、優は謝罪の言葉と端的な目的を告げることしかできない。それでも、どうしても気になることを尋ねる。さすがに目は合わられなかったが。


 「……それで、外町は?」

 「外町君は巻いて来た。通知も着てたし、あとで戻るけど。それよりシアさんは無事? また何かに巻き込まれてたみたいだけど」

 「あ、はい。そっちは大丈夫です」


 わざわざ自分たちを詰問するために外町を巻いて来たのかと思ったが、騒ぎがあったと聞いて駆けつけたのだと優にはわかる。妹にしては珍しく、泊りをする程度にはシアに気を許し、気にかける存在。シアが妹にとって特別であることはよくわかっていた。

 シアの全身を一瞥し、無事を確認した天。


 「そ。んじゃ、私は戻るね。外町君に悪いし」


 外町から届いていたメッセージに返信し、肩掛けの小さな白いポーチに携帯をしまう。そのまま身をその場を去ろうとした彼女に


 「……天は外町と付き合うつもりなのか?」


 平然を装って尋ねたのは春樹。彼としては死活問題なのだ。


 「ううん。言った通り今日は遊びに来ただけ。勝負服っていうのも言葉の綾。だから期待したようなことにはならないと思うよ、シアさん?」

 「あ、はい。軽率な行動は控えます……」


 シュンと反省したシアに満足したのか、天は今度こそ足早にその場を去る。彼女の小さな身体はすぐに人ごみに紛れてしまった。


 「変わりませんね、神代さん。――本当に」

 「そう言えば、春野に挨拶すらしなかったな」


 現れてからその時まで、一切、春野の存在に触れることの無かった天。彼女が同級生を忘れるとも、挨拶を忘れるとも思えない優。実際、現れた時に一瞬、春野にも視線は向いていた。

 妹の行動の理由を優が考えていると、春樹から提案の声が上がった。


 「こっからどうする? 折角だから4人でランド、回るか?」

 「俺は……それでもいい。入場料も高かったし、このまま帰るのは損した気分だ。春野はどうする?」

 「うん! 2人が良いなら、是非。もったいないなって思ってました」


 中学同期組が意気投合する中、シアは変装用の伊達メガネをかけて立ち上がる。


 「すみません、私は帰ります。一緒にいても皆さんに迷惑をかけてしまいますし」


 ただでさえ啓示の影響もあるのに、“魔女狩り”がある以上、自分がいても迷惑がかかるだけ。そう思って立ち去ろうとする彼女の腕を取って、優が引き留めた。

 思わず立ち止まって振り返ったシアの艶やかな黒髪とグレーのフレアスカートが揺れる。どこか寂しそうな紺色の瞳を見つめて、優は言った。


 「シアさん。いつもの悪い癖が出てますよ」

 「……私の悪い癖、ですか?」


 肩にかけたポーチの細いヒモをぎゅっと握って聞いたシアに、頷いて見せる優。


 「はい。他人の迷惑ではなく、自分の声を大切してください。シアさんは、どうしたいですか?」


 足りない自分は誰かの力を借りて前に進まなければならない。初任務でそれを痛感した優。それゆえに友人や仲間を大切にしようと改めて決めたのだ。そのためには、相手が何を考え、どう思っているのか。それをきちんと聞かなければならない。

 同時に、


 「俺はシアさんとも、USLを回りたいです。シアさんは?」


 自分と相手。優とシア。互いの想いをすり合わせた先にある答えこそが、優が目指したい“理想の最善手”だった。

 しばしの沈黙ののち。意を決したようにシアが小さく呟く。


 「で、では……ダイナソーパークに行ってみたいです」


 思えば、彼女が男に絡まれていた場所もその近くだったと優は思い出す。ひとまず、シア自身は4人でランドを楽しむことを嫌がっていないことは確認できた。


 「わかりました。じゃあ行きましょう。春樹も、春野も。今からダイパに行っていいか?」

 「おう!」「うん!」


 そうして4人で連れ立って、ジャングルを模したエリアを目指す。乗ればビチョビチョになること必至の急流すべりや、うつぶせの宙吊り状態で乗るジェットコースターが人気のエリアだった。

 道中、吹っ切れたように目を輝かせてランドを見回すシア。過去に年間パスポートを持っていた優や春樹とは違い、彼女がここに来るのは初めて。しかもそばには友人がいる。


 『この『シャーク』ってどんな映画なんですか?』

 『あ、順天堂のエリアはチラッと見てきました。ぬいぐるみが可愛くって』

 『次は魔法使いの所に行きませんか?!』


 アトラクションの長い待ち時間の間も、パンフレットを片手に会話が途切れることは無い。優に、春樹に興味津々と言った様子で残された閉園時間までを満喫するプランを立てる。


 「春野さんは来たことあるんですよね?! お勧めの場所ってありますか?!」

 「お、落ち着いて下さいシアさん。……この人、意外と陽キャ?」


 楚々とした雰囲気から自分と同じくもの静かなタイプだと思っていた春野。しかし、意外とグイグイ来るシアのギャップに戸惑う。

 シアも絶賛友達作りを継続中。もとより初めての地に友人と来たテンションと、春野が同性であることもあって、シアに一切の遠慮は無い。


 「趣味とか、休みの日の過ごし方はインドア派だったのに……っ?!」

 「春野さん、次はアレ! アレに行きましょう!」

 「う、うん。分かった! 分かりましたから、待って――」


 無邪気さを覗かせる天人に翻弄されながら、中学同級生組3人は閉園時間ギリギリまで連れ回されることになった。

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