第3話 ピロートーク

 時刻は21時を回った。神代家で遅めの晩ごはんを済ませた後、シアは天の部屋で髪を乾かしていた。

 結局、今日もシアは神代家に泊まることになった。夜道をシア1人で帰らせることについての不安もあったが、それ以上に。帰宅を告げる通話を自宅にかけたところ、


 『え、優くんたちがこっちにいる間、シアちゃんも泊まるものだと思ってご飯作っちゃった! シアちゃんに代わってくれる?』


 そうテンション高めに言った優の母、聡美さとみ。その厚意を無下にするのも心苦しかったシアが押し切られた形だった。代わりに、せめてこれだけでもとUSLのお土産をいくつかピックアップして神代家への手土産を捧げたのだった。

 ドライヤーの温風を浴びながら、今日の思い出を振り返るシア。格好は優たちが通っていた中学の青い長そでのジャージ。天の成長を見越して買ったものの、結局、日の目を見ることが無かったワンサイズ大きいそれを聡美がプレゼントしたものだった。


 今日は楽しかった。


 “魔女狩り”らしき事件に巻き込まれたものの、魔人や魔獣に比べればなんということは無い。むしろその後に優たちと合流して、一緒にUSLを周ることが出来た方が印象強かった。多少はしゃぎ過ぎたところは反省点だが。


 「春野さんも良い人でした」


 新しくできた友人を思い出すシアの頬には笑みが浮かんでいた。天と同じく小柄で、大きく垂れた目元はおっとりとした印象。任務を共にした常坂久遠ときさかくおんと似た“落ち着き”もあった。魔女狩りの犯人を一撃で昏倒させた技術は、殺すことを任務とする特派員とは違う、人を無力化することに特化した特殊警察ならではの技術に見えた。


 「春野さんが優さんの、運命の人なんですね……」


 最初こそわからなかったが、優が春野に向ける“熱”はシアが憧れているものと同じか、それ以上のものだった。恐らく優は、春野を憎からず思っている。同級生と答えた時に感じた違和感も、シアにとっては持論を裏付ける根拠になる。


 「天さんと同じで小柄で、それなのに……」


 ドライヤーを止めて見つめるものは自身の胸元。

 天をスレンダー、シアを理想的な体形だとするなら、春野のそれは魅力的という言葉に尽きる。程よく引き締まった体に、小柄ながらも出るところは出た女性らしい体つき。

 そして思い出すのは先日、隣の優の部屋での出来事。自動再生されたその動画のタイトル――。


 「『身長は伸びないくせに胸と態度だけは大きく育った幼馴染を図書室で――」

 「シアさんってむっつり?」

 「ふぁっ?! そ、天さん?!」

 「あはは。シアさん落ち着きすぎ。一応ここ、私の部屋だからね? まあ、いいんだけど」


 バスタオルを首にかけた天がドアを開けてシアのつぶやきを拾う。ここは天の部屋で、先にお風呂を頂いた身だったことを思い出したシア。他人の部屋で羽を伸ばし過ぎていたことに赤面する。


 「さっきの。兄さんの部屋で見たやつでしょ?」

 「……はい。やっぱり、春野さんみたいな人が良いのかなと」

 「まあね。フラれてもずっと片思い。兄さんに一途に思われてる楓ちゃんは幸せ者だよ」


 天とシア、2人が並んでベッドに座る。お詫びとお礼を兼ねて、シアが天の長い髪を乾かす作業を手伝う。シアのタオルを扱う優しい手つきと手櫛で髪をく度に「んー……っ!」と天が気持ちよさそうな声を漏らし、身をよじる。シアは第三校にいる野良猫を撫でている気分だった。

 きちんと乾かしきった髪を天がシュシュで1つにまとめ、体の前面に垂らす。これでいつでも就寝できる体制が整った。


 「楓ちゃんも楓ちゃんだよ。フッた相手に普通、あんな顔で話す? そんなん兄さんがまだ脈あるって勘違いするだけじゃん」

 「え、優さんって春野さんにフラれてしまったんですか?!」


 シアにとっては初耳の驚愕の事実が、天の愚痴によって明かされる。


 「あ、やば。……もしかしてシアさん知らなかった?」


 頷いたシアに天井を見る天。兄の恋心をシアが知っていたため、てっきり聞いているものだと思っての事だった。やってしまった感はあるが、まあいいかと切り替える。


 「中学の時に、ちょっとね。まあ、楓ちゃんのおかげで兄さんは今の兄さんになってるんだけど」

 「そ、そうでしたか……」

 「で? シアさんはこれで良いの?」


 天の質問の意図がわからず、小首をかしげるシア。気づいていないのか、とぼけているのか。駆け引きなどできそうもないシアは、間違いなく前者だろうと天は推測してため息をつく。


 「だから。兄さんがこのままずっと楓ちゃんを好きなままでいいの?」

 「えっと……? 何か悪いんですか? お2人が運命で結ばれていると、私が保証しますけど……」


 素で返してくるシアにはもう、天もお手上げだった。シアは天人。子孫を残す考え方を持っていないため、恋愛感情を持ち辛いと言われている。これ以上踏み込むのは野暮なことだし、時間の無駄だろう。

 深く長いため息をついて、シアについてはいろいろ諦めることにする天。彼女は兄が幸せならそれでよかった。


 「ま、いいや。明日はみんなで『スーパープール』だっけ? なぜか楓ちゃんとも」

 「はい! 春樹さんが誘っていました。春野さんも私を警護するとかなんとか……」

 「楓ちゃん、今頃後悔してそう……。電気消すね」


 就寝準備をしながら、それにしても、と天は思う。旧友と遊んで、遊園地に行って、今度は巨大温泉レジャー施設。休暇になっていないほどの忙しさではあるが、羽を伸ばすという意味では間違っていないのだろう。明日の予定については、客人でもあるシアに楽しんでもらう名目の方が強いが。

 部屋の電気を消して、間接照明に照らされたベッドで2人並んで天井を見上げる。


 「水着、どうしよっかなー……」

 「安心して下さい! 施設で借りられるとホームページに書いてありましたよ……ほら! 他にも岩盤浴なんかもあって――」

 「お、おぅ……」


 目を輝かせて携帯の画面を押し付けてくるシアに天は困惑顔。友人との遊びを前に、シアに抜かりはない。重要そうな所にはラインマーカーまでひかれている。

 シアのマメな性格と遊びに対する本気度を見る天は、思う。きっと今日のUSLも下調べをして、目一杯楽しんだことだろう。シアは“魔女狩り”を忘れてはいないだろうか。だとすれば大物だ。些事に囚われないと言う意味では、ある意味では天人元神らしいのかもしれない。

 実際、悪いのは魔女狩りをしている当人たち。彼らにびくびくと怯えるのも違う話だろうが、何も警戒しないのもまた違う話。


 「たくさん楽しもうね」

 「はい!」


 屈託なく笑う友人の笑顔が曇ることが無いように、気を付けなければ。そう改めて胸に誓う天だった。

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