第4話 スーパープール

 当初は大阪天王寺にある屋内型温泉施設『スーパープール』に優、天、春樹、シアの4人で行くことになっていた。そこにUSLでシアと仲良さげだった春野楓はるのかえでを春樹が誘う形で5人になっている。

 警察学校の寮で暮らす春野とは、スーパープールの最寄り駅である新今宮しんいまみや駅で合流。歩いて5分ほどで、大きな建物が見えて来た。


 スーパープールは8階建ての巨大な入浴温泉施設。2階が受付。3階に岩盤浴や提携するマッサージ店など。4階と6階にそれぞれ2階層分をぶち抜いた温泉があり、屋上に当たる8階に室内プールがある。世界各国、それぞれの地域をイメージした温泉は各階ごとで男女分けがされており、月毎で男女が入れ替わる仕組みになっていた。

 早速5人は施設内へ。


 「うわ、見てください! お土産コーナーです!」

 「シアさん、さすがにまだ早いって……。春樹くん、受付は?」

 「確か……あれだ。あの自動精算機で受付だな」


 2階にある受付で入館料とプールの使用料を払う。レンタル料なども込々で4000円ほどがかかった。普通の高校生にとっては少し痛手だが、優たちは給料をもらっている。金銭的には余裕がある方だった。


 「じゃ、また後でね、兄さんたち。水着、期待しといて」


 そう言った天たち女性陣と別れた優たちは4階にある、風呂に併設されたロッカールームにいた。時刻は10時30分過ぎ。開館から30分ほどしか経っていないにもかかわらず、結構な人が居る。


 「春樹、ありがとうな。春野を誘ってくれて」

 「いや、まあな。これで楓ちゃんとしっかり元の関係に戻れ、優」

 「まあ昨日、今日行くかどうか悩んでるってメッセ来たけど」

 「はは! それなら、楓ちゃんはとっくに吹っ切れてそうだな」


 雑談しながらロッカールーム内にあるサービスカウンターで借りた水着にさっさと着替える。春樹が暖色系、優が暗い寒色系のハーフパンツ型の水着だった。


 「それにしても、優。お前、結構筋肉ついたな」

 「そうか? まあ、一応鍛えてるし」


 着替えをロッカーにしまう優をしげしげと見つめた春樹が、優の隠れた努力を見透かす。

 もともとサッカー部で体を鍛えていた春樹はもとより、腹筋・背筋・ハムストリングスが鍛え抜かれた体をしていた。

 対して優はインドア派な趣味のせいでいわゆるもやしっ子だった。しかし、第三校に入ってからは筋トレを欠かしていない。うっすらと浮き出た腹筋には余計な肉は無くなり、腕も入学時よりは1回りほど太くなっていた。


 「まあ、特派員は体が資本だしなっと。行くか――っとと」


 照れ隠しに早口で言いながら、腕輪として持ち運べるロッカーの鍵を閉めた優。そのまま歩き出そう、としたところで人とぶつかってしまった。


 「悪いね。大丈夫?」

 「あ、はい。こちらこそすみませんでした」


 先に謝った相手に、優もあわてて謝罪する。そうして優が見上げた青年は、まさしく絶世の美丈夫だった。少し焼けたような肌色に長い手足、黒い髪。優を見降ろすその紫色の瞳は、男女関係なく見る人すべてを魅了してしまいそうな引力を持っている。その声も含めて、優は一瞬でその青年に見惚れることになった。

 しかし、それも一瞬。天やシアという絶世の美少女を日ごろから見ていたこと。また、春野想い人の存在が優に平常心を取り戻させる。


 「周りを見ていなかった俺が悪いんです。本当にすみませんでした」

 「こっちこそごめんね? それじゃ」


 そう言って先にロッカールームを出て行ってしまう。そうして出て行った青年のあとを追うように


 「「待ってよ、コウ君!」」


 数人の男たちが出て行った。


 「大丈夫か、優?」

 「ああ。それにしても、さっき人。コウさんだったか? 絶対天人だよな?」

 「そうだろうな。それかモデルとか、ホストとか」


 どれもあり得る。それでも、人を惹きつける圧倒的なオーラはシアやザスタに近いものがあった。同性の優が見ても引き込まれたほど。異性が見れば即オチだろう。天も、シアも、春野も――。


 「ほら行くぞ。着替えが楽な俺たちが女子たちを待たせるわけにはいかないだろ」


 春樹の催促を受け、優は思考を切り上げる。そのままロッカールームを出た2人は施設屋上の巨大屋内プールへと向かった。




 他方。6階の女子ロッカールーム。


 さっさと水着を選び、着替えを済ませた天は、同じくテキパキ行動するよう訓練されている春野と共にシアの着替えを待っていた。2人とも、水着の上から体が冷えないように上着を着ている。天は長い髪を後頭部でお団子にしていた。


 「……楓ちゃん久しぶりだね。今は実習中なんでしょ?」


 壁に背を預け、そう切り出したのは天だった。


 「『実務研修』ですね。人手不足で、養成機関が結構短縮されてるって聞きました」

 「あっそ。貴重な休みなんだ。で、どうして今日来たの?」


 ちらりと大きな茶色い瞳を正面で佇む春野に向ける。そのどこか非難を含んだ瞳と声に、春野は目を逸らしながら答える。


 「うっ……。そ、それはもちろん、“魔女狩り”からシアさんを守るため、です」


 春野も春野で、陰キャを自称しながらも特警になろうと思う程度には正義感がある。シアを護衛するという使命感。大切な友人と“仲直り”した安堵感。USLで遊んだ後という高揚感。それらが背を押す形で、了承したのだった。

 なお、後で冷静になって誘いを断ろうかと悩みに悩んだこと、断るだけの勇気が無かったことが、春野が陰キャを自称する理由だったりする。


 「本当にそれだけ?」


 真意を探るような天の視線がまたしても春野を捉える。それが中学の頃から春野は苦手だった。


 「あはは……。うん、それだけ。それ以外に何があるんですか? もしかして――」

 「お待たせしました! ……どうかしましたか?」


 そう言ってロッカーの影から現れたのはシア。彼女は上着を羽織らなくても大丈夫なタンキニと呼ばれる水着を着ている。ぱっと見は私服とほとんど大差なかった。


 「ううん、なんでもないよ、シアさん。――それじゃあ兄さんたちに水着を見せびらかしに行きますかっ」

 「はい! ……はい?」

 「神代くんと、瀬戸くんに水着。緊張します……」


 天、シア、春野。それぞれが自信、困惑、緊張。三者三様で女性陣もプールのある屋上へと向かった。

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