第5話 お披露目

 じめっとした湿気に乗った塩素のにおい。そこに夏の暑さと遊びに来ている人々の熱気が相まって、スーパープール屋上の温水プールはより夏らしい空気になっていた。

 階段やエレベーター、フードゾーンがある中央エリア。それを挟むように左右にプールと温泉がある。優がマップで確認してみると、右方にウォータースライダーと流れるプール、ビーチボールなどを楽しむエリア。左方に円形プールとご当地の飲食物を食べることが出来る屋台、屋外露天風呂があるエリア、と分かれているようだった。


 先に着替えを済ませた優と春樹。2人はプールの様子を眺めながら、中央エリアの壁に背を預けて女性陣の到着を待っていた。


 「……春樹はやっぱり、まだ、海は苦手だったか?」


 小学校3年の頃に行った海。子供でも足がつく浅瀬でなぜか溺れていた女の子を助けたことがあった。が、その際、助けた女の子の両親になぜかこっぴどく怒られたのだと優は春樹から聞いていた。それ以来、春樹にはしばらく海を敬遠していた時期があった。

 今回、5人で遊ぶ場所としてプールを選んだ春樹の考えを、優は聞いておきたかった。

 そんな優の気遣いに、春樹が歯を見せて答える。


 「いや、さすがにもう大丈夫だ。プールにしたのは、近いからってだけだな」


 それでも少し不安そうな優の顔を見て、本当に気にしていないのだと彼に伝えるために、あえて春樹はその話題に踏み込む。


 「そう言えば、天から貰ったミサンガ落としたのもそん時だったな」

 「あー、授業で作ったやつな。俺は天にあげて、春樹のを貰ったんだったか」


 工作の授業で作ったミサンガを海に行ったあの日も春樹は足につけていた。しかし、泳いでいるうちにほどけてしまったのか、家に帰った時には失くしてしまっていた。


 「失くしたって言った時の、天のゴミを見るみたいな目、やばかったからな?」

 「そうなのか? 俺は春樹のやつ、着けずに今も実家に置いてある」

 「いや、着けてくれよ……」


 作った春樹としては「ミサンガ」としてぜひ使ってほしい所だった。そうして、とりとめのないやり取りをしていた男子陣に、


 「お待たせ、兄さん!」


 エレベーターから下りてきた天とシア、春野の3人が合流した。


 「おー……。上着越しだけど、やっぱり天は可愛いな、似合ってる」


 春樹が、最初に姿を見せた天の水着に感想を漏らす。


 「ふふん、でしょ? さすが春樹くん、分かってる」


そう言って天が動く度、水着の裾や後頭部でまとめた髪が揺れる。白の薄い上着に透かして明るい色合いの水着を着ている天。胸元のボリュームのあるフリルと、腰にパレオをあしらったワンピース型の水着を選ぶことで、控えめな胸や腰をカバーしていた。

 春樹が天を褒める横で、優の視線の先には普段着のような姿のシアがいる。


 「えっと……シアさんのそれは水着なんですか?」

 「そうみたいです。タンキニ? と呼ばれる水着らしいです」


 そう言って左右に腰を振って、水着であることをアピールするシア。

 色白の肌に良く映える深い青色と白の模様を基調としたシアの水着。ビキニの上に、濡れても良いタンクトップとパンツを合わせたようなその水着は、おへそを出した大胆な服のようにも見える。

 人目を気にしながらも少し大胆に。スクール水着しか来たことのないシアの挑戦が表れていた。


 「……優、感想は?」


 そんな春樹の声で見惚れていたことに気づいた優が慌ててシアに素直な感想を言う。


 「めっちゃくちゃ似合ってます。普通に見惚れてしまいました」

 「えへへ、ありがとうございます。優さんも春樹さんも、良く似合ってます」


 少し耳を紅潮させながらはにかむシアに周囲の客の視線が一気に集まる。水着姿の天人美少女による一挙手一投足は今日も、注目を集めることになる。そう、同じく美少女に入るだろう天は密かに警戒していた。

 そして最後の1人。春野楓の水着は、少し大きめのグレーのパーカーによって隠されてしまっていた。


 「春野は……なんでパーカー?」

 「あ、えっと、ちょっと待ってくださいね……」


 優の指摘にあたふたとしながら答えた春野。それから何度か深呼吸をしたのち、ゆっくりと窮屈そうなパーカーのファスナーを下ろしていく。なぜだかそれが煽情的に映り、視線を逸らした優の前で。

 やがて明かされた春野の姿は、上がオフショルダー、下はシンプルなビキニを着ていた。天とは真逆の理由で、胸元をレースの布で隠している。


 「ど、どう? へ、変じゃないですか?」


 恥ずかし気にパーカーの前面だけを開いて聞いて来る春野に、優だけでなく春樹も目を背けたまま短く「似合ってる」としか答えられない。チラリと見える深い胸の谷間。天にもシアにもない魅力は、健全な男子高校生2人にとって刺激が強かった。

 優と春樹の言葉に安心する春野。挙動不審な男子の態度に不思議そうにするシア。そして――。


 「……ヘンタイ」


 それはもう冷ややかな天の一言が浴びせられたことは言うまでもない。




 5人が揃ってから1時間ほど。流れるプールとビーチバレーを堪能していると、時刻はもうすぐ13時。ひとまずお腹に何かを入れようという話になる。

 スーパープールには中央エリアにある海の家を模した常設の飲食店のほかに、夏季限定の屋台エリアがある。折角ならと5人は屋台を見て回っていた。


 「見て、春樹くん! 盛岡冷麵だって」

 「こっちには餃子もあるな。宇都宮は……栃木県だよな」

 「春野さん、これ! トルコライスです! でも実はトルコ料理じゃなくて、宮崎県で生まれた料理なんですよ?!」

 「うん、そうなんですね。でも、暖簾のれんには崎名物って書いてあるような……?」


 ワイワイと楽しそうにはしゃぐ4人を優は一歩引いて見守る。昔ほど県外への旅行が気軽に行なえなくなった日本。改編の日以降に生まれた子供の中には、テレビや、催しなどでしか県外を知らない子供もいると優は聞いている。そう言った事情もあって、こうした各地の名物を扱った出店や物産展はとても人気があった。


 「神代くんはどれにしますか?」


 シアから逃げるように、グレーのパーカーを羽織っただけの春野が優の横にやって来て尋ねる。そんな彼女の黒い瞳をちらりと見た後、優が興味を持っていた店を示す。


 「そうだな……。あそこにある勝浦かつうらタンタンメンとかいいかもな」

 「おー、温水とは言っても確かにちょっと冷えましたし、辛いのもありかも」


 前下がりボブの髪はまだ少し濡れていて、歩くとたまに毛先から雫が落ちる。それを何気なく優の視線が追うと、そこには紺の水着に包まれた双丘があって、慌てて目を逸らす。


 「は、春野は? 確か、ラーメン好きだったよな?」

 「うん。だって“ハズレ”が無いからね。だから、徳島ラーメンとか、無難にたこ焼きとかにしようかなとか思っちゃってます」

 「分かる。挑戦して不味いヤツ食べるよりは、美味しいってわかってるヤツ食いたくなる気持ち」

 「そうそう、どうせ私みたいな陰キャはラーメン以外の食べ物は攻められないんですー」


 自嘲気味に口をとがらせる春野が優には無性に可愛く見える。

 彼女に振られて以来、感情を押し殺すためにトラウマだと思い込んできた想い。けれども時が経って、こうして接してみて、やはり優は自覚させられる。


 「……まだ、好きなんだな」

 「うん、ラーメン大好き春野さん、です。なんちゃって……嘘、やっぱり今の、忘れてください」


 好きな漫画のタイトルをもじって答えた春野だったが、すぐに恥ずかしくなって訂正する。そんな彼女の姿に湧いた様々な感情を吐き出すように、優は深いため息をついた。

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