第6話 熱狂の中で

 昼食に舌鼓を打った後、優たちは気合十分とスライダーの列に並んでいた。スーパープールにある主なスライダーは3つ。今、優たちが並んでいるのはそのうちの1つ。チューブ型で暗く、長いスライダーを滑る王道のものだった。


 「結構高いですね……」


 地上5mほどの高さにある階段の踊り場。手すりを握りしめながら、シアがこぼす。目線の先には流れるプールで気ままに波に揺られる人や、スライダーを滑っていく人の楽しそうな笑顔がある。少し遠くには小さな子供でも楽しむことが出来るキッズプールもあって、たくさんの親子連れが思い思いに楽しんでいた。

 笑顔ではしゃぐ子供たちを見ていたシアは、先日、初めて挑んだ任務で救い出した外山果歩そとやまかほのことを思い出す。両親を亡くした彼女は現在、第三校附属の児童養護施設に入り、夏休み明けの復学を目指していると教務課任務係から聞かされた。


 「果歩かほちゃんは元気でしょうか……?」


 つい先日の事なのにシアが遠く懐かしく思ってしまうのは、ここ数日の密度の濃さと任務が予想外に難しかったからだろう。魔獣被害に遭った県境の廃村。その探索任務には3体もの魔人と多くの魔獣が現れた。そして、そこで殉職した同級生の男の子、西方春陽にしかたはるひ。葬式の日、【物語】の啓示と権能が起こした軌跡の中、彼が最期に残してくれた言葉は強烈な印象を持って、今もシアの中に生きていた。


 「大好き、ですか……」


 しかし、その言葉の意味をシアが理解できるかはまた、別の話。もとより性欲が薄いと言われる天人。それに基づく感情も薄い、あるいは持っていないともされている。シアも創作物などで折に触れて見てきたが、「好き」の本質を理解したとは思っていない。

 それでも彼女は、西方が残してくれた言葉の意味を知るために、未だに理解できない想いとその熱量を理解したいと思っている。それが自分を庇って死んでしまった西方への真摯な態度になると信じて。


 「どったのシアさん、なんか見える?」


 1人任務を振り返っていたシアに、そう言って声をかけたのは天。軽い足取りと共に、天のポニーテールと水着のパレオが揺れる。多方、シアはタンキニの上着とスカートを取り払って、シンプルなビキニ姿になっていた。脱いだ上着などは、「わ、わたしは遠慮しておきます……」とスライダーを敬遠して下で待つ春野に預けている。


 「いえ、春野さんは大丈夫かなと思いまして……」

 「うーん……、ナンパぐらいはされてるかも。ほら、楓ちゃん、スタイル良いから」


 一緒に並んでいる優に聞こえるように、少し大きめに話す天。そう言われて焦ったような表情を浮かべる兄をちらりと見て、天は満足そうに笑った。そして、シアと同じく階下を見下ろした天が、に気付いた。


 「お? ナンパといえば。あの人、すごいモテてる」

 「……え?」


 天の視線をシアが追えば、今いる階段の踊り場と流れるプールを挟んだ向こう側。プールサイドにある休憩場所が見える。そして、その一角に老若男女問わずの人だかりが出来ていた。一瞬、“魔女狩り”の単語が天とシアの頭によぎったが、どうやら和気あいあいとしたその様子は違うらしい。

 人だかりの中心にいるのは背の高い青年。黒い髪に神秘的な紫色の瞳をした優男風のイケメンだった。彼が微笑むたびに取り巻きからは黄色い歓声が上がる。その熱狂を、プールの監視員数人がなだめていた。


 「本当ですね。アイドルや有名人の誰かでしょうか?」

 「ううん、絶対に天人だ。それにあの人……なんか、格好良い……?」


 気を抜けば魅入られそうになる。そんな見えない引力を持った青年だった。事実、シアと話しながらも天の目線は青年――コウから外せなくなる。細いあご、紫色の瞳、少し焼けた肌。そのどれもが、天には魅力的に映る。

 他方、シアは、コウを囲んで狂喜乱舞する人々という混沌とした状況に違和感と危機感を持っていた。つくづく自分たち天人はそこにいるだけで混乱を招いてしまうのだと、思い知らされた気分になる。

 キッズプールにも近いこの場所には多くの親子連れもいる。普段は絶対にしないだろう、子供から目を離す親もいて――。


 「あっ」


 声を上げたシアの視線の先。1人の女の子が大人たちに押される形で流れるプールに落ちた。女の子の身長からして、プールの底に足は届かない。

 そして、異様なことに、監視員を含めた誰もがコウに視線を向けていてそのことに気が付いていない様子だった。その理由を探すと、先ほどの違和感に思い至る。騒ぎの中心の人物を見れば、薄っすらとその身体がすみれ色のマナに覆われていた。


 魔法を使っている。


 そして、明らかにおかしい人々の様子。もし天の言う通り彼が天人だとするのならその魔法は魔法では無く――。

 5秒にも満たない判断。気づけばシアは、ウォータースライダー乗り場へと続く階段の踊り場の手すりを飛び越えていた。


 「シアさん?!」


 シアの行動でようやく正気を取り戻した天の、驚きの声を背後に聞きながら。シアは〈創造〉を使用して足場を創る。そうしてプールサイドまで一気に駆け下りると、急ぎつつも静かにプールの中に身を沈めた。

 水中で視線を巡らせるシア。見えるのは足、足、足。人々が手にする浮き輪が邪魔をしてなかなか進めない。それでも懸命に女の子を探すこと、10秒ほど――。


 いた!


 体を丸めプールの底で手足をばたつかせている。〈身体強化〉を使用して人々をかき分け、女の子の手を取る。そのまま一気に浮上し、無事、女の子をプールサイドに引き上げたのだった。

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