第13話 記念日

 2学期制の第三校。10月初めまでが夏休みとなる。

 8月8日。


 第三校生の全員が暮らす学生寮は、南北の縦に長い5階建て。それが東・中・西と3棟並び、各棟に各学年のほぼ全員が住んでいる。

 内廊下の両側に部屋が並び、玄関の扉をひらいた先にある間取りはワンルーム。決して広くは無いものの、ユニットバス、キッチン、ベッドや電子レンジ、冷蔵庫などの最低限の家具もついている。

 家賃と光熱費などは学費に含まれていて、追加でかかることは無い。学費自体も国公立の学校であるため、高いとは言ってもマシといえる金額。任務に向かえば給料も出る。

 命をかけて戦う特派員の候補生。せめて暮らしだけは良いものを、という国の配慮が見られた。




 9期生たちが暮らすのは西の建物。その最上階、最も階段から遠い北の角部屋がゆうに割り当てられた部屋だった。


 そのお昼時。


 「そら。準備できたか?」

 「うん、完璧!」

 「記念日、か……」


 2人はキッチンに並んでケーキを作っていた。

 というのも、今朝。


 『兄さん、買い物に行こう!』


 インターホンを鳴らした天が、そう言って優を叩き起こした。それが朝の8時半。


 『何を買うんだ?』

 『今日は記念日になるはずだから、その準備』


 天がそう言うということは、コンビニで売られていないものを買いに行くということ。

 もともと天は料理が得意だ。趣味で手料理をすることも多く、珍しいことではないのだが、記念日という言葉。覚醒してきた脳で今日が何の日なのかを思い出した優は、


 『なるほど』


 そう言って、手早く準備。

 30分ほどかけて、ふもとにある商業施設まで足を運び、買い物を済ませたのだった。


 天が前日に準備したスポンジを持ってきて、それをホイップクリームで塗りたくる。

 もちろん、上下に切り分けたスポンジの間に、贅沢にイチゴとバナナ、キウイなどのフルーツを挟むことも忘れない。

 ホイップで飾り付けをして、ここにもイチゴ。最後にチョコレートで出来たプレートを乗せれば、甘さの中に酸っぱさとフルーツの香りが楽しい、フルーツケーキの完成だ。

 一方、優は、ケーキを作る横で天の監修のもと、慣れない料理を1時間ほど。


 「よし――」


 彼が言ったところで、インターホンが鳴った。


 「来た、来た!」

 「天、時間稼ぎ頼む。食器を並べないとだからな」

 「了解であります!」


 天がインターホン越しに会話して話す間に食器を並べ、ケーキは冷蔵庫へ。

 換気のために空けていた窓を閉めてテレビを消す。


 そして天へゴーサイン。

 玄関の扉を開けて入って来たシアと春樹はるきに――


 「追試合格と」

 「仮免許取得――」


 優と天が順に言って、


 「「おめでとう!」」


 勝手にそろった声と共に、クラッカーを鳴らした。

 兄妹に呼び出された時点である程度予想していたとはいえ、思いのほかしっかりしたお祝いをされた2人が固まる。


 「入って、入って!」

 「料理が冷めるからな。あと、近所迷惑もある」


 内廊下のため音や会話が良く響く。それに、においが漏れると廊下に残ってしまう可能性があった。

 入り口で靴を脱ぎ、中に入ると、フローリングの床に置かれた座卓の上には湯気のあがる料理たちが並んでいた。

 焼かれた鳥と、醬油をはじめとした調味料・香辛料の香りが漂っている。


 「おー! わざわざ準備してくれたのか?」

 「わぁ! あ、ありがとうございます……!」


 適当な場所に腰掛けた4人。ワンルームにベッドと座卓。さすがに手狭ではあるものの、なぜかそれが心地よく感じられる優。


 「料理は2人のために兄さんが作りましたー」

 「天も手伝ってくれたけどな」

 「食べやすいように鳥はカットしてるけど、一応お皿ね」

 「ご飯もあるから、欲しかったら言ってくれ」


 コップと飲み物、皿、カトラリーを配って、祝いの席は完成。

 4人は手を合わせ、出来立ての料理に手を付ける。


 「美味いな」

 「はい、美味しいです!」

 「良かったね、兄さん」

 「……ああ」


 醤油メインの味付けに全員がご飯を所望することになった。

 付け合わせのポテトサラダも好評で、


 「この鳥から出たタレとマヨネーズが絡むと、味変になってまた美味い!」


 そう言った春樹が主力となって、残っていた分も完食。

 中学から自炊をしてきて、今でもなるべく自炊をするシアは、味付けや工夫を天に聞いていた。

 決して、神代家の味付け――優の好みを把握しようという意思はない。


 そうして和やかなムードで進んだ追試の祝勝会。

 良きところで、ケーキを取り出した優。


 「で、これは俺たちがセルを組むことも祝うために天が用意したやつだ」

 「フォーマンセルの誕生日とか、決起集会みたいなものと思って?」


 手の込んだお手製らしきケーキ。


 「お前ら、ほんとにオレ達が試験に落ちること、考えてなかったんだな……」

 「あはは……」

 「さすがに運が絡まなければ、2人ならどうにかなるだろ?」


 それは期待というよりは、事実を語る口調。


 そもそも対人実技試験で2人が敗北したのは、シアがザスタという男性の天人、春樹が首里朱音しゅりあかねという魔力持ちがそれぞれ相手だったから。

 当人たち以外からすれば、負けても仕方がない相手だった。


 適当に切り分け、フォークで口に運ぶ。


 「あっっっま……」

 「兄さん、何か文句?」


 作った天の兄だから言える、優の苦情。


 「完全に天の好みだな。ほら、フルーツと一緒ならいい感じだ」

 「私はむしろ、これくらいが好きですけど……」


 三者三葉。それが4人もいれば、嗜好は変わってくるというもの。

 胸焼けしそうな甘さと果物の酸味を味わいながら、優は最後にケーキを完食した。




 「で。折角だから今日はみんなに相談があるんだ」


 食器をシンクに片し、一段落したところで優が真面目な話をする。


 「なんだ、優、改まって」

 「実は――」


 春樹とシアに、森で出会った魔人との戦闘、そして助けた女性について話す。

 試験を控えた2人に余計な心配をかけまいと、今まで黙っていた。


 「昨日、その女の人と話したんだけど」


 少し前に意識を取り戻した彼女。

 学校が聴取を終えたところで面会が許され、お礼がしたいと言った。

 その時話した内容を優は語る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る