第12話 外地演習の思い出

 「で、では僭越ながら……」


 身の上を明かしてくれた春樹に応えるために、覚悟を決めたシア。

 そう言って第三校に来るまで、来てからを話す。




 シアは生まれて――意識が芽生えて1年ほどで、この世界に受肉した天人だ。

 生まれて間もない神が受肉した時、その幼い精神を表すように、その身体は子供のそれだった。


 そうした子供の天人のために、日本は里親制度を応用する。

 幸いにも、シアの里親はすぐに見つかり、優しい老夫婦のもと『成瀬なるせ』の姓を得たのだった。


 「『成瀬詩愛なるせしあ』。これが、両親が私にくれた、宝物です」


 タブレットに字を書いて示しながら、優しい顔で笑って見せたシア。

 それは想い人がいる春樹から見ても、見惚れるほどの美しさを秘めていた。


 知識は持っていても、常識を知らなかったシア。

 そんな彼女に両親は1つ1つ丁寧に、物事を教えてくれた。


 「でも、私が中学2年生の時、事故で両親は亡くなりました」

 「魔獣のせいじゃないのか。だったら、なんで第三校に?」


 学生の中には親族を魔獣に殺された復讐のために、特派員を目指すものも多い。

 優のように、格好良い人間になりたいという、人から見れば幼稚とも思える理由だけで、ここまで努力できる人の方が稀だった。


 「それは……私が天人だからです」


 人々を守り、導く存在だった者として。

 その責務を果たさなければならない。そんな強迫観念が、常にシアの中にあった。

 そうして第三校に入学したシアだったが、その責任感の強さがあだとなる。




 第1回目の外地演習。

 シアは一緒のセルになった友人の口車に乗せられる形で、外地の奥深くに行くことになった。

 第三校の近くに住んでいた友人は弟たちに、天人を見せようとしたのだ。


 「そこで、その……」

 「ジョンの弟たちとトランプとかしてたな」

 「はい……っ」


 森にあった秘密基地で待っていた子供たち。

 彼らの期待に負ける形で、シアは彼らと遊んでいたのだ。

 その時の気の抜けようを思い出し、顔を赤くするシア。


 帰って来ない彼女たちに何かあったのではないかと心配して、駆けつけたのが優と春樹のセルだった。

 奇しくもそこで、3体もの魔獣の襲撃に遭う。


 「事前に調査された安全な森に魔獣が出現したのは恐らく、私の啓示のせいです」


 魔獣という名の死が迫る中。

 そうある【運命】だったと1人納得し、うずくまっていたシアに共闘を申し込んだのが優だった。


 「オレはあの時の事、ほとんど覚えてないな。情けなく倒れてただけだ」


 その時のことを苦渋に満ちた顔で言う春樹。そんな彼に、


 「春樹さんは、情けなくなんかありません! 子供たちを庇ってケガをしたんです! 格好良いです!」


 語気を強めたシア。

 珍しく本気で怒っている様子の彼女に春樹は「わ、悪い」と謝ることしかできない。

 わかればいいとばかりに引き下がったシアは、その後について話す。


 優と共闘するシア。「全員で生きて帰る」と言った優はシアが使う強力な魔法に事態好転の糸口を見出し、見事、魔獣を討伐する。

 しかし、残った1体の魔獣が共食いをして生き残り、あわや全滅という場面。


 それでも諦めなかった優の機転とシアの魔法で、事なきを得たのだった。


 「今も、あの時も、優さんは格好良いです」

 「ぜひ本人に言ってやってくれ。多分、滅茶苦茶喜ぶから」


 その1週間後。


 春樹の勧めと天の策略もあって、ツーマンセルを組むことになった優とシア。

 森の中、自分を卑下するシアに対し、優は彼女が格好良い人であると言った。


 『全てを自分のせいだと背負い込んで、それでも立ち止まらない。そして、それを解決するための努力をしようとしてるんですから』


 優としては、自分が思う“格好良い”を体現する彼女に自分を誇ってもらいたかったのだ。


 そして優は、シア自身が【運命】を変えてしまえばいいとも言う。

 運命をシアの恣意しいで歪められるかもしれないという事実。それがあったからこそ、シアは何も望まず、受け入れて来たのだ。

 自分の意思で何かを変えてしまうことが、天人として、無責任に思えたから。


 シアがどうするべきか決めあぐねていた時、またしても、魔獣の襲来があった。

 魔獣が引き起こしたマナの爆発のせいで、森に散り散りになった9期生たち。


 どうにか無事に優と合流できたシアだったが「またしても自分のせいで」と思う心が焦りを生む。


 「どうにかして一発逆転できないかと思って、権能を使ったんです」


 魔獣を死の運命に誘う魔法として〈運命〉を使用したシア。

 しかし、発動と同時にその隙を魔獣につかれ、庇った優が致命傷を負ったのだった。


 「確か原因は優の魔力切れ、だったか? まあ優本人は自分のせいだって言ってたけどな」

 「そんな! あれは間違いなく私のせいでした! 倒れる優さんを見て、私は私を許せませんでした」


 どうにか救う方法が無いか。

 命の恩人である彼を助けたい。シアが初めて抱いたワガママ――強い願いだった。

 そして、彼女の願いを叶えるためにそれまであいまいだった〈物語〉の権能が発動。

 世界すらも変えうる力を1人に集中させるその魔法で、文字通りの奇跡を起こした。


 「これが私のこれまで、です。……確かに、恥ずかしいですね」


 そう言って身をよじるシア。

 もちろん春樹も、大まかな内容は優や天から聞いている。


 優を〈物語〉の対象――“主人公”として選んだ彼女。

 命の恩人だからという理由だけで済ませるには軽いと、春樹は思っている。

 だから最初、シアから“お誘い”が来た時もをしなかった。


 (今、その辺を聞くのは野暮だろうな。それよりも――)


 「天とはたまにお茶とかしてるんだったか?」

 「はい、女子会です! この前なんか下山して、ショッピングにも行きました!」


 嬉しそうに言いながらもあえて言い直すあたり、シアに譲れない何かを感じ取る春樹。


 「ついでに、今の目標は『天ちゃん』と呼ぶことです」

 「本人は気にしないと思うけどな。むしろ、喜ぶんじゃないか?」

 「いえ、これは私の勇気というか、心の問題なので……」


 と、シアが苦笑したところで2人の携帯がメッセージの通知を示す。


 それは息抜きがてら昼食でもどうか、という優の誘い。

 一緒にいると考えが似ると言うが、果たして。


 『いいな!』『わかりました』


 そんなメッセージを2人で送って、春樹とシアは自習室を後にした。




……………


※ここから物語は第二幕、優たちが迎える初任務について動き始めます。短編を読んで下さった方がいらっしゃれば、ようやく“あの娘”の登場です。

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