第11話 シアと春樹の息抜き

 8月4日。優と天がモノと話した翌日。

 補習の追試を3日後に控えたその日、


 「えいっ」


 自室で小さな掛け声とともにシアはメッセージを春樹はるきに送っていた。

 というのも、優たちとフォーマンセルを組むにあたり、2人に比べて接点の少なかった春樹と話してみたいと思っていた。

 彼も自分と同じで勉強が苦手では無かったはず。息抜きがてら話をする余裕はあるのではないかと、そう思っての誘いだった。


 『春樹さん』『明日、2人で』『私の部屋で一緒にお勉強、しませんか?』


 そんな文面で。


 (私から誘うんですから、私がおもてなしした方が良い、ですよね……?)


 啓示の影響を恐れて、第三校に入るまでは人付き合いを避けてきたシア。

 そのせいか、彼女は少しだけ、人との距離感の取り方が下手だった。

 また、生まれて10年ちょっとの彼女。知識はともかく、その精神年齢は見た目より幼いものだった。




 他方。

 突然の誘い、しかも、その文面や内容に一瞬動揺した春樹だったが、すぐに状況を理解する。


 (シアさん、いつかやらかしそうだな……)


 2人きりので何かあっても天人である彼女に敵う人は多くない。

 とはいえ、見た目に反して少し抜けているところが受け、一部に熱狂的なシアのファンがいるとも聞いている春樹。

 お節介かもしれないが、友人として、また、仮とはいえセルのメンバーとして。


 『シアさん』『今、通話いいか?』

 『はい!』


 そんなやり取りの後、数十分にわたって通話が続いた。

 通話が切れた後、携帯を手にシアが猛省したのは言うまでもない。




 翌日の朝。

 シアと春樹は予定通り、図書館の自習室で勉強していた。


 「昨日は、すみませんでした……」

 「いや、オレこそお節介だった」

 「そんなことは!」


 そんなやり取りで始まった勉強会。

 しかし、2人は覚えるべきところはすでにもう、網羅している。

 そのため、息抜きの方がメインになっていた。


 「それで、えっと、俺と優たちとの出会い、だっけか?」

 「はい。どんなお話があったのかなと思いまして」

 「なるほど。【物語】を司る、シアさんらしいかもな」


 春樹もシアとの話を期待してここに来ている。

 自分の事だというのがむずがゆいところだが、折角だからと話すことにした。


 「小学校の時――」




 「え?! 春樹さんが引っ込み思案、ですか?!」

 「おう。物静か、根暗、でもいいな。誰かといるより本読んでる方が面白いって思ってたんだ」


 今の春樹は第三校のサッカー部に所属する、精悍で社交的な人物。

 昔からそうだとシアは思っていた。


 「んで、そんなオレを無理やり連れだしたのがあの2人。もっと言うと、優だな」

 「優さん、わんぱくだったんですね」

 「中学の頃の中二病と失恋で矯正されたけど……今も時々、無茶するしな」

 「はい。それは、わかります」


 昔の優にもシアは少し驚く。

 今はどちらかと言えば物静かで、積極的に誰かと関わるような人物ではない。

 少なくとも、本を読んでいる見ず知らずの誰かを誘うような人ではないだろう。


 「結構しつこく誘われてさ。そしたらなんか、いろんな奴がいて面白いなって。趣味は増えるわ、知識は増えるわって、感じでな」


 それから春樹は積極的に他人と関わるようにした。

 今も案外、根暗なところは変わっていない。

 だからこそ、春樹は、誰かとつながることの大切さ、面白さを理解しているつもりだった。


 「優さんの失恋について聞いても? すごく気になります!」

 「悪いが、それは本人に聞いてやってくれ。というよりシアさん、中二病は知ってるのか?」

 「はい。昔読んだ挿絵付きの本に出てきました。確か……キャラクターになりきる、でしたか? 何かになりきる優さん、見てみたいです!」


 好奇心に揺れるシアの瞳。

 優が聞けば悶絶すること必至なため、彼がここにいなくて心底良かったと思う春樹。


 「天さんとは?」

 「天は、優のついでみたいな感じだったな。学年でも一番年下でちっこくて。でも賢いし、こう、なんていうか……鋭い」


 春樹も天の直感についてはなんとなく知っている。

 人付き合いを“こなすように”行なう彼女。予定調和の会話。


 『ジェットコースターの先頭座席に乗ってる気分』


 中学の頃、そう言った天の言葉を今でも覚えていた。


 「血のつながった同学年兄妹って、かなり珍しいですよね……」

 「天は結構な早産だったらしいしな。本人は『死にかけたらしいよ?』とか笑ってたけどな」

 「天さん……」


 シアも初対面の時、天には底知れない何かを感じた。

 彼女と一緒なら、自身の啓示を乗り越えられるかもしれないと思ったほどに。

 今思えば、第三校で初めて友達になりたいと思った人物が、神代天だった。


 「でも、何でもできて、誰からも頼られる天は、オレもスゲーなって思う」


 そう語る眩しそうな春樹の顔が示すものを、シアは知っている。

 【運命】を司る彼女の周りで、人間の同級生たちがよく見せていた熱量。

 そして、シア自身が持ちたいと憧れる想いでもあった。


 「春樹さんは、天さんの事、好きなんですね?」

 「……なんでそう思う?」


 ここ数か月。

 幾度となく彼らと時間を共にしてきたシア。

 天と話すときの春樹の表情や、仕草。時折、彼女を気にかける言動をすることなど色々あるが。


 「女の勘、です」

 「……勘、か。天みたいなこと言うんだな、シアさん」


 ついでにシアのそれは元神様としての勘でもあると、春樹は分かっている。


 「まあ、あれだ。多分、優が天に感じてるのと同じもんだと思う」

 「親愛、ですか?」

 「いや、どちらかと言えば尊敬とか憧れに近いだろうな」


 だからこそ、春樹も優と同様に、それ以上に努力する。

 己の人生を変えてくれた2人に並ぶために。

 それを恩と感じている当たり、春樹の根が真面目であることを示していた。


 「はい、オレの話はここまで! 次はシアさんの番だよな?」

 「え、私ですか?!」

 「オレだって、シアさんの事、知りたいからな」

 「わ、わかりました……!」


 2人の息抜きはもう少し、続く。

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