第12話 黄金色の殺意

※いつもより500字ほど多いです! すみません!

………………


 優たちが魔人2人を相手にしている頃。

 周囲に崩れた建物が目立つ、幅の広い道路上に春樹と天、常坂の3人の姿があった。

 また、彼らの前には、汚らしい印象の男――優と天が森で会った魔人がいた。


 〈探査〉を出し惜しみせずに使うことで、順調に進んでいた探索作業。

 余裕を持って、まずは当初の予定通り、南東部の探索を終えた。

 そのタイミングで常坂がある“気付き”を話したいと言うので、兄と通話で情報共有。

 そんな折、この男が現れたのだった。




 一度逃がした獲物。


 「殺してやる」


 と、偶然にも兄と同じ言葉を口にして息巻いていた天だったが、戦闘は発生していなかった。

 理由は、魔人の男が手にしているもの。


 「おっと、動くなよ? 魔法も使うな」

 「くそっ! 人質かよ!」


 春樹が魔人に向かって吠える。

 そう、魔人の手――腕の中には、気を失った女性1人が抱えられていた。


 人質。その存在が、特派員である春樹たちの動きを制限していた。


 「わっかりやすい時間稼ぎ。で、あなたは何がしたいの?」


 人質を利用して、攻撃をするわけでもない魔人の男。

 差し当たっての脅威も見られないため、時間を稼いで何かしたいのか。

 尋ねる天が可笑しかったのか、黄色い歯を見せて笑う魔人。


 特派員の弱点は、人命を何よりも優先しなければならないこと。

 もと特派員だという女性の魔人の話しを聞いて立てた作戦だった。


 しかし。


 「でも、残念。私、何事にも優先順位をつけるんだ」

 「……どういうことだ?」

 「より多くの人を助けられる選択をする。それだけ」


 言って、ためらいなく〈探査〉を使用する天。

 次いで〈身体強化〉を使用し、全身からマナをみなぎらせる。


 「おい、天?!」

 「神代さん? 人質の女の人はどうするんですか?」

 「ん? どうもしないよ? 私は魔人を殺すだけ」


 言って、駆け出す。


 「おいおい、躊躇なしかよ?!」

 「そんな守る意味、無いもん!」


 春樹と常坂にも聞こえるよう、〈探査〉で知った情報を伝える天。


 「なるほどな……」

 「残念だけど……――了解」


 魔人が手にしていた人質は、もうすでにこと切れていた。


 「いつ気付いた?」

 「手とか足が硬直した遺体を使うなんて……死んで3時間くらいだっけ? 足止めに使った後で食べるつもりだったんでしょ?」


 左手に持った黄金の槍を魔人に対して袈裟懸けに振るう天。


 「……リサイクルは大事って、習っただろ? いや、この場合はリユースか?」


 そうして振り上げられた槍から身を守ろうと、手にしていた死体を盾にする魔人。

 強化された魔人の筋力は、成人女性1人を右手1本で軽々と扱う。

 天は咄嗟に槍を消滅させ、遺体の損壊を防ぐ。


 「前期の授業で法律を守ることも習ってる! 春樹くん!」

 「だから、作戦をちゃんと言えって、天……」

 「おいおい、いつの間に――クッ!」


 死体で死角となった場所――魔人の左側面に駆けていた春樹。

 瞬時に黄緑色をした40㎝の短剣を創り、死体を持った魔人の右腕を切りつける。

 どうにか反応して切断を免れた魔人だったが、痛みから女性を手放す。


 「よっと! 回収完了――常坂さん!」


 落下する女性を、強化した足腰もうまく使って受け止めた天はそのままスライディング。

 魔人も荷物遺体を捨てて身軽になったためにバックステップで距離をとる。


 そんな魔人の身体を、藤色のマナが通り抜け、


 「〈紅藤〉」


 同じ色をした横一文字の太刀筋が襲う。

 頭上を通り抜けたその剣筋を見て、獲った、と、確信する天。

 常坂のあの魔法は、初見で防ぐことが出来るような代物ではない。


 「おっと」


 はずが、男は首筋に迫る藤色の大太刀を、黒い三日月刀で受け止めて見せた。

 重量のある金属同士がぶつかるような音が響く。


 お面の内側で常坂は動揺の色を浮かべた。

 道場の師範など、知り合いならまだ知らず、この魔法が魔獣や魔人によって防がれたことは一度も無かった。


 「殺し急ぐから、狙いがわかるんだよ。それにその魔法は見ていたからな」


 午前中、天たちの行動を見ていた魔人。もちろん触手の魔人との戦闘も見ていた。

 初見ではなく、狙う場所もわかっていれば、防げないわけでは無かった。


 「さすがに分が悪いな。そろそろ――」

 「今度は逃がさないよ? 私たちが有利だし」


 遺体を丁寧に地面に下ろして、天が不敵に笑う。

 しかし、魔人も負けず劣らず、にやりとした笑いを返して見せる。


 「おいおい、化け物。察しろよ」

 「……?」


 森での戦闘、午前中の動き、彼の手駒である触手の魔人との戦闘。その3つを分析して、天の弱点を見抜いた魔人。

 魔人の女性に利用されながらも、生き残るために、魔人も手を尽くしている。


 「ここには俺含め魔人が3人、いるんだぜ?」

 「……まさか、兄さん?!」


 想定よりも多い魔人。加えて男が時間稼ぎをしているということ。

 それらの事から魔人の狙いを推測した天。

 折り良く、拠点の方角からまばゆい光が見えた。

 この位置からでも見えるほどの光量。何かがあったのは明白。


 「ほら、大切なお仲間がピンチだ。どうする? 魔人2体と、ガキがいるんだ」


 いやらしく笑う魔人に反応したのは春樹。


 「人質といい、卑怯だぞ……っ」

 「若いなぁ! だが、生きるってのは、そういうもんなんだよ。で? どうする――っとぉ!」


 閃いた藤色の剣閃に、またも男は反応してみせる。今が好機と見た常坂の攻撃は、その実、常に警戒していた魔人の武器で防がれる。


 「油断も隙も無いな! ……さっさとトンズラするか。怖えー怖えー」


 後退る魔人の男。

 恐らくこのまま戦えば、じきに討伐することはできるが。


 「……ごめん、春樹くん、常坂さんも」

 「いや、任務の内容からしてもあっちが優先だ!」

 「はい、わたしも賛成です。急ぎましょう」


 探索と遺品回収が今回の任務。魔人の討伐ではない。

 そのことを理解している春樹も常坂も、今は泣く泣く魔人を見逃すことに決める。


 「――違うよ? 温存なんて考えずに、マナを全力で使うってこと」

 「「「……は?」」」


 天以外の3人が声を漏らした瞬間。


 辺り一帯――半径20mほどが黄金色のマナで覆われる。瞬く間に〈領域〉が使用されたのだ。

 そして、驚いて足を止めた魔人のその右足を、〈魔弾〉の要領で打ち出された太い槍が上空から貫き、切断する。

 高い空間把握能力と、精密なマナの操作が求められる作業をいともたやすくこなして見せる。


 そうして態勢を崩す魔人の目の前に、10mはあった距離をいつの間にか詰めた彼女がいた。

 全身に同じく黄金のマナを纏い、瞳も同じように光っている。


 「私、あなたを殺すって兄さんに言ったから」

 「おいおい、良いのか? 仲間はどうす――」

 「え? 兄さんの心配なんかする必要ないよ?」


 何が言いたいのか本気で分からないと言うような少女の表情。


 「はあ……。そうじゃないだろ。お前の仲間は――」

 「だから。兄さん以外、気に掛ける必要すら無いって言ってるの」


 魔人が見上げる黄金の領域の主は、微笑んでいた。

 その小さい身体が、大きく見えるのはなぜだろうか。


 「その兄さんも、憧れている『私』が生きている限り、簡単には死なない。だから、心配ない」


 言葉を矛盾なく受け止めるとするなら、少女の興味の対象はたった1人だということになる。

 それ以外は文字通り、彼女にとってどうでもいいのだろう。


 「やっぱりお前、俺たちよりよっぽど――」


 化け物じゃねーか。乾いた笑いとともに魔人は上空を見上げる。

 てんに向けて掲げられた少女の手のひら。その先には主の意志を汲んで創られた5本の槍。

 〈領域〉も含め、天の使用限界――6つの魔法の同時使用。

 “次”があると分かっていた彼女が森で魔人に見せなかった、本当の実力。


 「最初から、か……」


 そう言えば、森ではこの少女に“見逃された”のだと思い出す魔人。

 あの時の様子からがこの化け物の弱点だと思っていた。

 しかし、実際は反対。彼というストッパーが無い状況を作ってしまった時点で、己の死は確定していたのかもしれない。


 「調子に乗るな、魔人風情ふぜいが」


 平坦で無機質な声に呼応するように、黄金色の殺意が降り注いだ。

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