第4話 憧れから目標へ

 天を執拗に狙う魔獣。助けに来た陸翔りくと香織かおりが脅威にならないと判断した魔獣は、彼らを無視して天を目がけて駆ける。


「天ぁっ!」


 妹を守ろうと優が手を伸ばす。しかし、優より早く動いたのは金髪の好青年、陸翔りくとだった。彼が魔法で〈創造〉した大人の身の丈ほどもある黄色の四角い盾が、魔獣の突進を阻む。慌てて突進の勢いを殺した魔獣は陸翔が構えた盾を蹴って宙返り。着地して、邪魔をしてきた陸翔を睨む。

 こうしてまたも膠着状態になった住宅街の一角。小さな田んぼに生える草木を風が揺らした。

 天が無事であることを確認して、またも瞳に涙をにじませる優。そんな彼に視線を向けた香織は申し訳なさそうな表情を見せた。


「陸翔。やっぱりこれ以上のはやめましょう。この子たちが可哀想だわ……」

「確かに。まあでも、ここから格好良く魔獣を倒せば、俺達のになってくれるかもだろ?」

「……トラウマにならないと良いけど」


 そう言ってため息を吐いた香織。2人のやり取りには緊張感などなく、むしろ余裕を感じさせた。

 ここ1年、自らの魔法と魔獣の生態を研究してきた陸翔と香織。2人は魔獣の思考が手に取るように把握できている。よって、先ほどの魔獣の行動もきちんと予測できていた。それはつまり、眼の前の魔獣が陸翔と香織にとって脅威では無いことを示していた。


「良いか、少年少女」


 陸翔は魔獣に背を向け、優と天の目線になるようしゃがむ。魔獣が襲い掛かってきても大丈夫だという確信と、万一の時も香織が対処するという信頼の表れだった。

 陸翔はまず、天に手を伸ばした状態のまま四肢をついて固まっていた優を座り直させる。そして、その大きな手で優の頭をもう一度ワシワシと撫でると、


「俺たちの雄姿、よく見といてくれよ?」


 歯を見せて笑う。見る人を安心させるような、どこまでも頼りになる笑顔。窮地に現れ、颯爽と優と天を救ったその人物たちはまさしく優の求めていたもの――ヒーローそのものだった。

 やがて立ち上がった陸翔は、魔獣に向き直る。そんな彼に、


「まったく。それ、普通は自分で言わないわよ」


 香織のぼやきが向けられた。


「ふぅ……。それじゃ、〈強化〉」


 呟いた香織の全身が青色のもや――マナに包まれていく。天も使った〈身体強化〉の魔法だ。同じように、陸翔の全身も黄色のマナに包まれる。

 これまでは素の身体能力だけで戦っていた2人が、今度こそ魔法を使う。


「……そこまで言ったからには、負けられないわね?」

「ああ、これが俺の覚悟の決め方だ。絶対にこの子たちを守る」


 そんな2人の気迫に飲まれるように、先ほどまで強気だった魔獣が一歩、また一歩と後退あとずさる。ケラチン質の足が、アスファルトに金属音を響かせる。

 先ほど、獣の本能で脅威ではないと判断した魔獣という名の捕食者。

 しかし、今。自分が狩られる側に回ったことを同じく本能で悟ったのだ。


「じゃあ、サクッと倒そうか」


 陸翔がアスファルトを踏みしめる。姿勢を低く、右下段に両手で持った剣を溜める。そこに死を感じた魔獣が、


『クゥゥゥン……バッ――!』


 ここは撤退すべきだと告げる本能に従い、逃げようと身を転回した。


「俺1人で十分だ。香織は念のために、子供たちを頼む」

「了解よ。――いってらっしゃい、ヒーローおバカさん」


 少女に見送られ、地を蹴った青年。逃げる魔獣の脚力などものともしない、圧倒的な速度。絶対に守って見せる。その確固たる意志は願いとなり、風を置き去りにして、やがて魔獣を捉える。


 夕暮れの住宅街の片隅で、黄昏を移したような金色が一筋、きらめいた。




 格好良いヒーローに、よく見ていてくれと言われた。泣いている場合ではないと優が袖で涙をぬぐう、その瞬間。一陣の風が吹き抜けた。

 次に目を開けたときには、どこを探しても怖い犬の姿は見当たらなかった。


「香織。少年のけがの手当てしてやってくれ。――少女は立てるか?」

「うん。大丈夫、です……」


 金髪の青年、陸翔の手を借りて天が立ち上がる。

 その横で、黒髪ポニーテールの少女、香織がポケットに入れてある応急手当用の絆創膏やガーゼを使って手際よく優の傷の手当てをしていく。

 しかし、優は痛みも恐怖も何もかもが吹き飛んでしまっていた。今、彼の中にあるもの。それは助けてくれたヒーローに対する、どこまでも純粋な憧憬だった。


「か、かっこいい……! お兄さんたち、名前は?!」

「動かないの!」

「あいたっ」


 女性にぺちりと優しくたしなめられ、それでも、優はキラキラした目を陸翔に向ける。天は青年が「リクト」、少女が「カオリ」と呼び合っていただろうに、と、兄を白けた目で見るが、ここは空気を読むことにした。

 優の誰何すいかに、にかっと笑った青年は、あえて格好付けて言い放つ。


「なに、名乗るほどのものでもない! 俺たちは当然のことをしただけだ! なんせ俺たちは困っている人たちを助ける、ヒーローなんだからな!」

「うおぉぉぉ!」


 優の興奮は最高潮。この様子なら大丈夫だろうと、手当てを終えた香織が立ち上がる。そして、


「はぁ……。馬鹿言ってないで、次、行くわよ」

「おう! じゃあな、少年、少女! 気を付けて帰れよ!」


 そう言うと、陸翔と香織。学ラン姿の2人は颯爽とその場を走り去って行った。

 しばらく立ち尽くしていた兄妹も、日暮れを前に動き出す。


「……かえろうか、天」

「うん」


 優が手を差し出し、天がそれを握り返す。夕焼けに照らされて、温かな家へと2人はまた歩き出す。


「ランドセル、母さんにおこられるー。犬にやられたって、母さん、信じてくれるかな?」


 ボロボロになってしまったランドセルを背負い直して、優は落ち込む。服も汚れてしまった。


「私も兄さんといっしょに、あやまる。それにたぶん、あれってまじゅ――」

「まあ、でもさ」


 天が何か言いかけたが、ヒーローに会えた興奮がまだ残っている優は格好をつけたくなった。


「天がぶじで、良かった」


 隣でそう笑った兄が何だか格好良くて、思わず握った手に力が入ってしまう天。

 手のかかる兄だとばかり思っていたのに、それが何だか悔しくて、ちょっとした意地悪も込めて、


「本当は、兄さんに守ってほしかったな」


 言ってみた、そんな、天の胸の内などお構いなしに。


「うん、任せろ! いつかぜったい、天も、みんなも守れるような、 かっこいいやつになってみせるから」


 そう言って屈託なく笑う優。今の兄には何を言っても敵わないなと、天は困ったように笑った。


 そして、優はのちに知る。自分たちを助けてくれたヒーローが『特派員』という、魔獣を倒す人々だったことを。もともとヒーローに憧れていた優が特派員を目指したのは、ある意味で宿命だったのかもしれない。

 ヒーローという曖昧な優の理想がその日、特派員という具体的な目標になる。


 しかし、同時に優は、己のマナの色が特派員を目指すうえで大きな足枷になることを知った。






…………………


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※次話は8年後――優たちが高校生(?)になったところからです。

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