第15話 初任務に向けて

 天に仲間の命を危険にさらす覚悟を問われた優。

 覚悟の甘さ、目標の曖昧さに悩む彼は即答できなかった。

 そんな彼に声をかけたのは、春樹。


 「オレは、お前に、命を預けた覚えはない」

 「……そう、だよな」


 まだ彼の信頼を勝ち取れていないのだと落ち込む優に、にかっと笑って春樹が言った。


 「お前に責任を負わせるつもりはない。自分の命くらい、自分で守るって言ってるんだよ」

 「……?」


 彼の言っている意味が飲み込めずにいる優。


 「私も……です」


 そう言って続いたのはシア。


 「私も。優さんだけに全ての責任を負わせるつもりはありません。むしろ優さんに何かあったなら、それは私の権能のせいです」


 優に降りかかる災難は〈物語〉のせいだと。彼を“主人公”にした自分の責任だと。

 演習の時と同様、責任という名の十字架を背負おうとする彼女に、


 「それは――」

 「だから」


 それは違うと言おうとして、遮られる。


 「だから、私が優さんを……いいえ。皆さんを、守ります!」


 強い意志と覚悟を持って言い切ったシア。が、すぐに勢いを失って、


 「まだ、頼りないかも、ですけど……」


 と、すぐに勇ましさを失うのも彼女らしさだろう。

 なお一層、状況が飲み込めない優に、天が仕方ないと言った様子で、立ち上がる。


 「はぁ……。お母さんたちがよく言ってたことでしょ? どう“すべき”かじゃなくて、兄さんが“どうしたいのか”。私は聞いたんだよ?」

 「どうしたいか……」


 フローリングに座る優は、歩み寄ってくる天を見上げることしかできない。

 彼女が言ったことは、小さなころから両親が口を酸っぱくして言っていたことでもある。


 『どうしたらいい、どうすべき。そんな“誰か”が決めたものじゃなくて、“あなた”は何をしたいの? どうしたいの?』


 そして、優が外地演習で。

 「天人として、何をすべきか」で悩むシアの考え方を変えた、大切な考え方でもあった。


 「少なくとも特派員として、兄さんが頼りないのはみんなわかってるよ? だから私たちを支えようなんて、思い上がりもいいところ。リーダーになって、なんて、誰も頼んでない」


 厳しい言い方だが、そこには自分を思いやる天の愛が込められていると分かっている優。


 (なるほど、な……)


 天は、ここにいる4人が“対等”だと言っているのだ。

 そしておそらく、春樹も、シアも。

 誰かに頼らずとも、自分の命は自分で守ると。自分の命の責任は、自分だけにあると言った。

 そのうえで、力のあるシアは、必要であれば手を貸すとも言ったのだ。


 「で? 改めて聞くけど、兄さんはどうしたいの?」


 立ったまま兄を見下ろす天。


 「俺は――」


 覚悟も、責任も、特派員になる資質も足りず、どんな特派員になりたいのかすらも、まだ決まっていない。

 ましてや、どうするべきか、どうなるべきかなんて知るはずもない。

 それでも、今、優が言えることは。


 「俺は、この任務を受けたい」


 それだけは、――自分の気持ちだけは、知っていた。


 「長嶋さんも、ジョンも、下野も。その人たちが魔獣で負った苦しみを少しでも緩和できる……したいと、俺は思うから」


 してあげるなんて大層なことは言えない。

 これはあくまで、誰かのために行動したいという優のエゴだ。

 しかし、だからこそ、自分の行ないに責任を取ることが出来る。


 そうして、しっかりと己の意思を口にした優に、


 「奇遇だな、オレもだ」


 人好きのする笑顔で春樹が。


 「ふふ、私もです」


 シアが覚悟と慈愛を込めた目を細めて。


 「うん、兄さんがそうしたいなら、私もそうしたい! ……決まりだね!」


 最後に天が、元気よく言って、続く。


 こうして優たち見習い特派員のフォーマンセルは長嶋一夜ながしまひとよからの任務を受けることにした。




 「と、意気込んだのは良かったんですけど……」


 寮の出入り口入ってすぐにあるエントランスホール。ソファや机、特大テレビが置かれていて、学生たちの憩いの場になっているその場所で。


 ソファに浅く腰掛けるシアが手元にある白紙の『計画書』を手に苦笑い。


 「任務を受けるのも大変なんですね」


 正面に座る優が言いながら、タブレットの画面いっぱいにマップを広げて、任務の探索範囲をあらためていた。


 意気揚々と任務を受けに行った優たちだったが、


 『では計画書の提出をお願いします。……無いのですか? じゃあ、こちらに記入して提出をお願いします』


 淡々とした教務課職員の対応に、出鼻をくじかれることになった。

 少し考えれば当然かもしれない。

 未来を担う有望な特派員候補生たちを、無計画の状態で死地に送ることを第三校が許可するはずなどなかった。


 「ここから直線で大体500mぐらい東北東に行った場所……」

 「どのあたりですか?」

 「この辺で――」


 いつの間にか優のすぐ隣にいたシアが画面をのぞき込む。

 その距離感の近さに少しドキリとしつつも、優は平静を装う。


 「さすがに山道を越えるのはリスキーなので、旧国道沿いを徒歩で迂回しようと思います」


 そうすると大体1㎞ほどの道のり。

 調査範囲は長嶋宅から半径200mほど。魔獣の襲撃によって空き家となったり倒壊したりした建物。

 それら1つ1つを捜索するには――。


 「何日かに分けて調査するか、人手を増やして1日で、か……」

 「今、天さんと春樹さんが伝手をあたってくれてるんですよね?」

 「はい。俺はあまり顔が広くないので」

 「私もです……」


 優はクラスメイトの男子を中心に、狭く深く人付き合いをするタイプ。彼らをあたってみたが、まだ任務を受けるには早いと考えているようだった。

一方、努力の甲斐あって、シアはここ最近になって友達と呼べる人が増えてきた。それでも、一緒に任務を受けようと言えるほどの砕けた関係とは、まだ言えない。


 「やっぱり、こういう時こそ春樹がすごいって思います。色んな人と話せるってだけでも、羨ましい……」

 「ふふ……あはは! そうですねっ」

 「えっと……? 何か、おかしかったですか……?」

 「いえ……ふふ」


 今ではすっかり口下手な優が、引っ込み思案だった春樹を変えたことを知っているシア。

 立場が入れ替わっていることが可笑しくて、つい笑ってしまう。


 そうしてうつむいたまま身体を震わせるシアに優が困惑していると、彼の懐で携帯が鳴る。

 見れば、人員を探してくれていた春樹から協力者が見つかった旨を伝える通知が来ていた。

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