第2話 偵察係の役目
朝。人々が朝食を取り始めるだろう時間帯に、木々に隠れるようにして移動する2つの影がある。ゴルフ場にある大きなクラブハウスをねぐらとする赤猿たちの様子を見に来た、優と秋原だった。
「いいか、
「分かりました。原則、目視ということですね」
声を潜めながら優に偵察のイロハを教えていく秋原。背後を流れる
「偵察は使い捨てだ。情報を得たらなるべくこまめに伝える。もし敵に見つかったら、可能であれば隠れてやり過ごす。逃げるにしても、なるべく自分たちの拠点から離れるようにして動け」
最期の情報を伝えることも忘れずにな、と付け加える秋原。口調も表情も真剣そのもの。偵察係の最たる目的は生きて帰ることではなく、情報を伝えること。“持ち帰ること”でもないことをきちんと理解しておかなければならなかった。
「なるほど。食べられても魔獣がなるべく力をつけないよう、俺たちみたいに魔力が低い奴が偵察係をするんですね……」
まさに使い捨て。生きて帰れば万々歳。それが偵察係と呼ばれるものだった。
手入れされていない芝と雑草が生い茂る足元を行くこと、少し。
「見えて来た。あの白い建物が、クラブハウスだ」
言った秋原と共に優が見つめる先には、白い外壁に
「写真では分かり辛かったんですけど、2階建てなんですね」
優が意外感を隠さずに素直な感想を漏らす。ネットで見た航空画像では平屋のように見えたのだ、
「そうだな。向こう側……国道側に面した2階が地上部分で駐車場がある。第三校と同じで高低差がある」
優の言葉に頷きつつ、秋原は双眼鏡でクラブハウス周辺を覗く。
「昨日までは黄猿が複数体、日光浴しながら毛づくろいをしてたんだけど……」
これまでも索敵に来ていた秋原は、今日の同じ時間との風景の差を口にする。昨日までは3体の黄猿がクラブハウス前の芝でくつろいでおり、他の2体が散歩がてら餌を探していた。
しかし、今日はそのどちらの姿も無い。昨日の優たちによる襲撃を警戒していることが伺えた。
「昼になれば魔獣たちも外に出て、餌を探し始める。基本的に2体1組で行動するみたいだ」
単独行動はせず、必ず複数体で行動する。それが黄猿たちの特徴だった。木々に身を隠しながら、双眼鏡でクラブハウスの様子を伺う優と秋原。しばらくは鳥の声だけが聞こえる我慢の時間が続く。こうして“待つ”ことが出来るかどうかも、偵察係の向き不向き、ひいては生存率に関わることだった。
周囲の物音にも気を配りながらジッと待つこと、30分。ついにクラブハウス内に動きがあった。茶色い毛を持つ体高50㎝ほどの何かが飛び出してきたのだ。
「あれは……イノシシですか?」
「そうだろうな。っと、来たぞ。右の階段からだ」
秋原の声で、優は双眼鏡越しに視線を向けてみる。そこには2階部分からゴルフ場がある1階へと下りる外階段があり、昨日見かけたものとほとんど同じ黄猿2体がイノシシを追って下りてきていた。一瞬、黄猿たちが餌にしていたのだろうイノシシが逃げ出したのかと優は疑ったが、しばらく様子を観察して首を振る。
「……狩り、ですか?」
「そうらしいな」
鳴き声を上げながら必死で逃げ惑うイノシシを、黄猿たちが追い回しているように優には見える。時速40~50㎞で走るイノシシを追いかける黄猿たちの身体能力の高さが見て取れる光景だった。
と、階段からさらに、狩りを見物しようとしているのか4体の黄猿が姿を見せる。仲間が見守る中、ついに1体の黄猿がイノシシを長い腕で捕まえる。暴れるイノシシの頭蓋を叩き割ると、動かなくなった肉をおいしそうに頬張り始めた。
「敵の数、少なくとも6。餌在り。よって魔獣が増える可能性もあり。神代、モノに連絡してほしい」
秋原が双眼鏡で観察を続ける横で、優は指示どおりモノに情報を伝えていく。本来はこれも秋原自身で行なう。しかし、昨日は文面を送ることに集中して注意力散漫になり、黄猿たちに見つかっていた。そのため、今回は優と言う味方の存在を利用し、より一層慎重な行動を心掛けていた。
メッセージを送り終えた優は、再び双眼鏡を覗き込む。
「赤猿は、居ませんね。……そもそもあの巨体がクラブハウスに収まるんでしょうか?」
優の目から見える限り、クラブハウスの天井は3mほど。5m以上あった赤猿の巨体が収まるとは思えない。他にも、魔獣が複数体いる割にはイノシシ1体と言う食料の少なさも気になる。常に魔獣はマナを放出している。それゆえに、死角からの奇襲に備えられるのだが、反面、マナが枯渇しやすい状態にある。そうして不足するマナを補うために魔獣は積極的な捕食行動を見せるが、思えば、猿の魔獣にはその気配が薄いような気もしていた。
――猿の知能の高さが関係しているのか……? いや、分裂型は共食いもする。そのせいか。いやいや、だとするなら数が減っているはずだが、実際は増えているしな……。
考え込む優を温かい目で見やりながら、秋原は偵察係の心得を説く。
「そのあたりの所感も、欠かさず伝えておくようにな。さすがに昨日の今日だから、警戒しているんだと思う。もうしばらく観察を続けよう」
そこから1時間。黄猿たちがくつろぎ、クラブハウスの中に帰っていくところまでを確認して優たちは偵察から引き返す。結局、確認できた黄猿の数は計7体。モノが〈探査〉で確認した数をすでに3体も上回っていた。
「帰り道は特に注意だ。魔獣に後をつけられていれば、俺たちの拠点がバレる。そうすれば、奇襲されて一網打尽になるからな。余裕があるなら遠回りして帰るのもお勧めだ」
特に、今回はもとから知能が高い猿の魔獣を相手にする。常に気を張って行動するくらいでちょうど良いと、優は秋原に教えてもらう。
「偵察って、やっぱり大変なんですね」
「そうだな。ずっと1人だし、基本的には見捨てられることが多い。それでも、俺が伝えた情報を基にセルが動く。情報が正確であるほど、セル全体の生存率が上がる」
長い茶髪の奥にある小さな目を優に向けて笑った秋原は、自身が偵察係に名乗りを上げた理由を語る。
「魔力が低くても、貢献できる。一番それを実感できるのが偵察だと、俺は思う」
「魔力が、低くても……」
「そうだ。それに、まぁ、これはオフレコで頼むんだけど――」
そう言って声を抑えた秋原は、
「例えば魔力持ちとか天人が俺の情報次第で動き方を変えるんだ。なんか、こう……ゾクゾクしないか? 影の実力者、とか、真の参謀みたいでさ」
「おぉ……!」
そう言われて、優は俄然、偵察と言うものへの興味が湧く。影の立役者。それもまた、ヒーローの在り方の1つだろう。孤高に、孤独に。命を賭して仲間に情報を伝える偵察係。使い捨てとされるその役割に誇りと、ちょっとした遊び心を持って挑む秋原を、優は尊敬の念を込めて見つめる。
「なんてな。それじゃあ、最後まで気を引き締めていくぞ」
「はい!」
一転、表情を真剣なものに変えて言った秋原に、優も気を引き締める。なるほど、
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