第3話 仲間と一緒に君も死ね

 優が、ガタイの割には小さな瞳と茶髪の長髪が印象的な先輩男子・秋原と偵察を済ませた日の午後。雨が降り出したために、優たちは屋内でミーティングをしておくことにした。


「なるほど、黄猿が7体。赤猿を入れて、8体ってことだよね?」


 敵の総数を確認するモノの発言に、優が頷く。


「はい。建物はガラス以外ほとんど損傷無し。多分ですが、施設のホームページにあった館内図のままだと思います」

「ふむ。だとすると、赤猿の巨体で居座れそうな場所は……」


 タブレット端末の画面にクラブハウスのホームページを映すモノ。その中で、体高5m、横幅3mはある赤猿の巨体が収まりそうな空間を探す。すると、


「……無くないっすか?」

「うん。立派な建物だけど、天井は3mくらいしかないって偵察の神代君から聞いてる。となると……屈んで建物の中に入って、座って移動している……のかな?」


 画面をのぞき込んでいた春樹の所感に、髪を下ろした片桐が同意する。人が利用することが大前提のクラブハウスだ。身長5mの猿が利用することなど、想定されていなかった。


「外に赤猿は居なかった。となると、桃ちゃんの言う通り中では座ったまま移動しているか」

「体の大きさを変えられるか、じゃないか?」

「待て、ノア。さすがに身体の大きさを変える魔獣は確認されていない。筋肉繊維ならまだしも、骨はどうにもならないって言うのが一般的だったはずだ」


 モノ、ノア、優の順であらゆる可能性を考慮していく。魔獣は変態する時に体構造や体の大きさを変えることはあっても、何もなしに体の大小を変えられない。そう言った優に、


「はい、優クン。それは固定概念で、危ない考え。確かに戦闘中に体の大きさは変えられなくても、変態すれば……つまり捕食すればいいわけ」

「そうだ、神代。向こうには餌があって、共食いだって出来る。変態の機会はいくらでもある」


 モノとノアによる正論に、優は黙らされる。知識は時としてかせとなる。その事実を優が痛感する横で、モノとノアによる考察は続く。


「こう考えると、うん。捕食してあえて変態して、身体の大きさを変えたと見るべきかも」

「そうだな。同じ猿同士なら、マナの影響で変態する時も、形が崩れにくいだろうしな」

「つまり、黄猿は赤猿にとって非常食でもあるわけだ」


 ホワイトボードに書き込みながら、要点をまとめていくモノ。


「まあでも。この施設、今は使われていないみたいだし、最悪〈爆砕〉で爆破しちゃえばいいんだけど」


 建物の中に敵が集まっているなら、建物を崩壊させて押しつぶせばいい。豪快かつ、天人として潤沢な魔力を持つモノにしかできない作戦に、秋原が待ったをかける。


「待て、モノ。それはさすがに被害が大きくなる」

「だけど、秋原クン。人命に優先するものは無い。……でしょう?」


 特派員への殺し文句。建物に被害が出ようと、自然を破壊しようと、人命が最優先。それが特派員と呼ばれる人々だった。


「ま、それでまた世間が騒いだら面倒だし、しない方向で行くんだけど」

「おい、じゃあ言うなよ」


 ノアのツッコミに、モノは舌を小さく出した。

 大規模討伐任務と言うことで、メディアにもそれなりに取り上げられる今回の任務。人々の中には、自然や建物への影響をかえりみず、人命を優先する特派員の態度に難癖なんくせをつける者がいる。

 文化遺産だの、歴史的価値だの、修繕費を出せだの。彼らは決まって安全な内地から、特派員たちをなじるのだった。第三校にまで電話を掛けたり、押しかけて来たりする過激な人物だって、過去には居た。全寮制の封鎖された学校生活で、面倒ごとを持ち込んだと周囲から白い目で見られるのは、モノとしても勘弁だった。


「ま、それじゃあ順当に、二手に分かれて地上部……建物2階の駐車場と、1階にある練習場の2つで討伐かな」


 クラブハウスの前後を挟むようにしてある開けた場所を指し示しながら、モノが作戦を立案する。しかし、早速手を挙げたのは春樹だった。


「モノさん。どっちかから6人で突入ってわけにはいかないんですか?」


 春樹からすれば、6人で固まって動く方が確実に魔獣を仕留めることが出来るように思えたのだ。下級生ながら素直に疑問を口にできる雰囲気ができ始めたことに内心で喜びつつ、モノは春樹の問いかけに頷く。


「うん、いい質問だね瀬戸クン。まずは、そうだなぁ……。今、私たちが行なっているのが掃討作戦だから、かな」


 すぐにはモノの言葉を理解できずにいた春樹に、優がかみ砕いて説明する。


「つまりだ、春樹。昨日、モノ先輩がノアに話したように、この作戦には期限がある。そして、任務の目標が魔獣の殲滅せんめつである以上、1体でも逃がすわけにはいかないんだ」

「そうだね、優クンの言う通り。私たちは狩る側の人間だ。獲物は全て、駆逐しないといけない。だからこそ、建物の前後から挟み撃ちするってわけ」


 もう1つ、6人同時に戦闘をするには単純に手狭だからだ。3人の連携と6人の連携では、求められる視野の広さも経験も段違い。特に、最大戦力であるモノが自由に戦えなくなるリスクを負うことになる。単純に、得られるメリットよりもデメリットの方が大きいからだった。

 タブレットの画面に映るクラブハウスの簡易図をホワイトボードに書き写して、モノは説明を続ける。


「現状、確認できている黄猿は7体。私たち8期なら1人1体相手に出来るし、9期の子たちも同じことはできると思う。だから――」


 そこから当日の予定を詰めていく。クラブハウス周辺に着き次第、まずは優と秋原が先行して黄猿の分断。その時、可能であれば赤猿の位置を補足する。


「もちろん、赤猿は私たちが請け負う。もし優クンたちの所に行ったら、全力で逃げて」

「「はい」」「了解だ」


 最大戦力が、敵の最大戦力を迎え撃つ。優と春樹はもちろん、ノアにとっても異論はない。


「私たちが赤猿を相手にする分、出来れば優クンたちには黄猿4体以上を相手して欲しい。3人ならできると私は思ってるんだけど……?」

「やるしかない。それだけだろ?」


 挑発的なモノの視線にいち早く反応したノアが、淡々と応じる。彼に続いて、優、そして春樹もやる気に満ちた瞳でモノに頷き返した。


「危ないと思ったら逃げるんじゃなくて、他の人に利用されに行くこと。あるいは絶対に刺し違えること。たとえ自分が死んでも、仲間が魔獣を全て倒せば、死んだ自分が食べられることは無いから」


 仲間のために死ね。当たり前のように、モノは冷徹な命令を出す。

 最も避けたいのは、人を食べてより高い知性を魔獣が獲得すること。現状、猿の魔獣が魔法を使う姿は確認されていない。しかし、今でも知性だった行動を見せる彼らがもし魔法を獲得するようなことがあれば、手が付けられなくなる恐れがあった。

 先日、モノが秋原を救出に行ったのにもそう言った理由があったのだと、ようやく優は納得する。何も仲間を思っただけの行動では無い。そこには半分以上、任務を成功させるための打算があったのだ。


「それでも、もし誰かが捕食されたら変態途中を攻撃するように」


 魔獣にとって一番隙が大きくなる変態途中。通常、そのタイミングで衝撃を加えると大爆発を起こして周囲に甚大なダメージを与えてしまう。そのため、これまで優たちも静観してきた。しかし、あえてその瞬間を狙えと言うモノの指示は、先ほど同様、死んでも刺し違えろと言っているのと同義だった。


「忘れないで。私含めて、死はみんなで共有する。君が死ねば仲間が死ぬし、仲間が死んだら敵と一緒に君も死ね」


 優たち三校生に残されているのは、全員生存するか、全滅するかの2択だった。

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