第4話 遺族

 優が所属するセルのリーダーである銀髪の天人、モノ。トルマリンのように淡く青色に輝く瞳でセルメンバーを見渡した彼女は、無慈悲に告げる。


「死はみんなで共有する。君が死ねば仲間が死ぬし、仲間が死んだら敵と一緒に君も死ね」


 誰かが死んで、魔獣が力尽ければ手を付けられなくなる。そうなる前に相打ちしろと彼女は告げた。


「えげつない作戦ね。だけど、うん、うちは了解だよ」

「そうだな。まあ、元からそのつもりだ」


 まずは先輩2人――片桐と秋原が首肯する。続いて、


「……分かりました」


 優が頷く。優はもう、誰かを犠牲にして生き残るつもりなどない。全員生存と言う最善手か、全滅と言う最悪か。任務が終わった時、優が生きていたならそれはつまり、最善の結果を掴んでいるということ。それを追い求めると言うモノの作戦は、優としては最高に共感出来るものだった。

 そして、春樹も頷く。


「了解です。全員無事に魔獣を全部狩れば、問題ないんですよね?」

「そう、分かりやすいでしょ?」


 歯を見せて笑う春樹に対して、モノも愉快そうに笑う。春樹の隣に座る優は1人、この場にシアが居なくて本当に良かったと安堵していた。


「ノアクンも、それでいい?」

「……悪いが、ボクは反対だ。留学生のボクの使命は何があっても生き残ること。兵士であるお前たちとは少し、違う」


 生き残ることを最優先することについて、ノアはクレアに了承を貰っている。残念ながら、ノアはまだ、優たちのために命を賭けることはできなかった。

 優と春樹も、落胆の色を隠せない。しかし、ノアの言うことも理解できるし、少しは歩み寄ろうとしてくれた。その事実だけで満足だと、春樹が口を開こうとした時。


「だけどな。魔獣を狩る。このことについては全力をかける。もし神代や瀬戸が怪我をした場合も、可能な限り援護する」


 ノアが深い青い色の瞳で同級生2人を見て、言う。すぐにノアが言ったことを受け止められず、驚いたまま二の句を告げずにいる優たち。彼らに変わって、モノが確認する。


「つまり、協力はする。でも、全滅だけはごめんだ。そう言いたいわけ?」

「人を食った魔獣の厄介さは、ボクだって分かっているつもりだ。だから、誰も食わせない方が良い。そっちの方が合理的だろ?」


 ツンデレ。口から出そうになった言葉を、優はどうにかこらえる。他方、こらえきれなかったのは、春樹の方だった。


「ノア……っ! オレ、嬉しいぞ!」

「おい、寄るな! いいか? 僕はお前らと死ぬつもりはない。死ぬなら勝手に死んでろ!」

「そうだな、そうだよな!」


 ノアの柔らかなブロンドの髪を撫でまわす春樹。それを鬱陶うっとうしそうに引き剥がそうとするノア。微笑ましい後輩たちの姿を、モノを含めた上級生たちが生温かい目で見守る。


「分かった。とりあえずノアクンはそれで良いことにする。君を死なせちゃったら、国際問題になるかもだしね」


 環境破壊の話に続き、厄介ごとはごめんこうむりたいモノは、ノアの案を受け入れることにした。


「はいっ、じゃあ、赤猿討伐の話を締めるよ。天気次第だけど、決行は明日、遅くても明後日。基本的に全員で生きて帰るか、全滅……じゃない。ノアクンだけが生き残るか。それだけ。以上!」


 全員がモノの総括に頷く。こうして、赤猿討伐に向けた真面目な話し合いは一区切りとなった。外は雨、補給は午前中に済ませており、マナを使うこと以外やることは無い。自然、ミーティングは学年を超えた談笑へと変わっていく。

 議題は、なぜ特派員になったのか、とモノに尋ねた優の疑問から始まった。


「私? 私は単純に、魔法を自由に使いたいから。だから内地でも使えるように、特警の身分も持ってるし」

「公務員の兼業は……いえ、天人特例、ですね」


 人間では持ちえない圧倒的な魔力と権能を持つ天人は、人間に利する職業――主に特警と特派員――に限り兼業が認められている。天人を有効に利用したいと言う日本政府の思惑が見て取れるその方策を、モノは利用することにしたのだった。


「俺は単純に、安全な場所を広げたいからだな。生まれた場所が兵庫でさ、ギリギリ内地じゃないんだ。だから、家族が居る兵庫県を内地化するため。俺は特派員になった」


 秋原が少し照れながら、それでも胡坐あぐらの膝を叩いて答える。先輩から答えていく流れを察して、次に片桐が口を開いた。


「うちは、お義姉ねえさんが特派員だったから、かな。中1の時に1回だけ、紗枝さえさんに助けられたんだ」


 それが、格好良くて。守られてばかりなのが嫌だったと語る片桐。優は「だった」と言ったその口調から、もう既に片桐の姉は殉職したのだろうと推測する。そして、片桐が口にした紗枝さえという名前にふと。ようやくと言うべきだろう。優は、自身が殺した魔人――片桐紗枝かたぎりさえのことを思い出す。

 優の顔が一気に青ざめていく。苗字が同じで、特派員で、殉職している。果たして偶然だろうか。


 ――そんなはずはない。


 優が内心で首を振ったように、片桐桃子は片桐紗枝かたぎりさえの婚約者――片桐仁かたぎりひとしの親族だった。優は目の前のソファに座る片桐桃子の義姉を殺したのが自分であると、事ここに至ってようやく気付く。


「どうしたの、優クン? 顔色、悪いよ?」


 片桐の左隣。同じくソファに座ってそう尋ねてくるモノの顔を優は見上げる。そこにあるのは笑顔。ほくそ笑む、とでも言うべき、悪意に満ちた笑顔に見えるのは、優の気のせいだろうか。

 魔人になった片桐紗枝を殺した任務がモノによって仕組まれたものだったことはもう分かっている。そして、先日、今回の大規模討伐任務のセルメンバーは作為的に決められているのではないかと言う天の予想もあった。


「モノ、先輩……っ」

「ほら、言いなよ。桃ちゃんに。ありのままの、事実をさ」


 口の端を曲げ、たのしそうに笑う天人。少しずつ彼女を信頼し始めていた優を嘲笑あざわらうかのような、悪魔の笑顔。

 急に険悪になったモノと優の間にある空気を察した片桐が、肩にかからないぐらいの黒髪を揺らして、モノの隣から優を見下ろす。


「どうしたの、神代君? うちになんか用?」

「あ、いえ……。その……」


 片桐の純粋な問いかけに、言葉を濁す優。片桐の義姉あねを殺したのが自分たちであることを明かすべきか否か。答えを出せずにいる優に助け舟を出したのは、片桐桃子自身だった。


「あっ! もしかして、魔人になってた紗枝さえさんを殺したこと、今になって気にしてる?」


 知っていたのかと驚く優の顔が可笑しくて、思わず笑ってしまう片桐。


「あははっ! なるほど、モノに揶揄からかわれてるわけか。あはっ」

「からかわれて……え?」

「うち、遺族だよ? 神代君たちの任務について知らされてるし、最初から知ってる。何せ、神代君自身が報告書を作ったわけだしね」


 笑い過ぎて目端に涙を浮かべながら、片桐はセルを組んだ時から優が魔人化した義姉を殺した人物であることを知っていた。


「あ、なるほど。神代君がうちに負い目を感じてるかもしれないから、モノはこうしたんだ?」

「桃ちゃん、それを優クンに明かされると困るなぁ」

「あの、えっと……?」


 シアの癖が移ったように、おろおろと先輩女子たちのやり取りを見ている事しかできない優。その姿が可笑しくて、片桐はまた吹き出す。


「ぷふっ。そうだよね、うちの配慮が足りなかったかも。……神代君、それから、瀬戸君も」

「え、オレっすか?」


 秋原やノアと話していたところ、ふいに話を振られた春樹が何事かと声を上げる。春樹は自分たちが倒した魔人が片桐紗枝かたぎりさえだと知らない。それを知っているのは、シアと優。そして2人が書いた報告書を呼んだ人物だけのはずだった。

 優と春樹に向き直って、ぺこりと頭を下げる片桐。


「兄と紗枝さんの遺品を探して来てくれたこと。それから、魔人になっちゃった紗枝さんを止めてくれたこと、どっちもありがと。……うちの方から最初に言うべきだったよね、ごめんねっ!」


 最後は笑顔で言いきる片桐。彼女の笑顔にかげりは無く、感謝の言葉も本心から来るものだと分かる。そして片桐のその言葉で、春樹もようやく彼女が初任務の関係者――遺族であることを理解する。同時に、命を賭けた初任務が無駄ではなかったことが、片桐の笑顔によって証明された気がした。


「良かったな、優。これで西方も報われるんじゃないか?」

「ああ。……本当にな」


 険悪なムードから一転、場の空気が弛緩する。どっと疲れた優は後ろに倒れ込み、天井を見上げる。


「モノ先輩……。頼むから、ややこしいことしないでください……」

「睨む優クンも、焦る優クンも、可愛かったなぁ」

「ていうか神代君も、やっぱり焦ることあるんだ。モノが可愛がる理由、うち、分かった気がする。……ぷふっ」


 ジトリとした目をモノに向け、額にかいた嫌な汗をぬぐう優。そんな彼を、モノと片桐は2人で肩を震わせながら眺めていた。

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