第2話 約束

 仲間を失わないために。


 優は思考を巡らせる。


 「ぜぇあぁぁぁ!」


 その間に、神がかった動きで魔人を1人相手取っていた春樹がついに魔人の太い腕の1本を断ち切った。

 しかし、限界を超えた動きに息も絶え絶え。集中力も限界だろう。客観的にそう判断して、声をかける。


 「助かった春樹! だが、一度退こう」

 「……了解だ」


 常坂が動いたことも確認して、優は春樹とともに魔人から距離をとる。幸いにも春樹を脅威とみなした魔人の狙いはこちらに向いていた。

 降りしきる雨が体温を奪い、張り付いた服が動きを鈍らせる。


 加えて天と常坂、2つの戦力が欠けた今。


 (撤退するか? だが、魔人が追ってこないとも限らない。それに……)


 腕が全部で4つに減った魔人。3つの腕で円錐状の身体を支えている以上、剣を握る手はついに1つになった。


 (近くにまだ魔人が飼っていた魔獣たちもいる可能性も考えるべきか)


 魔人が捕食する獲物がいて、空腹を満たせるということ。そうなると、あの巨体で理知的な行動を取るようになる。

 今でさえマナ効率の良い〈創造〉を使用して攻撃し始めている。

 最初に常坂を狙った動きもそうだ。その後、魔力が高いシアと天を本能で狙ったとはいえ、少しずつ理性が身に付いている証拠でもある。


 「おわっ!」


 腕を断ち斬られ、地面に腹をついたまま横薙ぎされた魔人の長大な剣。優は屈んで、春樹はすんでのところで後方に大きく飛んで回避する。

 マナの消費はそれほどでもなさそうだが、限界を超えた動きの反動で、春樹の動きも鈍っている。頼れる幼馴染は、天人と魔力持ち2人がかりでどうにか切った腕を、常人の身でありながら1本失わせた。


 魔人は腕の位置を調整しながら立ち上がろうとする中、春樹のそばまで退いて、少しの間話し合う。


 「春樹、〈探査〉の後、結果次第で天と常坂さんと合流してくれ」

 「あ? ……それはいいが、魔人はどうする。優1人を残すわけにはいかないぞ」

 「俺1人じゃない。シアさんと魔人を倒す」


 天を手放せば、シアは晴れて自由の身。まだまだ戦えるだろう。

 魔人の手数も減っている。あとは魔人の残っている魔力次第で、それによってはシアと2人で魔人を相手取る。


 「――了解。まずは〈探査〉だな」


 言った春樹から黄緑色のマナが広がる。


 「背後。7時方向30mに魔獣が1体。魔人の魔力は……優の5倍くらいか?」

 「……俺とシアさんの魔力的にはどうだ? 倒せそうか?」

 「押せばギリギリ。でもまあ、避けてマナを減らす方が確実だろうな」


 ここで嘘をつくと人が死ぬことになるため、春樹は正直に状況と所感を伝える。


 「回避か……」


 思い出されるのは会館前での戦闘。慣れない戦い方にシアが想像以上に体力を消耗していたこと。今もう一度あれをやって上手くいくだろうか。

 思案する優を見やって、春樹は自分で決断する。


 「オレも残る」


 常坂のお面については昼の時点である程度予想がついている春樹。

 魔獣を殺せないと語っていた彼女に天や果歩を任せることに不安が無いと言えば嘘になる。


 しかし、魔人を倒さないことには安全は保障されない。

 優も天も。もちろんシアや常坂だって大切に思っている春樹としては、全員が生き残るすべを模索する優に協力を惜しまないつもりだった。


 そんな親友の申し出で、逆に優の覚悟も決まる。


 「いや。やっぱり春樹には常坂さんのフォローに回って欲しい。天も、果歩ちゃんも心配だからな」

 「……ちゃんと勝算はあるんだな?」

 「無かったら全員で逃げてる。それにシアさんを巻き込んで心中するつもりはない」


 優にとって自己犠牲は格好良く、そして、美しいのもの。シアのためにそれを実行した西方は素直に尊敬している。

 しかし、残された方はどうだろうか。例えば彼がいないという事実に今も感じている虚しさを、家族や友人に押し付けることになる。

 西方も最初からそうしようと思っていたわけでなかったはずだ。


 (あいつにだって生きる理由、憧れがあったんだからな)


 ゆえに、最初から犠牲を前提とした作戦に意味は無い。追い求めるなら、それは最善で、最高の理想であるべきだ。


 『本当か?』


 そんな声が聞こえた気がした。


 『人を傷つけずに切り抜ける。そんなお前の甘い理想のせいで、西方は死んだのに』


 声は止まない。よく聞けばその声は、自分のものだ。


 『お前のワガママのせいで皆がこの任務に来て。西方は死んで、あの天ですら命の危機だ』


 もう1人の優が問いかける。


 『実力のない俺が、本当に理想を抱いていいのか? 口にしていいのか?』

 (……悩むのも、後悔するのも今じゃない)

 『そうやってまた、自分の“罪”を先送りだ。それで本当に後悔しないんだな?』

 (それは……)


 自問自答で沈黙する優をいぶかしむ春樹が、改めて問う。


 「オレは常坂さんについていく、でいいんだな?」

 「ああ、みんなを頼む」

 「……おう、任せろ。だから優も魔人、倒せよ。天が大丈夫そうなら、また合流しに来る」


 親友の掲げた拳に応えて、同意を示す。

 そうして常坂がいる方へ走り去った春樹と入れ替わるようにシアが駆けてきた。


 「優さん、お待たせしました!」

 「天を守ってくれてありがとうございました、シアさん」

 「いえ、守ってくれたのはむしろ天さんの方です……」


 優とシアが、時を同じくして立ち上がった魔人を見る。


 時計の4時半、7時半、12時方向に突き出した腕。6時方向が正面。

 そして9時方向に1本だけ突き出す右腕には抉ったアスファルトが握られていた。


 それを振りかぶり、


 「――やばい! 春樹!」


 投げた方向は春樹たちのいる場所。20mほど離れた位置。

 ちょうど春樹が天を抱える常坂と合流し、その身を受けっとった直後だった。


 〈魔弾〉では処理できない無数の小さな瓦礫が刹那と言って良い間に、必殺の威力で飛来する。それらが春樹、天、常坂に風穴を空ける。


 「〈紅藤〉」


 激しい雨音をかき消すように凛と響いた声に乗せ、藤色のマナが広がる。

 瓦礫がその藤色の波に触れた瞬間。


 ――そのことごとくが斬り落とされた。

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