第9-1話 足りないもの

※長くなってしまうので、2話に分割させて頂きます。





 魔人たちによる第三校襲撃から3週間。


 12月の難波・心斎橋魔獣災害に続いて多くの学生の命が失われたことに、第三校と特派員制度に対する世間の目が厳しくなった。連日のように第三校に訪れるメディア、あるいは特派員制度廃止を求める活動家の人々を刺激しないよう、第三校は訓練を一時停止することを発表した。


 それでも学生や第三校に対して、外部から過激な言動が見られるようになったため、第三校は学生たちの心身の安全を確保するために寮からの外出を制限。授業はオンラインで行なわれ、1・2年生は学年末考査、3年生は先月から続いて大学受験・就労移行の追い込み時期に入っている。




 明日から始まる学年末試験を前に、優もその他の学生と変わらず、深夜まで追い込みを図っていた。いまもなお天は行方不明のまま。それでも彼女の生存を疑わない優は、天が帰って来た時に留年(=退学)していることが無いよう、必死でここ1年の総復習に励んでいた。


「因数分解……。懐かしいな」


 各単元、復習するごとに、その時々の出来事を思い出す。


 春。入学して1か月経った頃に、シアと出会った。当時は――優としては今も――責任感が強く、頑固なくせに、どこか抜けていたシア。子供が好きで面倒見のいい彼女は外地演習の最中に、誘われるがまま子供たちとトランプに興じるという天然ぶりを見せた。


「結果、魔獣に襲われるっていう……。まぁ、それがきっかけで俺と春樹はシアさんと接点を持ったんだが」


 その後、再び発生した魔獣の襲撃の際に、優が重傷を負う。助けようとしたシアが〈物語〉の権能を使ったことで、優とシアの間に特別な絆が結ばれたのだった。


 ――あの時のシアさんも「これが始まり」みたいなことを言ってたけど。思い返せば、あれが全ての始まりだったんだよな。


 その後、特派員仮免許試験を経て、夏休み。優は初めて“任務”に向かった。日帰りの、調査任務。


 ――そこで果歩ちゃん……。外山果歩ちゃんと初めて会ったんだよな。


 人っ子一人いない場所で、孤独に泣いていた女の子。生存者が居たことへの歓喜もつかの間、魔人が3体も現れた。激しい戦闘の末、どうにか魔人たちを撃退し果歩の保護に成功したものの、大切な仲間を1人失った。


 西方春陽。


 何気なく、優はタブレットのノートの端に名前を書き記す。天人である義理の姉に憧れて特派員を志したおかっぱ頭の男子学生。記憶力がずば抜けており、一度見聞きした物を瞬時に記憶できる類まれな才能を持っていた。一方で、シアに想いを寄せ、任務中のセルの空気感をぶち壊しかねない暴挙――告白を実行してしまうような純情さを持った学生でもあった。


「身を挺して守りたいもの……好きな人を守った西方は、ちゃんと特派員だった」


 かつての戦友たちをとむらう慰霊碑が建つ、緑の丘と呼ばれる広場がある方を見ながらつぶやく優。春野の件があった今の優にとって、命と引き換えに大切なものを守った西方の姿はなお一層、輝いて見えた。


 ただし“自己犠牲”は結果であって、目標や手段ではないというのが優の考えだ。自分が死んでしまっては、それ以降、大切なものを守れないからだ。西方も、死ぬことが前提でシアを守ろうとしたわけではない。己が実力の中で大切なものを守ろうとした結果、いわゆる自己犠牲となってしまったに過ぎない。


 あくまでも生きることを前提としながら守りたいもの――優が思う6つの命――を守る方法を、優は模索しなければならなかった。ただし、そのヒントはもう既に得ている。


 魔力不全を嘆いていた眠れぬ夜。心身ともに弱り切っていた優の側にいたのは、天でも、春樹でも、シアでもない。ましてや、春野楓でもない。


 月光を背に妖しく微笑む天人だ。


 優は、あの夜のモノとの語らいをよすがとして、魔力不全を克服した。


 今の優の中で、天人モノの存在は非常に大きく、信頼に値する存在となっている。奇しくもその構図は、魔力不全で落ち込む優を見舞おうとしたシアが思い当たったこと――弱っている優を支え、立ち直るきっかけを作る人物が居れば “神代優”という人物は多大な恩義・好意を抱くに違いない――という予想と一致しているのだが、ともかく。


『強くなれば良い。それこそ、1人で全部が出来るくらい』


 モノが言ったその言葉は優にとって疑いようのない“正解”のように感じられていた。


 力も覚悟も、何もかもが足りない自分は、仲間を頼らなければならない。そう思って半年以上続けて来た努力は、モノによって否定された。また、孤立無援の状態で春野を守れなかった事実が、さもモノの発言が正しいことを示す証拠であるように優には思える。


 結局、大切なものを守れるのは、自分自身でしかない。そんな反省を得た優が、


 ――仲間は利用するもので、頼るべきものじゃない。


 という結論を導くのに、そう時間はかからなかった。


 学年末考査が終われば、長い春休みに入る。魔力不全の期間があった優にとって、この春休みは同級生たちとの間に出来てしまった努力の差を埋める絶好の機会だ。


 しかし、ただがむしゃらに頑張る――モノに言わせれば偽物の努力――をすれば良いという話でもない。大切なのは、目的と目標を持った、質の高い“本物の努力”をすることだ。


『索敵から、討伐まで。全部を完ぺきにこなすことができるようになれば、良いんじゃない?』


 モノによる導きの言葉を脳内で反芻はんすうした優は、特に自分に足りていないものを考える。


「……やっぱり俺の課題は“討伐”の方だよな」


 索敵については、優は入学当初から、マナに頼らない方法などを模索してきた。〈探査〉の精度についてもかなり向上していると自負している。一方で、戦闘はと言えば、行き当たりばったりというのが自己評価だ。目の前の敵に柔軟に対応していると言えば聞こえは良いが、芯の通った戦い方がない。


 そのため「自分にはこれがある!」という確固たる自信がない。結果として、圧倒的強者である闇猫を前に、優は最初から「なすすべがない」と思ってしまい、動けなかった。


 ――つまるところ、俺にはまだ自信が足りていないのか。


 冷静に自己分析を重ねる優の頬を、不意に、冷たい風が叩く。


「……うん?」


 2月とはいえまだ寒さの残る深夜。窓を開け放つなんてことは無い。だというのに外から吹きつけてきた風に優が窓の方を見ると、


「鍵開けっぱだなんて、不用心だなぁ、優クンは。夜這いに来た悪いお姉さんに食べられちゃうぞ?」


 ベランダに続く窓枠に寄りかかりながらいたずらに微笑む、モノの姿があった。


「……5階の角部屋で、しかもベランダから侵入してくる不届き者を想定して常日頃から鍵をかけてる16歳男子の方が稀では?」


 呆れと共に発された優の悪口に、くすりと笑ってみせるモノ。


「そんな『モノ先輩』っていう不届き者が入ることを知っている優クンは、常日頃から私を意識して、鍵をかけるべきなんじゃない?」


 自身が不法侵入をしていることを棚に上げ、毅然とした態度で言われてしまえば、優としてもそうなんだろうか、と、思わずにはいられない。


「そんなことより、優クン」

「不法侵入は“そんなこと”ではないですし、夜這いについては強姦未遂ですが。なんですか、モノ先輩」


 しれっと室内に侵入し、優のベッドに腰を下ろした銀髪の天人に、優は半眼を向ける。


「必殺技だよ、必殺技!」

「……はい?」


 まるで脈絡のないモノの発言に、思わず疑問を声に出した優。彼の様子を面白がるように笑ったモノだったが、不意に、海のような青い瞳をすぅっと細める。


「どうすれば自信を付けられるのか。悩んでるんでしょ?」


 優の考えなどお見通しだと言うように、ベッドの上で優雅に足を組む。そうして組んだ膝に肘をつくと、微笑みながら目を閉じる。


「だから、先輩として、アドバイスをしに来たの。守るべきものを見つけたけど、その時にはもう既に、一番守りたかったものが消えていた。そんな可哀想なヒーロークンに、ね」


 憐みの感情を隠さず言葉に乗せ、たっぷりと皮肉を込めて言うモノ。彼女が、優は果たしてどんな顔をするのだろうかと楽しみに目を開いてみると、目の前に優が居た。次の瞬間には優にベッドに押し倒され、モノの喉から「きゃっ」と短い悲鳴が上がる。


 そして改めてモノが目を開いてみれば、自分を組み伏せる優の姿があった。

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