第3話 小さな背中を追って

 魔獣との戦闘を経て、緊張が程よくほぐれた優。

 ようやく全員の会話や周囲の物音に目を向けられるようになってきた。


 曲がりくねった道を抜け、今度は左右を害獣防止の柵に囲われた2車線の直線道路。

 道の遠く向こうにはぼんやりとだが、建物群が見えている。

 この道を少し行くと、やがて左手に鉄道の線路があり、その向こう側に、今回の探索目的地となる廃村があった。




 「……天。常坂さんの魔法知ってたなら言ってくれ」


 先ほどの戦闘を振り返り、優が天にぼやく。

 情報の共有は、生死を分ける重要な要因になる。

 こればかりは、優としても追及せざるを得ない。


 「そう言われても。私も見たの2回目だよ? みんなと同じで、初見じゃあのコの魔法がよく分からなかったし、そんな曖昧な情報を渡すよりは良いかなって」


 常坂は活人剣と言っていたが、ひとたびあの魔法を人に向けた時、その殺傷力は尋常ではない。

 それゆえに常坂は、門外不出としているとも考えられる。

 彼女の実力と危険性を認めたうえで、その魔法の原理を突き止める。そして、その対策も。

 そう思って、天は常坂を今回の任務に誘った。


 「実際、さっき見てようやくって感じだった。兄さんも言われないとよく分からなかったでしょ?」

 「それは、そうだが……」


 天の単純な興味もあるが、理想家の優を守るためでもあった。

 彼が自分の背中を追い、やがて夢を叶えることが出来るよう、常に一歩前に。

 そんな、親孝行ならぬ兄孝行だった。


 「――でも。何も言わなかったのは、ごめんなさい」

 「……いや、天の言うことも一理あった。間違った情報で立てる作戦の方が危ないからな。俺の考えが浅かった。悪い」


 これで手打ち――


 「ふふん、わかればいい!」

 「おい……」


 勝ち誇るように笑った天に、優が苦笑いでため息をついて、今度こそ手打ちとなった。




 「仲直り、出来たみたいですね」


 そのタイミングを見計らっていたのだろう。

 シアが優に声をかける。


 「仲直りって、私たち子供みたい」


 言った天は不服そう。


 「そうですよ。それにケンカも……いや、してましたね」


 無駄な見栄を張ろうとしていたことに気付き、訂正する優。むしろ今は、


 「空気を悪くしてしまいました。すみません」

 「いえいえ。『喧嘩するほど仲がいい』って、よく言いますしね。あっ、『雨降って地固まる』とも! だから、大丈夫です」

 「シアさん……」


 なぜだか、あやされているような気分になる優。

 天人なだけあって、どこか神聖さを秘めているシア。

 畏敬すら覚えそうになる笑顔は、さながら聖母のようでもあった。


 「そう言えば。制服、良く似合ってます」


 神々しさに見惚れそうになったことを誤魔化すために。

 視界が広がり、ある程度の余裕を持てるようになってきた優がシアの制服姿を褒める。


 「あ、ありがとうございます。そ、その……、優さんもよくお似合いですっ」

 「そう言ってもらえると嬉しいです。ありがとうございます」

 「『そう言えば』は怒っていいところだよ、シアさん?」


 そう言って茶化す天と、シア、後続にいる常坂の制服は女性用。

 おおよそは男子の学ランと同じだが、胸元に余裕を持たせ、腰にくびれが出来るよう、仕立てられている。

 下はスカートではなくパンツスタイル。中のワイシャツなども細かなところが違うが、男女それぞれに合わせて動きやすいよう工夫されていた。


 そして、学ランに似たこの制服こそが、特派員であることの身分証明にもなる。


 「制服を着ると、気持ちが引き締まりますよね。特派員なんだって」

 「そう? 私は別にー。兄さんは寝るときも着てそうだけど」

 「さすがにそれは無い。服にシワがつくからな」

 「あはは……」


 つかなかったら着るんですね、と、シアの内心を優が知るはずもなく。


 「……天は、どんな特派員になりたいんだ?」


 優はちょうど良いかと天に聞いてみる。

 敬愛し、憧れてやまなない天の持つ理想像。それを知れば、あるいは自分が目指すべきものが見える気がしたのだ。


 と、そんな優の問いに、先頭を歩いていた天が立ち止まって振り返る。


 「それを聞いて、兄さんはどうするの?」


 それは、いつになく平坦で、真面目な口調だった。


 「いや、参考にしようと思って……」


 その雰囲気に飲まれてしまう優。


 「参考に、ね。じゃあ兄さんは、どんな特派員になりたいのか、迷ってるんだ?」

 「まあな。だから天の理想を――」

 「じゃあ、教えない。私が教えたら、間違いなく、兄さんは本当に目指したいものが見えなくなるから」


 どこか責めるような天の瞳。

 茶味がかったその瞳に射られてようやく優は、彼女にそれを聞くことが甘えであることに気が付く。


 おおよそ誰に聞いても良い問い。しかし、天にだけは聞くべきではない問いでもあった。

 今、もっとも尊敬する天の理想を聞けば、迷っている自分は同じ理想を目指そうとするだろう。


 答えを求めるあまり、安易に逃げようとした。

そのことを天の言葉で自覚する優。


 「格好悪い所見せた。悪い」

 「いいよ。兄さんは、兄さんの夢だけを追ってれば良いんだよ。迷ってもいいから諦めずに、まっすぐに」


 変わらずにいてね。最後にそう言って兄に背を向け、再び歩き始める天。

 その態度、言葉こそが、優の質問に対する彼女なりの答えだった――のだが。


 (やっぱり、天と一緒だと甘えてしまうな……。セルを組むのはまだ早かったか?)


 下を向いて少し後悔、反省する優は気付かず。


 「優さん……」


 らしくない彼を心配そうに見つめるシアもまた、知らなかった。

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