第3話 『ものづくり』

 『弾当て』に続く魔法競技は『ものづくり』だ。各クラス5人1組に分かれて列を作る。その後、先頭の人がお題となる様々な物品の模造品を〈創造〉で創って、後ろの人に見せる。後ろの人は、さらにその後ろへとつないでいき、最後尾の人が創り上げた創造物と、お題となった物品の類似性を競う。いわば、魔法版伝言ゲームだった。


「俺は無色だから、石灰を使って形を浮き上がらせる、と……」


 春樹と列が異なる優が独り言つ。と、彼の言葉を拾ったのは、同級生であるすずり響平きょうへいだ。優より少し高い身長。パーマをかけた茶色い髪の、どこか話しやすい雰囲気を放つ男子学生だ。他の友人も交えて、優が文化祭を共に回る予定の男子学生の1人でもあった。


「なんだ、神代。〈魔弾〉に続いて緊張か?」

すずりか。いや、〈創造〉は苦手じゃない。むしろ硯より上手いと思うぞ?」

「お、言うな~。無色の癖に、生意気だ」

「言ったな、お? 言ったな?」


 あえて自分からハードルを上げていく優に、硯がにやりと笑って無色であることをからかう。名前順で並んで座った入学オリエンテーションの時、“瀬戸”の名字である春樹の席との間に座っていた硯と仲良くなっていた。以来、同じクラスの中でも比較的行動を共にする学生だった。

 男子2人でじゃれ合っていると、一緒に競技に当たる女子3人――首里しゅり朱音あかね七海ななみ日向ひなたひいらぎかなうが合流する。


「神代優。硯響平。言っておくけど、ヘマをしたら許さないから」

「……よろしく、首里さん」


 吊り上がった目元をさらに鋭くした首里が、優と硯に挨拶(?)をする。赤みがかった髪色に、同じ色の瞳、勝気な目元。背中に届く長い髪は、首里の友人である三船みふね木野きのという女子学生によって丁寧に編み込まれたお団子にされていた。

 夏休みの最後、シアの誘拐事件を共に乗り越えていても、優と首里の関係が変わることは無かった。


 ――まぁ、春樹はたまに連絡を取ってたりするらしいが。


 大規模討伐任務の後、春樹が実は首里と特訓をしていたのだと聞いた優は「さすが春樹だ」と思った。なおも努力を重ねる友人に置いて行かれまいと、優が気合を入れ直したことは言うまでもない。


「ちょ、言い方、朱音かねちゃん! 神代くん、硯くん、一緒にがんばろうね!」


 冷たい態度の首里に対して明るく温かく接するのはひいらぎだ。耳を隠すかどうかというショートカットの黒髪。はつらつとした印象の大きな目は、どことなく天と似た印象を抱かせる。170㎝を超える女子としては高い方の身長を持つ彼女は、テニス部期待のエースだった。

 首里の後であれば、大抵の女子が天使に見える優。あまりの眩しさに目をすがめつつ、挨拶を返す。


「よろしく、柊さん。七海ななみさんも」

「よ、よろしく」


 柊への挨拶のついでに、優は最後の1人、七海へと目を向ける。165㎝ほどの身体は全体的にふくよかな体系だ。顔立ちはぽてっとした唇とふっくらした頬が印象的で、目は細い。長い髪は後頭部で1つにまとめられていた。

 優の中では物静かな印象で、クラスでも比較的落ち着いた雰囲気のグループで行動している姿を見かけることが多い。こういう機会でもない限り、あまり関わらない学生でもあった。


「5人グループに分かれましたかー? じゃあ整列してくださーい!」


 教員の指示が飛んで、9期生たちが整列していく。


「良い? シア様、ザスタ様が見ているかもしれない以上、情けない姿を見せることなんて――」

「はいはい、朱音ちゃん。じゃあ先頭は任せたよー」

「――ちょ、わたしの話はまだ」


 首里の鋭い声と目線にも動じず、柊が首里を列の先頭に並べ、自身はすぐ背後につく。その後ろに硯が並んで、七海、最後に優という順番だった。

 やがて、競技が始まる。各クラス、1組ずつ計4組で順位を競う。1位が4点、2位が2点、3位が1点であとは点数なし。体育祭にしては地味な競技ではあるものの、未来を担う特派員たちの観察力とマナ操作技術を対外的に示す必要があった。


 ――3年生の時は、目覚まし時計とか中身が透けたオルゴールとかだったな……。


 一足先に競技を終えていた7期生たちの姿を思い出しながら、優はどんなお題が来るのかと身構える。目覚まし時計がお題の時は、長針・短針の長さや位置、果ては秒針の動き方までも競う熱戦だった。自分も2年経ったとき、あの領域に達していなければならないのだと優は身が引き締まる思いだった。


 ――さぁ、何が来る?


 どんなお題が回って来るのか。今か今かと待っていると、ついにその時がやって来る。


「か、神代くん。これ、なんだけど……」


 そう言って、振り返った七海が両掌の上にセピア色のマナで創り上げていたもの。それは、奇妙な流線型を描く、それでいてところどこに突起がある、体長10㎝ほどの謎の物体だった。しかも、少しだけ動いている。


「なんだ、これ……?」


 言葉を話すことは禁じられていないため、思わず聞いてしまう優。自分も同じように思ったと苦笑しつつ、七海は謎の物体の正体について聞いている情報を明かした。


「う、ウミウシ、らしいよ?」

「ウミウシ?!」


 まさか生き物がお題に出てくるとは思わず、優は面食らう。その間にもどんどんと競技時間は過ぎていき……。


「残り30秒!」

「やばっ……」


 ひとまず七海の手のひらの上でうねうね動いているウミウシをよく観察する。


 ――模様は、凹凸で描くのか。線の太さ、それから、天の数、触手? の数にも気をつけないとな……。


 観察をしながらも〈創造〉を使用し、片手の上にウミウシを創り上げていく。優が思い出すのは、先日の大規模討伐任務だ。雨の日、モノに師事を仰ぎながらノアの剣を模造した。結果、それが赤猿を倒すカギになったと言っても過言ではない。

 無色のマナにとって〈創造〉の練度は戦略の幅を広げる最も重要な魔法だとモノは語っていた。


 ――全ての経験を、形に変える。


「神代くん、石灰は……?」

「ん? ああ、大丈夫だと思う」


 見なくても……見えなくても。優は自身のマナがどのように動き、どのように凝集されているのか分かっている。なんと言っても自分のマナだ。マナを手にした改編の日からずっと親しんできた、自分の力だ。あと自分に足りないものは観察力だろうと、優は思っている。

 細部まで観察して、観察して、観察して……。


「終了ー! 最後尾の学生は、それぞれ試験官に見せに来るようにー!」


 教員の声で、優を含めた各クラス4人が試験官にそれぞれのマナの色をしたウミウシを見せる。石灰を賭けて突如として出現した優の真っ白なウミウシは、まるでシアの魔法で造られた創造物のようでもあった。

 横目で他の学生の出来を確認する優。それぞれ突起や斑点の数が異なる。優たちのように側面にが付いているものもあれば、ついていないものもあった。


「はい、今回はね。海遊水族館さんの協力のもと『アオウミウシ』のウー君に来てもらったわけです。判定は、ウー君の飼育係である戸島とじまさんにしてもらいますね」


 スポンサーの紹介も忘れない司会進行によって、お題が本当にウミウシだったことが明かされる。紹介を受けてやってきた戸島という男性飼育員が、学生たちの手のひらで身をよじらせるウミウシたちを観察する。


「む。各クラス、想像以上に良く出来ていますね。これは、難しい……」


 飼育員がうねうねと動くウミウシを上から横から、よく観察する。かれこれ1分くらい経っただろうか。会場が、徐々に沈黙を嫌い始めた頃、ついに順位がつけられた。

 判定を受けた後、列に戻った優は硯と共に結果を確認する。


「2位、2点か……」

「しゃーない。1位、あれ絶対、色で選んでるから」


 判定方法が人の目である以上、僅差になるとどうしても主観が入ってしまう。1位のクラスの学生のマナの色はアオウミウシの体色とよく似た青系統のマナだったのだ。事前にお題が分かるわけでもないため、こればかりは勝利したクラスの運が良かったと言えるだろう。


「悪い、首里さん。1位じゃなかった」


 1位になれなかったことを素直に詫びた優に、しかし、首里は首を傾げる。


「神代1人の責任なわけないじゃない。競技の性質からしても、わたし含めここに居る全員が負けたの。反省しましょう」


 当然だと言わんばかりに言って、首里は足早に待機列へと戻る。淡々とした言葉ながら、首里の顔には口惜しさがにじんでいる。

 負け。首里があえて使ったその言葉には、自分たち特派員は2位はいしゃに甘んじてはならないと言う意味が込められている。特派員である以上、負けはそのまま、死と同義だ。そして、魔獣から人々を守る特派員の死は、守るべき市民の死でもある。その考え方は、学生ながらもその場に居た全員がよく理解している事だった。


「さすが朱音ちゃん、しびれるぅっ」


 ショートカットの髪を跳ねさせた柊が、唇を嚙みしめる首里の背中に手を添える。

魔力持ちでありながら誰よりも努力を重ね、勝ち負けにこだわる。魔力至上主義者にもかかわらず、弱い人を守ろうとする、いびつな女子学生。それが首里朱音という人物だ。今ではそれが分かっているからこそ、気の強い首里を苦手とするクラスメイトは居ても、嫌いなクラスメイトはいない。


「柊さん。2番手のあなたが気持ち悪がってアオウミウシの観察をおろそかにしたこと、わたし見ていましたから」

「あ、あはは~。そんなことは――はい、すみませんでした」


 首里の鋭い睨みを受けて柊が謝ったところで、優たち5人の『ものづくり』はお開きになるのだった。

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