第4話 昼休み
午前の部、最後の競技となる『マネキン拾い』。この競技は運動場を飛び出して、第三校の校舎を使って行なわれる。〈探査〉で要救助者に見立てたマネキンを見つけ出し、時間内にどれだけの数を集められるかを競うものだ。〈探査〉を担う学生の精度はもちろん、情報伝達、1体40~60㎏もあるマネキンを〈身体強化〉を用いて仲間と協力しながら効率よく運び出す手腕など、高い連携力が求められる競技だった。
「プログラム5番『マネキン探し』。終了です。学生の皆さん、お疲れさまでした」
最後に競技を行なった9期生たちの結果が出たところで、司会進行によるアナウンスが響く。
この『マネキン拾い』では、天とシアが所属する
また、天もシアも2度の本格的な任務と度重なる演習で大量の魔獣に遭遇しては対処してきた。その経験値は、学生生活を謳歌していた他の学生と一線を画する。
『
『他のクラスの方が行っていない場所……C棟の中庭に家族に見立てたマネキン3体でしょうか。余裕を持って
『らじゃっ、シアちゃん! B-302のベランダ。1体、私が行ってくる』
大規模討伐任務を終えた他の学生たちに比べても、経験の数と質が異なる。特派員として夏休みの間に積み上げた経験の差が出た形だった。
「ただいまより、昼休憩の時間です。午後の部の集合は、13時です。なお、12時30分からは応援合戦があるので、出場する学生は――」
3学年分のマネキン探しが終わり、体育祭は昼休憩の時間を迎えていた。司会進行の放送部の声で、学生たちは弁当を広げたり、学食に行ったりと、思い思いに羽を伸ばす。
優は自分たちのクラスのテントの下で大きく伸びをした後、つい先ほど終わったばかりのマネキン探しを春樹と振り返ることにした。
「マネキン探し、難しかったな」
「首里さんも〈探査〉、頑張ってくれたんだけどな……」
優の感想に、春樹が苦笑する。
魔力持ちの首里を抱える優たち児島クラスは、堂々の最下位だった。敗因は主に、〈探査〉役である首里とマネキンを運び出す役割の男子学生の間に
なお、天人・ザスタを有する
「ザスタのクラスもそうだが、何より
「確かに、してやられたよな……」
9期生で唯一、天人も魔力持ちも居ない
「オレたちがもたついてる間に、結構持って行かれたしな」
「もし本当の救助現場だったら、刈谷達に頭が上がらない……」
競技としては卑怯にも見えるかもしれないが、現場目線で言えば間違いなく称賛される行為だ。マナが多くない“普通の人間”でも、うまく立ち回ればより多くの人を助けられる。その証明だと言わんばかりの結果だった。
「おっし。マネキン探しの反省はここまでにして、オレ達も飯にするか」
言った春樹がぐっと背伸びをすると同時に、お腹が盛大に鳴る。午前中、なんだかんだよく動いた2人の食べ盛り男子はもう腹ペコだ。
「そうだな。学食で良いか?」
「いいや、折角の体育祭だ。今日はオレが優の分も弁当を作ってきた」
春樹がリュックサックから取り出したのは、2つ分の大きな弁当箱だ。基本的に自分では料理をしない優の性格を知っていた春樹は、自分の分を作るついでに優の分も作っておいたのだった。
――まぁ本当は、浩二さん達が来れないからなんだが……。
第三校の体育祭は平日の金曜に行なわれる。共働きの神代家は、残念ながら来ることが出来ない。小中と休日の運動会では家族団らんで食べていた優が、今回は寂しがるかもしれない。そう考えた春樹による、お得意のお節介だった。
「まじか……。そう言えば春樹は俺の彼女だった」
「やめろ。楓ちゃんはどうする?」
「……確かに。いやまぁ、春野も彼女じゃないけどな。とりあえず、ありがとう、春樹」
「おう。量は保証するけど、味は期待するなよ」
嬉々として受け取る優に、作った春樹としてもほっと一安心だ。後はどこで食べようかという話になる。ただいまの季節は秋。外で食べるには少し肌寒い。暖房の効いた屋内に向かうのもありかと考えた2人が動き出そうとした、まさにその時。
『優(春樹)さん。絶対に運動場に居てあげてください』
そんなメッセージがシアから届く。シアの内心を知る春樹は、てっきり優を昼食に誘うものだと思っていた。もしそうなっても大丈夫なように、個別に弁当を包む気遣いまでしてみせたのだが、どうやら読みが外れたらしい。
「居て『あげて』って表現が気になるな。何かあるのか……?」
奇妙な文面に眉をひそめたのは優だ。何か、あるいは自分ではない誰かのためにシアがこのメッセージを送っているらしいことだけは分かる。
「まぁ、正直どこで食べても良かったし、このままここで食べるか」
「だな。それに、どうせだ。応援合戦出も見とくか」
優、春樹の順で言って、2人は自分たちのクラスのテントの下で昼食をとることにした。
春樹が用意した弁当は、ご飯だけが入った大きな金属製の弁当箱と、おかずが入ったプラスチック製の弁当箱の2つだ。
「ご飯の量、すごいな」
「
「ちゃんと野菜も入ってる。栄養バランスも考えるとか、春樹、まじで家庭力高いな。頂きます」
「家庭力……? まぁ良いか。オレも頂きますっと」
早速、親友が作った弁当を食べ始める優。市販の冷凍食品を温めたもの、あるいは自然解凍しただけの、パッと作れるお弁当はまさに男子飯と言ったところか。春樹が手作りしたものと言えば、隅にあるほうれん草のお浸しと、少し塩辛くした卵焼きだけだ。それでも不思議なもので、
「うまっ! 全体的に味が濃くて、ご飯が進むな」
「だろ? それはオレの計算通りだ」
おかずとご飯を交互に頬張りながら美味しそうに食べる優を見ると、春樹も思わず笑顔になってしまう。
「そう言えばインスタントだけど味噌汁もあるんだった。どうする、優――」
「貰う」
大き目の水筒に保温された味噌汁が、汗で冷えた身体を程よく温めてくれる。
「
しみじみと呟いた優は、親友がくれる温かみを噛みしめる――。
「ついでに1食、大体320円だ。学食の年パスで元取るつもりだから、午後も優勝目指して頑張ってくれよ、優?」
「あ、うっす。俺が出るの、リレーだけなんだけどな」
優が頑張ってくれれば、自分も頑張れそうな気がする。そんな打算も、春樹の弁当の中には入っていたのだった。
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