第5話 『応援合戦』

 優たちが自分たちのクラスのテントで弁当を食べ始めて10分ほど経った頃だろうか。大きな和太鼓の音が響き始める。それは、番外プログラムである『応援合戦』が始まる合図だった。

 第三校の応援合戦は有志による応援団とチアダンスの2つで構成されている。練習期間は1か月程度で、放課後に空き教室や体育館で練習することになっていた。

 いわゆる体育会系の指導がされることでも有名で、優は合わないだろうと辞退。春樹は部活動を優先するために、応援団への参加を見送ったのだった。

 冷凍の、味が濃いから揚げを口に運びながら、優は目の前で勇ましく声を張り上げる応援団の学生たちを見やる。


「なんだろうな。こう、だらけるなと言われている気分だ。休日にスーツの人を見たときの父さんって、こんな気持ちなのか?」


 応援団は、服装は学ランなのだ。特派員の制服も学ランなために、どうしても任務や演習が脳裏をちらつく。休日に同業者を見つけた社会人たちはこんな気持ちなのだろうかと、優は最も身近な社会人である父に想いを馳せる。

 しかし、秋の晴れ渡る空の下、玉の汗をかいて一生懸命学生たちを応援する応援団の姿は……。


「格好、良いな」

「おう、そうだな……」


 本人も気づかないうちに、声を漏らした優。答えた春樹も、心ここに在らずと言った様子だ。応援団の気迫にいつしか飲み込まれていた2人はいつしか、食事の手を止めてしまうほどに魅せられていたのだった。


「「ありがとうございましたー!!!」」


 撮影用のカメラ、観覧客に向けて頭を下げた応援団たちの声で、ようやく自分が食事を忘れていたことに気付いた優。慌ててご飯とおかずを口に運ぶが、圧倒的声量と統率の取れた動きがもたらした余韻がなかなか冷めない。


「なんか、すごかったな」

「おい優、語彙力はどうした。っていうオレもまぁ、気持ちは分かる。迫力あったよな」


 少数ながら混じっていた女子学生も、男子学生に負けない力強さと迫力があった。人々を応援して、元気を出してもらうことが応援団の役割なのだとすれば、少なくとも。優と春樹はきちんと、応援されたというべきだろう。なぜなら2人の中は応援団のおかげで、圧倒的な高揚感を得られたのだから。

 有志というわりに毎年きちんと人が集まる応援団の魅力が、優は分かる気がした。


「この後はチアか」

「これは俺でも分かる。お茶の間に向けたサービスだよな」


 年若い女子が、しかも日々鍛錬を積み引き締まった健康的な身体をした女子学生が、可愛い衣装を着て踊るのだ。男女問わず、目を引くに決まっている。優も春樹も、楽しみな気持ちが無いと言えば嘘になる。

 やがて、会場が静まり返ったその瞬間、華やかながら動きやすい服装に身を包んだ学生たちが運動場に駆けて来る。それぞれが持ち場に移動してフォーメーションを形成すると、アップテンポな流行曲が流れ始める。


「「はいっ! はいっ! はいっ! はいっ!」」


 観客に合いの手を求めるように、手にしたポンポンを打ち合わせるところから始まり、初心者が躍るにはやや難易度が高めなダンスが始まった。天人や魔力持ちはもちろん、特派員には健康的ではつらつとした印象の女子も多い。彼女たちの素養と華やかなチアダンスと合わさると、文字通り“華”があった。

 そんな中でも、ひときわ可愛い女子が居る。正確に言えば、優と春樹にとって他の女子とは比べ物にならないくらい、可愛い女子が居る。

 自分のことを見つめる優と春樹の視線に気付いたのだろう。その女子は嫌がること無く、むしろ誇らしげに笑った後、


「(パチッ!)」


 という音が聞こえそうなくらい愛らしいウィンクでファンサービスを行なう。小さな身体を目一杯に使ってポンポンとポニーテールを揺らす彼女は、言わずもがな、神代天だった。


「俺の妹がこんなに可愛い過ぎるわけがない……。いや、やっぱり可愛い……っ」


 てん/そらを仰いで悶える優の横で、ただただ春樹は見惚れることしか出来ない。


「そうか。だからシアさんは『居てあげて』なんて言ったんだな」


 そうこぼした優の予想通り、シアは親友である天がチアダンスに参加することを知っていた。というのも先日――。




 文化祭の準備を進める中、シアが被服部がある部室棟に赴いた際、遠くから激しい足音が聞こえてきた。

 何かあったのかもしれない。そう思ったシアが気になって足音のする方へ行ってみれば、片耳にワイヤレスイヤホンをして激しいステップを踏むジャージ姿の親友の姿があったのだった。


『天ちゃん? こんなところで何をしているんですか?』


 その声でようやく、天は自分のチアダンスの練習が露見したことを自覚した。


『……シアちゃんこそ、なんでこんなとこに?』

『私は被服部の部室に用事があって……ってそうじゃないです! 質問をしたのは私ですよ、天ちゃん?』

『残念。シアちゃんなら今のでいけると思ったんだけどなー』

『むっ。それはどういう意味ですか?! 何がいけると?!』

 

 憤慨する友人の可愛い姿に集中が途切れてしまった天は、一度練習を切り上げて休憩することにする。タオルで汗を拭いた後、大きな水筒に入ったスポーツドリンクをコクコクと飲む。そして、別に意固地になって隠すようなことでもないと考えを改めることにした。


『ぷはっ……。私がしてたのは、チアの練習。私、体育祭でチアやるんだ』

『ちあ? ちあ……あっ、チアダンス! そうだったんですね!』

『そそ。中継を見てるかもしれないお父さんとお母さんに、私は大丈夫、元気だよって伝えられるかもしれないじゃん?』


 テレビ中継が入ることを意識して、にししっと笑って見せる天。もちろん、体育祭を楽しむという意図も少しはある。しかし、寮生活のおかげでなかなか会えない両親に少しでも安心感を与えられると考えたからこその側面の方が大きかった。


『ご家族のため……。はい、とってもいいと思いますっ』

『でしょ? ついでにシアちゃんのワタシに対する株も上がるし。可愛い私が躍れば、兄さんと春樹くんも元気になる。みんなを元気づけるうえで、こんなに効率がいいことってないでしょ!』


 と、笑顔でシアに答えたのだった。以来、日々の合間を縫って、時には友人からの遊びの誘いを断ってまで、人目につかない部室棟裏で一生懸命に自主練習する姿を目にしてきたシア。


 ――絶対に、優さん達にも見てもらいます!


 そんな一念のもと送られたメッセージが『居てあげて下さい』だった。




 そして、天のチアダンスが披露されている今。シアはというと、真野クラスのテントの下に居た。先ほどまでは、おしとやかにクラスメイトの女子と食事と談笑をしていたのだが。いざチアダンスが始まると、ブルーシートの上でなぜか正座になって、


「そ、天ちゃん、可愛すぎっ! 可愛すぎますっ! 反則……っ!」


 お箸をペンライトに見立てて両手に握り、控えめに上下に振って叫びたい衝動を必死にこらえている。傍目に見れば、ただただ天のファンにしか見えないだろう。


「あ、目が合いました! 天ちゃ~ん!」

「はーい、シアちゃん。神代さんが好きなのは分かったから、押さえて、押さえて」

「やっぱ、テンション高いな~、今日のシアさんは」


 クラスメイトになだめられるシアにも律義にウィンクを返した天は、届けたい人に想いが届くと信じて、笑顔も踊りも完璧なチアダンスを踊り続けるのだった。


「「ワァーーー!!!」」


 やがて、曲の終了と共にポンポンでハートを作ったところでチアダンスが終わる。会場はある種異様な熱に包まれており、その興奮が冷める様子はない。


「どうだった、春樹? 今のチアダンス」


 妹の可愛い姿を堪能できてほくほく顔の優の問いに対して、春樹は何かを噛みしめるようにゆっくりと目を閉じると。


「なんか、もう色々、すごかった」


 語彙力の消え去った答えを1つ、返すのだった。

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