第6話 繋ぐバトン
時刻は13時ちょうど。午前と変わらず、午後も青空が見えている。ここから三校祭の体育祭は、レクリエーションに重きを置いたプログラムになっていた。
午後のプログラム開始に伴って、色ごとに競われているポイントが集計され、手作りの得点ボードに午前中の集計ポイントが貼り出される。
「俺たち赤組は……3位か。結構厳しいな」
1位の黒組――9期生ではザスタが所属する根尾クラス――との得点差は12点。団体競技は配点が高い傾向にあるとはいえ、赤組が勝って黒組が最下位という結果を繰り返さなければならない。
「でもまぁ、諦める理由にはならないか」
可能性があるのであれば、勝利を追わない理由はない。自分は出来ることを全力でやるだけだといつものように言い聞かせて優はクラス対抗リレーの集合場所へと向かう。春樹の弁当に、天のチアダンス。お腹以上に心の栄養を補給した優は、無敵になった気分だ。
しかし、行事ごとに対する奥手さが出た優が出場する競技は、昼休み明けすぐにある『クラス対抗リレー』だけでもある。それは、己の頑張りが与えることのできる影響の小ささを示してもいた。
自分1人が与えられる影響などたかが知れていると、優は自覚しているつもりだ。それでも気持ちの問題として、自分がやり切ったと思えないことが何よりも悔しい。
「プログラム6番。『クラス対抗リレー』。1年生の皆さんは――」
「行くぞ、優」
「ああ。学食の割引のためにも、勝たないとな」
――来年こそは。
生きて来年を迎えて、今度こそ自分の変われない部分を変えて見せる。そんな思いを込めて、優は唯一の出場競技であるクラス対抗リレーへと向かった。
各クラス、事前に決めた5人チーム5つで戦う5×400mの2000mクラス対抗リレー。ここで競われるのは、何も走力だけではない。今回は〈身体強化〉の使用が許されているため、魔法の技術が問われる。
また、三校祭のリレーでは、順位の高いクラスから順番に出場するチームを選出していく。プログラム1番の『徒競走』で見たそれぞれの学生の走力を参考に、彼我の実力を測ったうえで自分たちのクラスが勝つための戦略を立てる。必要であれば、あえて“捨てる”チームを当てる。リレー1つとっても、特派員を育成する第三校らしさが出ていると言えるだろう。
「アンカー、任せたぞ、神代」
最近、文化祭のおかげでめっきり関わりが増えた
熱血漢、湯浅からの熱を受け取った優はただ一言。
「任せろ」
とだけ答えて、アンカーのタスキを受け取る。信頼と期待、そして前の4人が繋いできたバトン、男子が多いチームということで“勝ちに行った”こともあって――優は見事、誰よりも先にゴールテープを切るのだった。
棒を複数人で持って障害物を避ける非魔法系競技『台風の目』、3人1組でセルを組み相手クラスの旗を〈魔弾〉で撃ち落とす魔法競技『旗落とし』の2競技を経て、ここからはいよいよレクリエーション競技が行なわれる。ここからはクラスの垣根がなくなり、それぞれが好きな場所で観覧しても良いことになっていた。
「プログラム9番。『特別プログラム』。出場する学生は運動場に集合してください」
司会進行によって告げられたのは、優が体育祭の話を聞いた時から気になっていた競技『特別プログラム』だった。
「児島先生の話だと、該当する学生に声をかけてるんだったよな?」
声をかけられていない側――つまり、一般の学生でしかない優が、同じく一般の学生でしかない春樹に尋ねる。もうお互いに出場する競技は無い。そのため、心身ともにリラックスした状態のまま、テントの下でくつろいでいた。
優の問いかけに、春樹がジャージの上を着直しながら相槌を返す。
「そう聞いてるな。普通に考えるなら、魔力持ち・天人に声がかかるんだろうけど……あぁ、やっぱりだな」
各クラス、テントの下から運動場に集まって来たのは見目麗しい男女ばかりだ。それもそのはずで、春樹の予想通り、招集がかかっている学生は多くが魔力持ちや天人だった。
「シアさんも当然だな。……天は出ないのか?」
優が運動場に集まる面々の中に妹が居ないことを疑問に思っていると。
「呼んだ?」
「「おわっ?!」」
背後に忍び寄っていた小さな影に、優と春樹は思わず飛び退いて癖で警戒態勢を取ってしまう。そんな情けない男子2人を不思議そうに見るのは、金色交じりの髪をポニーテールにしている天だった。
体育祭の今日。優と春樹が天と面と向かって話すのは、実は初めてだ。チアダンスにテレビ中継。普段よりも「おめかし」をしている天は、少し大人びて見える。一方で、頬と目元につけられた星のタトゥーシールには年頃の女子らしさのようなものもある。
良く知る天とはまた違う雰囲気に、優はもちろん春樹が見惚れない訳が無かった。
「やほ。どうしたの、2人して」
「……いや、化粧ってすごいなって。それより、天は呼ばれなかったのか?」
魔力持ちと天人が呼ばれているらしい運動場を見ながら、優が尋ねる。
「うん? ああ、あれね。もちろん呼ばれたけど、私は遠慮しといた」
特別プログラムの参加は任意だ。天は自分たちの担任である
好きな場所で観覧しても良いということで、優と春樹の間に腰を下ろした天。当然、周囲には優たち児島クラスの面々も多い。体育祭中は敵である他クラスの学生に向けられる視線は、少し冷たい。
「ま、シアちゃんが出るから。私たちで応援してあげよ?」
それでも天は、この程度の人の視線にはもう慣れてしまっていた。ナップザックから水筒を取り出すと、コクコクと喉を鳴らしてスポーツドリンクを飲んで見せる余裕すらある。我関せず、我が道を行く。相変わらず“強い”天の姿に、優と春樹は顔を見合わせた後。
「ああ」「おう」
天の左右を挟むように、座り直すのだった。
「それで? 天は特別プログラムの内容、聞いたんだよな。何をするんだ?」
体に似合わない大きな水筒を傾ける天を横目に見ながら、優は視線を運動場に戻す。そこでは、集まった学生たちが何やら抽選箱のようなものから色のついた球を取り出している。
「ぷはっ……スポドリ、うんまっ! みたいなことをするんだって」
水筒の飲み口から唇を離した天が、完璧な作り笑顔でスポーツドリンクの感想を漏らす。それはまるで、テレビのコマーシャルのようで――。
「――なるほどな」
「そ。第三校は学校だけど、どちらかと言えば研究機関の意味合いが大きいでしょ? で、研究にはお金がいる。お金を集めるには出資者がいる。その出資者を募るのがこの体育祭の副次的な目的なんだろうけど、今回のこそまさにそれ」
普段、第三校に出資する側は「魔獣から人々を守るための機関に出資している」という、いわば慈善事業的な世間体を得られている。しかし、今回の体育祭にはテレビ中継があり、それなりに多くの人が見ている。そうなると、企業が求めてくるのは当然、広告だ。
「多分これからシアちゃん達は着せ替え人形にされるんだと思う」
抽選箱は、各学生がどの企業の服を着るのかを決めると言うもの。そして、行なわれるのはファッションショーなどという生易しい物ではない。
「平和な日常を
なんだかんだ言って純粋な優に、ダメもとで聞いてみた天。すると案の定、優は首を傾げた。そうだよね、とため息をついた天は、いよいよ特別プログラムの内容に触れる。
「それはね。刺激だよ、刺激。それもとびっきりのやつ」
「とびっきりの、刺激……?」
「そう。平和とは真反対にあるもの」
「平和の、反対……」
なんとなく口にしながら見遣る運動場では、ジャージの上下を着替えた学生たちが身体の各所に見覚えのあるペイントボールをつけ始めた。
「まさか、だよな?」
「そのまさかなんだよ、兄さん。今からシアちゃん達は、大人の事情で模擬戦をするってわけ」
仮免許試験とは違って「特派員になること」とは一切関係のない都合で戦わされることになる学生たち。模擬戦であり寸止めではあるものの、下手をすれば大怪我を負うこともある。出場が任意とは言え、天の言った大人の事情で戦うことに、優はどうしても拒否感を覚えてしまう。
「だから天は、出場を辞退したのか……」
「ん? 私はなんとなくだよ? むしろモノが……おほん。モノ
初任務に大規模討伐任務。何かと因縁のあるモノと公認で戦う機会を逃したのだと、過去の自分の判断を責める。わりと本気で出場する方に気持ちは傾いているが、残念ながら飛び入り参加は認められていなかった。
モノに対して噛みつきがちな天の様子に肩をすくめつつ、春樹はセルを同じくする天人・シアの姿を見遣る。
「シアさんが出場したのは、天人としての責任感、だろうな」
「多分ね。最近はマシになったけど、それでもシアちゃん『天人でしょ?』って言えば何でもしそうだし」
「天人らしく」「天人として」。それは、シアの口癖でもあり、殺し文句でもある。実際「天人として、責任ある行動を」と言われただけで、見ず知らずの
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます