第2話 『弾当て』

 第三校の体育祭の目玉と言えば、なんと言っても魔法競技だろう。その他通常の学校では行なわれない、魔法を主体とした競技が午前中に3つ、行なわれる。その3つも、魔法の三大基礎と呼ばれる「身体強化」「創造」「探査」、そこに遠距離攻撃の基本である「魔弾」の技能を競うものになっている。

 三校祭の様子を放映するテレビ局も、内地の人々にとっては非日常である魔法飛び交う風景を撮影することに躍起になっていた。

 申し訳程度の非魔法競技である徒競走を終えると、待っているのは最初の魔法競技『弾当て』だ。進行に従って、学生のみで結成されている体育祭運営委員会により準備が進んでいく。あわただしく運営委員が走り回った後の運動場には、競技者の学生が立つ小さな円と、円から50mの位置に置かれた木製の的があった。

 最初に競技に臨む1年生がテントから出てくる間に、テレビ中継先の一般人に向けた解説が司会進行によって行なわれる。


「プログラム3番。『弾当て』。この競技では特派員にとって遠距離攻撃の要となる〈魔弾〉の技能を競います。学生たちは50m先にある直径3mの的を撃ち抜きます。命中で1点。中心に描かれた赤い円を全て消し飛ば……赤い円が全て無くなれば3点。その総合得点を各クラスで競います」


 〈魔弾〉に使うマナの量や大きさなどに制限は無い。大きな〈魔弾〉を使えば、その分命中力も上がる、というのは一般人が抱く感想だろう。魔法を使う職業の者であれば、この後にある魔法競技に向けて魔力を温存しつつ、確実に的を射抜く方法を考える。かと言ってマナを押さえすぎると、赤い丸の一部が残ることにもなりかねない。

 己の〈魔弾〉の技術をきちんと把握したうえで、必要なマナを考えて放つことが求められる。


「意外と難しい競技なんだよな……」


 的が小さいこともあって、はるか遠くに見える赤い丸を見ながら、優は独り言ちる。無色のマナを持つ人間は遠距離攻撃を非常に苦手にしている。自分が撃った弾の軌道も大きさも見ることが出来ず、場合によっては結果を見ることも出来ない。しかも、総じて魔力が低いために〈魔弾〉を使うことが出来る回数も少なく、練習数も限られる。であれば、得意な近接攻撃を極める者がほとんどだった。

 それは、優も例外ではない。〈魔弾〉は、何よりも優が苦手とする魔法だ。当たるかどうかも怪しいというレベルの魔法を使わなければならない。そんな格好悪い姿を全国にさらすことに、気落ちしない訳が無かった。


「まぁアレだ、優。外れる所も見えないって思おう」

「見えない分、そもそも魔法を使ったのかも見えないからな。外した時に待っているのはよく分からない沈黙だ」


 クラスごとに分かれて整列する中、優と春樹で話す。と、2人の間に割って入る影がある。深い金色の、耳にかかる髪。白い肌に青い目で優に冷めた眼差しを向けるのは、クーリアからの留学生ノア・ホワイトだった。


「なんだ、神代。やる前から失敗することを心配してるのか? その方がボクは格好悪いと思うけどな」

「ノア?! お前が参加するの、非魔法系の競技だけだろ?」


 先ほどまで他の留学生と共に観覧席に居た外国の友人の姿に驚きの声を上げる優。


「はんっ。わざわざ応援に来てみれば、これだ。任務中とは大違いだな?」


 ノアはあえて挑発的な言い方をして、優に発破をかける。そんなノアの試みは、あごに手を当てて大きく頷いた優の姿を見れば成功したと言えるだろう。


「……確かに、言う通りだな。『わざわざ』とか言い方が気になるが、ありがとう、ノア」

「それこそ『言い方が気になる』なんて言わなくても良いけどな。そのお礼、受け取っておいてやる」


 大規模討伐任務の前と、ほとんど変わらない優とノアのやり取り。しかし、以前とは違って険悪なムードではなく、互いを知り合った気の置けなさのようなものがある。


「頑張らないとな、優」

「おい、瀬戸。オマエも参加するんだから他人事じゃないだろ。大丈夫なのか?」


 ノアが大規模討伐任務で見た中で、春樹が〈魔弾〉を使った場面など無いに等しい。春樹が〈魔弾〉を苦手にしているのではないか。ノアがそんな推測をするのも当然と言えるだろう。しかし……。


「春樹なら、大丈夫だ。だよな?」

「おう! まぁ見てろ」

「いや、瀬戸に聞いたのにどうして神代が答える……いや、お前たちはそんな感じだな」


 信頼というには確信の色合いが強い優の言葉に春樹が力こぶを作って答えて見せる。そんな2人のやり取りも、任務で1週間、学友として2か月近く一緒に居るノアにとってはもう馴染みの光景だ。


「毎回思うけど、神代は本当にえげつないな。よく瀬戸も一緒に居られる……」


 信頼とは、他者に努力を強要する呪いだとノアは思っている。信頼に応えなければ。裏切ってはならない。そんな、どこか脅迫じみたものだ。そんな信頼のろいを、優は他者に振りまく。一時的な関係ならまだ良い。しかし、春樹は優と10年近くを共にしているという。優の妹であるという神代天に至っては生まれてからずっと一緒だとノアは聞いている。ノアからすれば、ずっと信頼のろいを受け続けるなど、正気の沙汰ではなかった。


「……? どういうことだ? 春樹、ノアの言っている意味分かるか?」


 ノアの言葉に、優は首を傾げる。優からすれば他者を信頼するのは当然であり、だからこそ、自分は努力を重ねなければならないと考えている。それが、どう“えげつない”のか、優は皆目見当もつかなかった。

 首を傾げる優の横で、苦笑するのは春樹だ。


「まぁ、何が言いたいのかは分かる。けど、ソレ信頼のおかげで、オレはここに居るからな」


 春樹きちんと、ノアの言葉の意味を理解している。しかし、優の信頼は春樹にとって努力する理由であり、超えるべき目標でもある。春樹にとって信頼は“期待”なのだ。その点、春樹はノアほど信頼というものに悪い印象を持っていなかった。


「それに、オレだけじゃないぞ、ノア。……優、ノアも『弾当て』出来ると思うか?」


 春樹は返ってくるだろう言葉を想像しながら、自分の隣で首を傾げている優に聞いてみる。すると、案の定、


「大丈夫だろ。魔力も高いノアなら、余裕で3点取るんじゃないか? そういう意味では、今からでも出て欲しいくらいだな……」


 当然のことのように優は答える。


「……本当に、節操がないな」

「いや、誰も彼もって訳じゃない。ノアだから、信頼しているんだ」

「……っ?! や、やめろ、気持ち悪い」


 恥ずかしいことを恥ずかしげも無く語る優の言葉に、ノアはたじたじだ。ある種、他者を顧みないこの強欲さこそ、ノアが思う神代優の特派員としての素質だった。


「競技始めまーす! 関係のない人は自分のテントに帰ってくださーい! 逆にまだ来てない学生はさっさと出て来るようにー!」


 監督教員の指示が聞こえてきて、運動場には9期生だけが残される。


「……それじゃあボクは戻る。一応ボクも、児島クラスだ。応援くらいはしてやる。せいぜい頑張れよ、みんな」


 児島クラス25人に聞こえるように言って背を向けたノアの背中には、訳知り顔の25人分の生温かい視線が向けられるのだった。


 やがて始まった、『弾当て』競技。テレビ中継の報道陣も見守る中、名前の順で競技を行なっていく。7番目、自分の番がやってきた優は白線で描かれた円の中に立ち、50m先にある小さな的を見据える。1つ前。天の出番があったのだが、


「ばーんっ!」


 そんな掛け声とともに指で作られた銃から放たれた黄金色の弾丸は、木製の的の中心に描かれた赤い円だけを打ち抜いていた。的を壊さずに3点をもぎ取った“魔法の申し子”に会場が湧いたのは言うまでもない。

 そして、今。優の隣には……。


「優さん! 頑張ってください!」


 両こぶしを握って優を応援するシアの姿がある。画面映えする天人ということもあって、中継のカメラもシアをクローズアップしていた。

 自然、シアとやり取りをする優にもカメラが向けられる。まだまだ慣れないカメラの存在に、優の緊張感はさらに増す。


「いや、シアさんもやるんですよね?」

「あ、はい。でも私は多分、大丈夫なので……って、あれ?」


 日頃から〈魔弾〉を主力として戦っているシア。もしこの競技で不甲斐ない結果を示すようなことがあれば、優だけでなく“天人”に期待する多くの人々を落胆させてしまうかもしれない。ひいては、人々を導く運命の女神になるというシアの目標から大きく遠ざかることになる。


「むしろ、これが出来ないと、私の存在価値って……ど、どうしましょう優さん?!」


 優を励ましていたかと思えば、急に青ざめて緊張し始める。相変わらず忙しい人だと、優は天人シアの人間臭さに脱力させられる。


「あはは! お互い、頑張りましょう、シアさん」

「……っ! は、はい……っ!」


 珍しい優の笑顔に赤面して緊張がすっ飛んだシアは無事、的を跡形も無く消し去るほどの強力な〈魔弾〉を撃って会場とお茶の間を沸かせる。

 その後で〈魔弾〉を撃った優は、ギリギリ的の端をかすめる結果になってしまった。派手な天人シアの魔法の後。しかも、無色のマナで結果も地味。一切、画面映えしないと分かっている報道陣が、優の結果をクローズアップすることは無い。それでも〈魔弾〉を撃った本人である優は――。


 ――当たった!


 苦手とする魔法で最低限の結果を残せたことに、内心、歓喜するのだった。

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