第二幕・前編……「体育祭!」
第1話 『体育祭』開始!
朝。携帯のアラームよりも早く目覚めた優はさっとシャワーを済ませ、私服ではなくジャージに着替える。外の空気を吸うために申し訳程度の広さしかないベランダに出てみると、もう既に運動場の方から会場設営に奔走する教員や学生たちの声が聞こえてきた。
「朝早くから、ありがとうございます」
自分たちのために早起きして体育祭の準備をしてくれている人々に手を合わせて感謝する優。数秒して顔を上げ、部屋に戻る。あとはいつも通り朝食を済ませるだけだ。
今日も味気ない惣菜パンだが、イベントの朝であることに浮足立つ心持で食べるとほんの少しだけ美味しく感じる。テレビの情報バラエティを見ながらインスタントコーヒーでパンを流し込んでいた優の携帯が、ふと震えた。見れば、春樹からのメッセージ通知がきている。
『ちゃんと寝れたか?』
起きているのかを尋ねるのではなく、きちんと睡眠が出来たのかを優に聞いた春樹。イベントを前にすると優が寝不足になりがちであることを知っているからこその、お節介だった。
「春樹、母親か。……『大丈夫だ』『1時就寝6時起き』っと」
もちろん、春樹の予想通り少しだけ優は寝不足だったりする。いつも優は0時就寝で、7時に起床しているため、おおよそ2時間ほど睡眠時間が足りていない。
――なのに眠くならないから、行事って不思議だよな。
惣菜パンの最後の一口と、春樹から『じゃあいつも通りだな』というメッセージが返って来たのがほぼ同時だった。
いつもより余裕をもって支度を済ませた優は、集合の30分前に当たる7時30分にジャージの上着を羽織る。お茶の入った水筒とタオル、体育祭のプログラムが記載されたレジュメが入ったナップザックを背負って玄関に立つ。運動場と寮は近い。忘れ物があっても、すぐに取りに帰ることが出来る。
「昼飯は……学食だな。よしっ」
どこか落ち着かない心を静めるように静かに息を吐いて、目を閉じる。遠く聞こえてくる鳥の声と、ボリュームを増した学生たちの声を確かめる。学生生活でたった3回しかない三校祭の1回目だ。しかも自分たちは特派員でもある。来年も無事に三校祭を迎えられる保証など、どこにもない。
――だからこそ楽しまないと、だよな。
愛用している運動場靴を履いて紐を強く結んだ優は、
「行ってきます」
誰でもない自分に出立を告げて、薄暗い玄関の扉を開いた。
留学生を迎え、例年とは少し異なる様相を呈する三校祭が始まる――。
朝8時。晴れ渡る秋空の下、三校生約300名が運動場に整列する。各々服装は自由だが、全員が指先までピンと姿勢を正した「気を付け」の姿勢で朝礼台を見つめていた。
三校祭、1日目。この日は体育祭を行なうことになっている。体育祭は任意参加の文化祭パートと異なり、全学年、全学生が原則参加ということになっている。優たち9期生にとっては、滅多に関わりを持つことがない3年生――7期生と顔を合わせる貴重な機会でもあった。
「プログラム1番。開会式。
放送席に座る放送部員男女のうち、女子学生が司会進行を務める形で『第9回国立第三訓練学校総合学園祭』が始まった。
身長は197㎝。焼けた肌に凄みを感じる
「……」
学生たちは皆、十遠見が放つ威圧感に緊張感を高め、今か今かと祭りの始まりを待つ。
「……」
なおも話さない十遠見に、それでも学生はA級特派員の言葉を待つ。しかし、その沈黙が30秒も続くと、学生たちの中にも困惑の色が見え始めた。と、朝礼台のそばに立っていた女性が台上に上がり、
「何を緊張してるんですか!」
日の光を鈍く返す十遠見のスキンヘッドを、全力で
「だ、だってよ、
「いい大人が『だって』なんて使わないでください、気持ち悪い! 学生たちの貴重な時間を40過ぎたおじさんが奪ってどうするんですか?!」
自分よりも20㎝以上身長が高く、年も倍近く離れている十遠見に臆することなく接する彼女は、十遠見とセルを同じくする
「開会式なんて『始めます』の一言で良いんです! ほら、言ってください!」
「え、あ、ああ。それじゃあ――今から、三校祭を始める」
「「はい!」」
最後にはきちんと表情と声を引き締めて行なわれた十遠見の号令によって、三校生たちも改めて自分たちの中にある緊張と興奮のバランスを取る。
「十遠見学長、ありがとうございました。続いて、選手宣誓――」
その後は国旗掲揚、校歌斉唱、ラジオ体操と、つつがなく開会式が進んでいき……。
「以上で、開会式を終了します。次は、プログラム2番。徒競走。8期生の皆さんは、色ごとに分かれて――」
ここから本格的に競技プログラムに入っていく。午前中に個人競技、昼休みに応援合戦、午後に団体競技という流れだ。
第三校の体育祭では、縦割り制を敷いている。各学年4つに分かれているクラスに赤、青、黒、白、の4色を割り当て、各色の得点を競う形だ。どのクラスがどの色になるのかは、当日の抽選で決まることになっていた。
優たち9期生の徒競走は3学年の中でも最後だ。自分たちの出番が来るまではクラスごとに設けられたテントの下で応援することになる。
「見たか、春樹。十遠見さんと遠藤さんだったな」
児島クラスが集まるテントの下に敷かれたブルーシートに腰掛けながら、優が興奮した様子で春樹に話しかける。間近で見る特派員の頂点に居る十遠見と遠藤は、優にとって疑いようのない“ヒーロー”だった。
「十遠見さん達と言えば、アレだよな。金沢市街地戦。30体近い魔獣の群れに囲まれた特派員たちを助けたやつ。あの時の戦略図見たことあるんだが遠藤さんの判断が光ってて――」
「優ー。これ、赤タスキな。腕に巻いとけー」
ヒーローと天について語りだすと止まらない優のことをよく知っている春樹。適当に聞き流しつつ、優に自分たちに割り当てられた赤色のタスキを手渡す。
「――でも、やっぱり十遠見さんの魔法の練度だな。魔力持ちでもないのにA級特派員って、実は30人くらいしかいないんだ。5月の外地演習で教えてくれていた進藤さんとはまた違う、〈身体強化〉中心で――」
やはり止まらない優に苦笑した春樹。体育祭というイベントに加えて、実績上位に位置する特派員の登場。優が浮足立っているように見える。よって、少しでも体育祭に集中してもらうために“優勝賞品”について語ることにした。
「優勝したら、学食の1割引き年パスらしいぞ」
春樹が人づてに聞いた話は、興奮気味の優を冷静にさせるには十分だった。
「――よし頑張るか。勝つ方が、格好良いしな」
優も春樹も成長途中の食べ盛りだ。先ほど見た十遠見さん程とは言わずとも、身体を作るためには量を食べなければならない。現在、優たちにとって食費は死活問題だった。たかが1割引き。されど、1割引き。
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