第16話 開戦の狼煙
豪雨と強風が押し寄せる中。
優と春樹が駅前のロータリーについた時、ちょうど戦闘が始まろうという時だった。
優たちがいるのは魔人の背後ということになる。
しかし、各腕の肘で存在感を放つ目があるため、死角とは言えなかった。
そうでなくとも、魔獣や魔人は常に放出するマナで近くにいる生物を感知する。
「ここからは、隙を見て魔人を削るんだったか?」
「そうだ。さすがにマナの総量ならこっちが勝ってるはずだ。あとは天たちが、誘導でどれくらいマナを使ったかだが」
魔人越しに目が合った天が首を振った。想定以上にマナを使ったという合図。
逆に優は手で丸を作り、荷物も果歩も無事であることを伝える。
それにほっと息をついたのはシアだった。
と、魔人が動いた。
頭頂部にある上を向いた口の先端に黒いマナが集まっていく。
同時に2本の腕が男女それぞれの集団に伸ばされる。異様な伸縮性は、触手の魔人の性質を受け継いでいた。
それぞれが散開する形で避け、巨大な手が地面を抉る。舞い散るアスファルトや遊歩道のタイルが開戦を告げる
全員が〈身体強化〉を使い、優以外は色とりどりのマナで覆われる。
魔人を5人で包囲するような位置取りになった優たち。そのうちの1人、常坂に魔人上部の口先にあったマナの塊が落ちていく様を優は見ていた。
〈爆砕〉と呼ばれる魔法。〈魔弾〉から指向性を失わせる代わりに、マナの爆発に特化させた集団戦向けの魔法だった。
すぐに常坂は自身を包み込む藤色の半球状の盾を創り出す――〈防壁〉の魔法を使用する。
直後、黒いマナが爆ぜて猛烈な爆風が周囲一帯を駆け抜けた。
近くにあったバス停が折れて吹き飛び、数秒、雨音が聞こえなくなる。
真下にいた常坂はもちろん、10mほど離れた位置にいた優にもその衝撃は届いた。
吹き飛ばされないよう必死に踏ん張ろうとしたところで、自分に迫る巨大な手を視認する。
よってあえて踏ん張ることを諦めて爆風に身を任せ、地面を転がることで回避。
すかさず立ち上がり、もう1本の腕の行方を探す。と、どうにか〈防壁〉で〈爆砕〉を凌ぎ切った常坂を巨大な拳で叩き潰そうとしていた。
〈防壁〉のせいで外の様子は見えていない常坂は、このままでは拳をもろに受けることになる。
魔力がそう高くない彼女の創造物が、魔人の異常な
黄緑色の〈魔弾〉が爆ぜて、拳の軌道を逸らした。春樹の支援だ。
藤色の〈防壁〉のすぐ横の地面が弾けると同時に魔法が解除され、無事な常坂が現れた。
いくつかの破片が至近距離で彼女に降り注ぐも、巨大な拳に比べれば些事だろう。
「ナイス、春樹!」
常坂は敵に与える損傷に対して自身のマナの消費が極端に少ない。天たちが魔力を低くしている今、彼女が今回の戦いのカギを握ると思っていた優としては、春樹に感謝せざるを得ない。
「せいやっ」「やぁっ!」
天とシアも動く。天はマナの消費を抑えるために槍で魔人に突貫。黄金の軌跡が数度中空を駆け、魔人の身体を支える、太く頑丈な腕に深い傷を残した。
彼女の左方にいるシアも慣れ親しんだ、白い銃と〈魔弾〉による射撃を、天が狙っていた腕に命中させる。
魔力持ちと天人。2人の連撃を受けて腕が半ばから千切れ飛ぶ。
魔人の巨体が崩れ、水しぶきを上げながらロータリーに倒れ伏した。
好機だろうと、揺れる地面にかまわず優は駆ける。
そのまま近接し、腕の付け根付近を透明なナイフで切りつける。修復に、より多くマナを使わせるに腕全体を切り落としたい。
効率を考え、攻撃するべき場所を選んでの行動だった。
肉を立つ鈍い感覚。が、骨に達したところで刃が止まる。想像以上に硬い。
「身体を支える腕は伸縮性がない分、頑丈なのか……」
魔人が起き上がろうとしたため、魔人の上から飛び退き、距離をとる。
その間に魔人の腕は修復――していない。
(魔力切れか? ……いや)
魔人には多少なりとも知性がある。つまり学習するということ。
シアと共闘した際に触手の魔人が敗北の理由を少しでも学習していたとしたら。
「魔人が最低限の修復にしかマナを使わなくなった可能性があります! 気をつけてください!」
それを肯定するかのように、傷ついた腕が魔人の体内に引っ込んでいく。
5本になった腕で、魔人は今一度、体勢を整えたのだった。
と、今度は3本の腕で巨体を支え、残す2本を攻撃に回す。
手に長さ5mはあろうかという大きな西洋風の剣を2本創り、体を回転させながら横なぎ。
風切り音を響かせて迫る黒剣を、5人は距離をとって回避する。
そうして四散した獲物のうち、魔人はやはり魔力が高い2人――シアと天を狙う。
2振りの武器をそれぞれに振り下ろし、シアに対しては〈魔弾〉も放つ。
シアはまず、直上から振り下ろされる剣を天がいる方とは逆の左に飛んで回避。
次いで尻餅をついたまま、迫りくる黒いマナを〈魔弾〉で迎え撃つ――が、とっさのことでイメージがうまく整わず、威力が足りなかった。
鈍い金属音を立ててぶつかった白黒のマナは、黒いマナを残すだけの結果になる。
自身に迫る強烈な一撃。
何か手を!
焦る心は皮肉にも、シアの魔法を阻害する。上手くいかない魔法にさらに心は焦るという、負のループ。
そんな時。
「――仕方ないか」
「天さん?!」
諦めの声と共に射線に割って入ったのは天。
魔人が〈魔弾〉をシアに飛ばした時点で、シアでは対処できない可能性も考えていた天。
剣を避ける際にあえてシアがいる方向に大きく飛んで、距離を詰めていたのだった。
しかし、天の予想に反してシアは迎撃した。
少し前、夏休み前の彼女であれば無理だっただろう咄嗟の判断とその成長に驚きつつ、〈魔弾〉同士の衝突で発生するだろう衝撃に備えて足を止めた天。
しかし、迎撃は実らず。その結果を見届けたせいで、反応が遅れてしまった。
マナの量からして、シアは現状の最大戦力。わがままを言ってマナを減らした自分よりも、この場にいる多くの命――ひいては兄の命を守ることができる。
想いも感情も無い、至極合理的で、理知的な判断だった。
「兄さんたちは任せるよ、シアさん」
瞬時に天は目の前に黄金色の丸い盾を創り出し、構える。
やがてその盾が魔人の放った巨大な〈魔弾〉を真正面から受け止める。
爆ぜる〈魔弾〉。押し寄せる衝撃。
吹き飛ばされた小さな体は軽々と宙を舞い、そのまま鈍い音を立ててシアの後方に落ちた。
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