第8話 誰にでも出来ることを

 全身からマナの光を失い、膝を折ったシア。

 魔力切れを起こし、気を失ったのだった。


 膝がパシャっと水を跳ねさせた後、横向きに倒れ行く天人。

 その身を支えたのは優ではなく、魔人の触手だった。


 優が脅威では無くなった今、傷だらけの魔人は素早くシアに触手を伸ばしたのだ。

 巨体を支える腕を失って腹部の口は押しつぶされ、使えない。都合、彼女の身体を高く持ち上げ、上部の口で迎える。

 糸を引きながら花弁のように咲いた巨大な口にシアが飲み込まれる。


 「させるか!」


 寸前で。


 優がシアを持ち上げていた細い触手を切り裂き、彼女を空中でキャッチ。様々な歯が並ぶ口を閉ざす寸前で、口内を蹴って空中に避難する。

 しかし、空中で無防備になった優とシアを見逃す魔人ではない。


 ファンタジーの魔法と同じで、空中に〈創造〉したものが固定できれば良かったのに。

 そうすれば格好良く足場を蹴って、着地。シアを助けられたのに。


 益体も無いことを考える優が出来たのはシアを抱く体勢を変えたことだけ。

 横に抱いていた体を正面から抱きしめた、その時、魔人の触手が吹き飛ばした。




 鞭に打たれたような衝撃が優の背中に走る。

 高さもあり、5mは吹き飛ぶだろうか。このまま何もせずに着地すれば自分もシアも、ただでは済まない。そして動けなくなった自分たちは、今度こそ魔人に食べられるだろう。


 自分に、できることは――。


 〈身体強化〉を使用できる自分が地面に叩きつけられるよう、吹き飛ばされながらも位置を整える。


 演習の時と同じだ、想像しろ!


 自分に言い聞かせ、着地点に4本の支柱に張られたネットを想像し、〈創造〉する。

 背中側、見えない場所への〈創造〉はかろうじて成功し、40㎝四方で確度のついた、けれども強度の弱いネットが創られた。


 そうして出来上がったネットにシアを抱いたまま背中から突っ込む優。簡単に折れた支柱は勢いの一部を殺すのが限界。


 叩きつけられた衝撃で優の肺から空気が漏れ、視界が明滅する。

 シアの頭と腰を強く抱いたまま転がり、止まる。


 意識もある。身体も、アドレナリンのおかげか痛みは無い。


 上手くいった!


 そう喜んだ優だったが、体は正直なもので、すぐには動けそうにない。


 『ギリギリ、私達の勝ちみたいね……!』


 魔人が油断なく、素早く触手を2本伸ばしてくる。

そんな、スローモーションの視界の中、優は考えていた。


 雨が降っていて、シアを抱き締めて、情けなく地面を転がる。

 それは皮肉にも、優がシアに命を助けてもらった“あの日”と、全く同じだった。

 格好つけて、シアを助けようとして、逆に助けられた、あの演習の日と。


 違いといえば、今回は自分もシアも、動けないこと。

 前回はシアが権能を使って対処したが、今回はもう、迫る危機を前に対処できない。


 『諦めるのか?』


 自分の声が聞こえた。


 (でも、なら、どうしろって言うんだ?)


 自問自答を繰り返す。


 『西方を諦めたように。また、諦めるのか?』

 (それは、仕方ないだろ……)

 『まただな。またお前のせいで、今度はシアさんが死ぬ。お前もろともな』


 自分のせいで誰かが死ぬ。


 『天を見捨てて、常坂さんに無理やり戦わせていれば。犠牲は少なく済んだだろ?』

 (結果論だ)

 『でも、結果が全て。そうだろ? 結果、お前とシアさん。2人が犠牲になる。さらに力を付けた魔人が、今度は天も春樹も、常坂さんも食べるだろうな』


 冷たい未来を語るもう1人の優。

 そうこうしているうちに、ついに魔人の触腕が優とシアの首に回された。

 絞め殺すか、あるいはそのまま首の骨を折るつもりだろう。


 『お前はそれで、良いのか?』

 「そ、れは……」

 『……諦めないことを辞めた空っぽなお前に、誰が価値を見出す?』


 例えば天。あるいは春樹。生き残ったとして、シアや常坂。これから助けるかもしれない人々。

 何もしない、何も出来ない。夢も語れない自分を、一体誰が格好良いと言ってくれるだろうか。


 「そう、だな……」


 声を漏らしながら優は答えを出す。

 忘れかけていた。自分がこれまで大切にしてきた、よすがを。


 自分のやりたいことをする、


 優は理想を語りたい。誰かに誇ってもらいたい。

 天に自慢の兄だと言ってほしい。春樹に格好良い幼馴染だと笑ってほしい。シアが言う主人公でいたい。

 西方の蘇生も、治療も、まだ間に合うかもしれない。


 諦めたくない。


 しかし、力が足りないことも自覚している。天のような天性の才も、春樹のような情熱も。シアのような特別な力も、常坂のような積み重ねも無い。

 遠い理想を前に、自分1人では何もできない。


 ――だったら。


 情けなくとも頼ればいい。

 転んで恥ずかしくても、立ち止まらなければいい。


 そして、彼ら彼女らが力を貸してくれるように。自分は誰にでもできること――努力を欠かしてはならない。

 常に冷静に考えること。魔法をうまく扱うこと。知識を付けること。予測を立てること。仲間を信じること、時に、疑うこと。意志を伝えること、また、聞いてあげること。挙げればきりが無いが、何より


 ――諦めないこと。


 出来ないことの方が多い自分が、できることを止めて良いはずが無かった。


 また、理想を叶えるためには自身の長所も生かす必要がある。

 それも、西方が教えてくれていたではないか。優の長所が、他者の良い所を見つけることが上手いこと、それを口にできることだと。


 であるならば。


 自分は誰かを頼り、本来の力を出せるよう、背を押すことの出来る特派員になるべき……。いや、なりたいのだ。


 他者を頼り、彼らが活躍できるよう常に考え、観察する。そんな弱者の戦い方を目指す。そうして“できる事”を積み重ねた先で、いつか。

 自分だけでなく仲間全員が、誰からも誇ってもらえるような、そんな格好良いヒーローになって見せる。


 だから、今は諦めない。諦めてはいけない。諦めたくない!


 「――ぁぁぁあああ!」


 イメージ通りに身体を動かす〈身体強化〉を使って右腕を無理やり動かし、〈創造〉したナイフでシアと、自分の首に巻き付いていた触手を斬り飛ばす。

 濡れる地面に膝をつき、シアを背後にかばう。無理な挙動に体が悲鳴を上げている。


 『諦めて、食われなさいよ!』


 魔人が己の修復を後回しにし、とどめを優先して触手2本を伸ばす。

 対する優はそれを意地だけで迎撃する。もう今の優では触手を切り裂くことはできない。弾き飛ばすのがやっとの状態だ。

 それでも、


 「無理だ、諦めない!」


 持ち前の動体視力だけで2本の触手による攻撃を見切り、弾く。


 『無駄な抵抗を!』


 埒が明かない魔人も最後の力を振り絞り、触手を4本伸ばして優を襲う。さすがの優でも同時に4つの攻撃を相手にはできない。たとえ見切ることが出来たとしても、手数が足りない。


 押し切られる。


 それでも諦めず、魔人の攻撃に意識を向けた、まさにその時。黄金色のマナがロータリーを駆け抜けていく。

 時を同じくして、優の傍らで誰かが水を蹴った音がした。


 「優! シアさん! 待たせたな!」


 魔人の攻撃に集中するあまり、優は駆けつけた彼の姿を見落としていた。


 「春樹っ!」

 「悪い、遅れた! まずは――」


 優と春樹、それぞれが触手を弾く。そして、春樹が〈防壁〉を使用した。


 「揺れるぞ! 気を付けろ!」


 黄緑色の盾が完成する直前。ふと優が見上げた視線の先、雨を落とす黒い雲に、気のせいだろうか。3条の黄金色に輝く流れ星が見えた気がした。


 やがて、視界が黄緑色のマナに包まれる。凄まじい揺れがロータリーを襲ったのはその直後だった。

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