第三幕・後編……「己が罪を抱いて」

第1話 決着

 春樹が優とシアごと〈防壁〉で包み込んだ瞬間、大きな揺れが襲い来る。都合3度、地面が揺れたところで春樹は魔法を解除した。

 そこには身を四散させた魔人の姿と、大きく抉れた地面がある。さながら小さな隕石が落ちてできたクレーターのようでもあった。


 「何が、あったんだ?」

 「決まってる。オレ達の頼れる天才が一番おいしい所を持って行っただけだ」

 「……天の〈魔弾〉、か」


 〈防壁〉が展開される直前に優が見た流れ星。

あれは〈探査〉で得た魔人の位置情報をもとに、超長距離から天が使用した〈魔弾〉だった。

 そして、動けなかった魔人は避けることもできずにその高威力の攻撃を真正面から3発も受けることになる。


 結果、吹き飛んだ触手も含めて魔人は徐々にその身体を黒い砂に変え始めていた。


 「……討伐、完了だな」

 「不満か? 天に良い所を持っていかれて」


 意地の悪い顔で問う春樹は、その実、優の答えなど分かっている。


 「そんなわけないだろ。むしろ決め手が無くて、死にかけてた。だから、助けてもらって感謝だ。サンキューな、春樹」

 「そりゃ良かった。オレの方もギリギリ間に合って良かった。正直、優が触手を止めてなかったらヤバかったな」


 狙ったものではないが、ギリギリのところで耐えていたからこそ、あと少し。そう考えた魔人は優を仕留めることに執着した。

 また、魔法が使えたということは、天は無事だということ。天の無事を優先したからこそ、その天が決め手のない状況を覆してくれた。

 自身が出来ること――諦めなかった結果に、優はほっと息を吐く。


 「……シアさんも無事か?」

 「ああ。魔力切れだろうから、じきに目を覚ますはずだ」


 背後。優はどこか安らかな顔で眠っているシアをちらりと見て、春樹に答える。

 その時になって初めて、プロテクターや肌着、さらにはうっすらと下着のラインが濡れたワイシャツに浮いていることに気付いた。


 シアが、西方の手当てに上着を使っていたことを思い出す優。本来白いシャツは返り血で赤黒く染まり、彼女の奮戦が伺える。

 なんとなく申し訳なくなった優は、着ていたジャケットを彼女にかけてあげた。


 「じゃ、拠点に戻るぞ。夏とはいえ、もうすぐ日が暮れる。その前に第三校に帰らないとだからな」

 「……そうだな。悪い、春樹。シアさんを頼む」


 マナを消耗した優は素直に、春樹にシアの身体を任せる。

 拠点に戻ろうと、雑木林の方に歩き出した彼の耳が、


 『ひとし、くん……』


 女性の魔人が漏らした声を拾った。


 片桐紗枝かたぎりさえ

もう彼女をただの魔人だと割り切ることができない優。


 「おい、優! 危ないぞ!」


 そんな春樹の静止を聞かず、魔人に近づく。そして、郷愁を帯びた声で愛する人を呼ぶ彼女が、安心して逝くことの出来るよう。


 「あなたは強かったです。本当に。特派員として、最後まで生きることを諦めなかった」


 生きようとした結果、彼女は魔人になったのだ。

 確かにその後、彼女は人を食べた。

 しかし、その数は少なかった。むしろ彼女は精神が壊れるその時まで、できる限り魔獣を倒し、食べていた。

 魔人になる前と、なった後。目的も、意味も変えながらではあるが、それでも彼女は魔獣を狩っていたのだ。


 もう、聞こえているかも分からない。

 結局これも、片桐が言った通り、優の自己満足でしかないのかもしれない。


 「――でも、もういいんです。あとは俺たちに任せて、旦那さんの所に行ってあげてください」


 長い沈黙ののち「そう」とだけ言った魔人はついに形を崩し、全身を黒い砂に変えた。


 労いと感謝の意を込めて。数秒だけ黙とうした優は、春樹の所に戻る。


 「もう、大丈夫なのか?」

 「ああ。行こう」


 それだけを確認して、優と春樹は魔人によってなぎ倒された民家の中を駆け抜けた。




 一方。さかのぼること、少し。

 雨が降りしきる中央会館の屋上に天と常坂の姿があった。


 「警戒は私に任せて、神代さんは〈魔弾〉に集中してね……?」

 「了解! それじゃあお言葉に甘えて」


 運ばれてすぐ目を覚ました天。

 戦場に戻ろうと躍起になっていた彼女を春樹がなだめ、この作戦を提案した。


 「……射撃用意っ」


 言った天から黄金色の〈探査〉が広がって行く。春樹の位置を確認し、ついで魔人の位置、最後に優とシアの生存を確認する。

 それでも、2人ともマナはかなり損耗している様子。シアにいたっては魔力切れではないだろうか。


 「シアさん、約束した通り兄さんを守ってくれたんだ……」


 2人のおかげで魔人の魔力も残りわずかになっている。それら必要最低限の情報だけを拾い集め、〈魔弾〉の威力と角度を調整する。

 本当はスナイパーライフルのように直線的な動きを想像したい天。

 しかし、見たことがないものは想像できないように、目に見えない弾丸を想像することはできない。

 弾道は想像することが出来たとしても、飛んでいく弾を想像できないのだ。よって、この距離から狙撃するには軌道を山なりにするしかなかった。


 という時、ここにきて初めて“直感”が走った。タイミング、軌道、それらすべてが天の中にイメージとして湧く。


 「ま、春樹くんなら間に合うでしょ……ってことで!」


 直感通り、帰り道を考慮した最低限のマナだけを残して、あとのマナは全て〈魔弾〉に込める。そうして、ボーリング大の〈魔弾〉を3つ創り出し、勢いよく射出。

 重力と風の影響を受けた黄金色の放物線がロータリーに届き――、


 「よし、弾着!」


 狙い通りの場所に、曲射を成功させた。


 「この距離を……さすがだね、神代さん」

 「当然。むしろ外せば兄さんたちが死ぬし。私、情けなく退場しちゃったからこれぐらいはしないと」

 「シアさんを守ったんだよ? 情けなくは無い、よね?」


 フォローを入れた常坂に、天は大きく首を横に振る。


 「ううん。みんなを、兄さんを守れないなら私がいる意味は無い。いつだって私は前を歩きたい。だから、これくらいはしないといけないんだ」


 どんな理由があっても、戦えなくなった、役立たなくなった時点で存在価値は無い。ストイックすぎる彼女の姿に、戦えない自分を責められているような気がして。


 「そんなこと、ない、ような……」


 常坂は会館屋上のコンクリートにできた水たまりに映る、頼りない自分の顔を見つめていた。

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