第2話 断罪の言葉

 優と、シアを抱えた春樹が中央会館に戻ったのは午後6時前。夏至を迎え、徐々に短くなる昼の時間。日はあと30分で沈もうかという時だった。

 それから10分ほどだろうか。


 「……んぅ?」

 「あ、シアさんが起きた」


 帰還の支度をしていた時、短い声を漏らしてシアが目を覚ました。

 寝かされていた彼女のそばで荷物をまとめていた天がいち早く気が付き、声をかける。


 「大丈夫?」

 「あ、はい。それより魔人は――」


 重い身体を起こして周囲を見渡せば、そこは拠点として利用していた中央会館、その2階であることがわかる。

 つまり、戦闘はもうすでに終わってしまっているということ。

 少しの間状況把握に努めていたシアだったが、突然声を上げた。


 「はっ! 優さんは?!」


 自分が倒れたということは魔人を権能も無しに優1人で相手取ったということになる。

 果たして無事だろうか。跳ね起きたシアが真っ先に優の姿を探す。


 と、吹き抜けから見下ろした階下に、その姿はあった。ほっと息を吐くシア。

 彼は今、2つ並んだ寝袋のようなものを前に、静かにうなだれている。

 そのそばには果歩の姿もあり、肩を震わせていた。状況から見て、優が西方のを果歩に伝えたのだと推測できた。


 「シアさん、大丈夫なら荷物を1つお願い」


 まだ感傷に浸るには早いと、天がバックパックを1つ手渡す。持ち帰るべきものが増えた今、1人でも多くの人手が必要だった。

 かくいう天も一番大きく膨らんだバックパック背負っており、多少動きにくそうだ。


 「兄さんと春樹くんが納体袋とカバンを持つって。だからシアさんは、あの子と荷物をお願い」

 「西方さんの荷物は……」

 「常坂さんが2つ、カバンを持ってくれてる。道中の護衛は私と春樹くんでするから」


 手早く帰還方法を告げて、よっこいせと立ち上がった天。


 「兄さーん。シアさんが起きたー」


 その声で振り返った優と果歩。

 優が手を振り返す一方で、果歩は階段を駆け上がり、シアに飛び込んでくるのだった。


 「優お兄ちゃんが嘘ついた!」


 飛び込んできた彼女を抱きとめたシアが、嗚咽を漏らして優を非難する果歩の話を聞く。


 「嘘、ですか?」

 「そうっ! もう誰もいなくならないって。強いんだって、言ってたのに! 春陽はるひお兄ちゃんが死んじゃった!」


 濡れて冷たくなったワイシャツを、温かな涙が濡らす。果歩が初めて直で目にするだろう“死”。その衝撃は察するに余りある。

一方で、恐らく今の言葉を優にも告げたことだろう。

 誰よりも西方の死を拒んでいた彼に己の罪を自覚させる、その断罪の言葉を。


 (誰も、悪くないんです。誰も悪くないのに……)


 きっと彼ならば、約束を反故にした自分を責めているだろう。

 どうしようもなかった。理不尽だったと、割り切ることなどできないはずだ。

優が受けただろう罪の意識にも想いを馳せながら、今は果歩を抱き締めることしかできないシア。


 その横で、天は果歩に冷ややかな目を向ける。


 「これだから子供は嫌い……」


 果歩を安心させるために兄がついた優しい嘘。それを果歩自身が追及して兄を苦しめている現状に、天は小さく愚痴を漏らす。

 守られることが当たり前だと能天気に思っている果歩のその態度が、天はいたく気に入らない。


 けれども、やはり、子供は守られなければならず、守らねばならない。

 優が嘘をついたと憤慨する果歩の主張は矛盾なく的確で、純粋で、何より正しい。

だから、何も言えない。


 「シアさん、行こう。早くしないと日が暮れちゃう」

 「は、はいっ! 果歩ちゃん、行きましょう?」

 「……うん」


 誰よりも重く大きな荷物を抱えて先を行く天の後に続いて、果歩の手を引くシアは階段を下った。




 雨が上がったとはいえ、段々と暗くなる国道を行く6人。全員がマナを損耗しているため〈身体強化〉で帰り道を急ぐこともできず、せいぜい小走りに駆けるだけ。

 日ごろから特派員として体力づくりをしている優たち学生は余裕だが、今は果歩がいて、重い荷物もある。今のペースでは日暮れギリギリで第三校に到着できるかどうかだった。


 「頼むから出てくるなよ、魔獣……」

 「やめろ、春樹。それ良くないやつだから」


 シアがいる前で嫌なフラグを立てる春樹を優がたしなめる。

 いつもの軽口だが、手に抱えている“袋”を見る優に覇気はない。


 「優。任務を受ける時にも言ったように、お前のせいじゃないぞ」

 「……わかってる」

 「演習の時にお前が言ったことだ。あえて悪者を上げるなら、魔人や魔獣。そうだろ?」

 「わかってる。けど、あの人たちももとは人間だったんだ」


 シアの権能を使ったせいで流れ込んできた魔人の記憶。それはあの魔人が片桐紗枝かたぎりさえという人間だったことを優に見せつけた。

 確かに魔人を敵とみなすことができるようにはなった。今なら森で会ったあの男の魔人も殺すことができるだろう。


 しかし、果たしてあのまま戦って、“片桐紗枝だった魔人”を倒すことが出来ただろうか。人を傷つけまいとする自分は、彼女に武器を振り下ろせただろうか。仲間を――西方を傷つけられなければ覚悟も決まらない、そんな自分に。


 「春樹は魔人を殺すことに抵抗は無いのか?」

 「んあ? オレか? あるにはあるが……」


 ちらりと後ろを振り返った春樹。そこには天をはじめ、シアや常坂、果歩がいる。

 そして最後に優を見て、笑う。


 「それでも守りたいものの優先順位は、着けてるつもりだ」

 「優先順位……」

 「おう。オレみたいに“足りない”人間は、全部を守れない。だから、選ばないといけないんだ」


 命の選択。それは西方の蘇生を諦める時に、彼が言ったことでもある。


 「やっぱり、そうなのか……?」

 「ん? いや、オレの場合はって話で、優はそのままでいいんだ」


 逢魔が時ということもあるのだろう。親友の真意が読めずに怪訝な顔をする優に、春樹は苦笑する。


 「優が最善を考えて、天と俺が次善策を考える。そうやって今までやって来たし、やってこれた」

 「でも今回は上手くいかなかった。きっとこれからも上手くいかないことが増える。だろ?」

 「そうだな。でもお前が夢見ることを止めたら、『最善の行動』がオレや天の考える犠牲を前提のものになる。優はそれでいいのか?」

 「それは……」


 そこで黙り込む優に、春樹は努めて優しく言い聞かせる。


 「何かに、誰かに憧れてしまった奴にできるのは、頑張って、足掻いて、肩を借りて支え合って、手を伸ばし続けることだけだ」


 そうして気恥ずかしそうに、それでも優の力になろうと思いを口にする春樹。

 そんな幼馴染を、ただただ格好良く思う優だった。

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