第2話 外地特別演習

 学生がクラスごときれいに整列し、朝礼台を向いている。その朝礼台では第三校9期生の学年主任が今日の授業を監督する男に告げていた。


「第三校9期生100名。全員集合しました」

「了解だ。それでは魔法実技、外地特別演習を始めていく。今日からしばらく、お前たちの授業を見る特派員の進藤しんどうすすむだ」


 そう自己紹介をした監督官の男性は、強面の40代の男性だった。白髪交じりの短髪に無精ひげ。少々だらしない印象を受けるが、カッターシャツが悲鳴を上げるほど身体が鍛えられている。覇気こそ感じられないものの、得も言われぬ存在感がある。そんな印象の男だった。


 と、進藤しんどうの名前を聞いた9期生の一部が、にわかに色めき立つ。優もその中の1人だ。なぜなら――


(――進藤進! A級特派員だ!)


 進藤が、優にとっての憧れの職である特派員の、そのさらにトップクラスにいる人物だったからだ。


 様々な場所で魔獣の脅威から国を守っている特派員は、公務員の扱いだ。その給料は主に税金から支払われている。その代わり、国民は特派員の実績などを国が運営するサイトであるていど確認することが出来る仕組みになっていた。


 そして、特派員は、活躍によってA~E と仮の6段階にランク分けがされており、ランクに応じて給与に優遇措置がされている。特に、国内にいる特派員総数の上位1%に当たるA級特派員は名前が公表され、大きな優遇措置を受けられるようになっていた。


 そんな、ヒーローの中のヒーローに、優が興奮しない訳もない。中学時代のとある黒歴史が無ければ、声を上げて喜んでいたに違いなかった。


 そうして色めき立つ学生たちだったが、朝礼台の上で安めの姿勢を保つ進藤の見えない圧を察して、徐々に落ち着きを取り戻していく。そうして9期生たちに静けさと共に緊張感が戻ったことを確認して、進藤は無精ひげの下にある口を開いた。


「早速だが、これからお前たちにはセルを作ってもらう」


 進藤が言った『セル』とは魔獣討伐の際に用いられる行動単位だ。1人から4人までが1つのチームを作り、役割を分担して行動することが特派員の基本となる。


「これからお前たちは外地に行く。今日は内地のすぐそばで、比較的安全な場所だ。しかし、魔獣が跋扈ばっこする外地であることに変わりはない――」


 鋭い目つきと声のまま、進藤は言葉を続ける。それはひとえに、未来ある優秀な若者たちを1人でも多く生存させようという考えによるものだった。


「――内地とは比べ物にならないほど、死の危険と隣り合わせだ。頼れるのは自分と、仲間しかいない。……組む相手は慎重に選べよ?」


 こうしてセルを決める時間が始まった。合図の後、優と春樹はすぐに合流する。2人は第三校への入学が決まった時点でツーマンセルを組むことを決めていたからだ。結果、手持ち無沙汰になったため、優と春樹はチーム結成の流れを遠くから見守ることにする。


 こういう時、事前の準備がものを言う。たとえば信頼できる人物と組むために交友関係を広げたり、有用な人材の情報を集めたり。それをもとに、ある人は求め、また、ある人は求められる。


「お、さすが天。オレたちと違って、モテモテだな」


 そう言った春樹が見つめる先には1人の女子学生がいる。黒い髪に、所々メッシュを入れたような金髪が混じる小柄な女子学生。彼女こそ優の妹、神代かみしろそらだ。天もまた、優や春樹と同じく第三校に入学していた。


『行くとこ決まらないし、とりあえず兄さんが行くところに、私も行くね!』


 中学三年の秋、そう言って魔獣などの専門的な知識を学び始め、第三校にさらりと合格。模試に関しては小学校の頃から特派員になるために勉強をしていた優よりも良い判定をもらっていた。


 わらわらと妹の回りに人だかりが出来ていく様を見遣りながら、


「モテすぎるのも大変だな」


 独り言ちた優は特派員としての“有用性”について考える。


 特派員として、その人の有用性を量る指標は何か。わかりやすいものはマナの総量だろう。今は『魔力』と言われているものだ。これは入学の際、その人の持つマナに反応して光る感応石という石の輝きを数値として表したもので、公表もされていた。


 魔力が高い、つまりマナが多い程、魔法を多く、長く使うことが出来る。魔法が何よりも大切になってくる魔獣討伐では、魔力が高い程、重宝される傾向にあった。そして、それこそが天の周りに人が集まる理由でもある。


「『魔力持ち』か。まさに神様にも匹敵する力だもんな」

「そうだな。天人あまひとと同じで、人間の10倍近いマナを持ってるらしい」


 春樹の言葉に、優が『魔力持ち』の特異性を語る。


 魔力持ちに天人。彼らがいるだけで、戦略の幅が広がり、同時に自分たちの生存確率も上がる。さらには、彼ら魔力が高い人たちは美男美女が多いため、セル全体の士気も高まる。人だかりができるのも納得だった。


「あの小さな身体のどこに、オレ達10人分のマナが入ってるんだか……」


 どうしようもない“才能”の差を嘆くように、春樹が曇天を仰ぐ。そんな幼馴染の姿を見た後、改めて優は人だかりの中心にいる妹を見る。


 優が天をセルに誘わないのは、怖かったからだ。格好悪い姿を見せてしまうかもしれないという恐怖も、もちろんある。しかし、何より、特派員として魔力も技術も未熟な自分のせいで、妹が死んでしまうかもしれないという恐怖が優にはあった。


 今後、何度もセルを組み直す機会はある。少なくとも今は憧れの存在でもある妹の隣には立てないと、優は密かに唇をかみしめる。


(それでも、いつか……。いや、なるべく早く)


 “憧れ”のそばで戦っても良い。そう自分で思えるような誇れる自分になろうと、優は密かに拳を握った。


 その後、しばらくして、大きな混乱もなくセル決めの時間が終わりを迎える。


「並べ、並べー」


 少し口調を緩めた進藤しんどうの指示のもと、朝礼台前に集められた優たち9期生。多くが緊張の面持ちで見つめる中、進藤が授業内容について語る。


「今回は内地と外地の境界線になっているコンクリートブロックから最大100mまでが行動範囲だ。まずお前たちには外地の雰囲気を掴み、魔法を緊張せず使えるようになることを目指しもらう」


 一言一句聞き逃すまいと、学生たちは手を後ろに組んで静かに指示を聞く。


「今回は魔獣の討伐が目的ではない。よって、もし魔獣と接敵した場合、交戦するのではなく退避するように」


 魔獣と戦わなくて良い。その言葉に安堵する一部の学生を進藤が睨みつける。ここに居る学生たちは皆、特派員の卵たちだ。遅かれ早かれ、いずれは魔獣と相対し、討伐しなければならない。


「気を抜かないようにな」


 その言葉と視線で学生たちに緊張感が宿ったことを確認した進藤は、その他いくつかの注意事項を確認する。そうして演習の詳細が語られた5分後、いよいよ外地へ出発となった。


 ストレッチをしながら優と春樹は動き方の確認を軽くしておく。


「ひとまず、外地に出たら、他の人たちの様子を見る。みんなが緊張したり、逃げるようなら近くに魔獣がいるってことだからな」

「いいのか? セオリー通りで行くなら〈探査〉で魔獣を探すもんだろ?」


 〈探査〉はマナ同士が影響し合うことを利用して、自分を中心にマナを波として薄く拡散させ、周囲の様子を探る魔法だ。地形やそこにいる生物、マナの活性状況から対象の生死などをある程度知ることが出来る。対象との距離が近い程、把握できる情報は多くなるという性質を持っていた。


 通常は真っ先にこの魔法を使って周囲を探るのだが、優には少し考えがあった。


「今回は他に人がいる。俺たちの魔力は高くない……というか、下から数えた方が早いレベルだ。もしもに備えて、できれば少しでも温存しておきたい」


 “足りない”自分たちは、利用できるものを利用していく必要があるというのが優の考えだった。


「了解だ。……それにしても〈探査〉って便利だよな」


 目視できなくとも、自分を中心として一定範囲内に居る生物や地形を瞬時に把握できる。一昔前までは機械でしか出来なかった索敵技術を、今では人の身で使うことができる。


「確かに。ラノベなんかなら間違いなくチートだからな」

「“チートcheat”……。ずるいって意味だったか? でも全員が使えるから、ある意味平等だろ?」

「そう言われれば、そうかもな」


 神々がもたらした魔法という名の技術。その力を使うためには特段才能などは必要ない。想像し、その通りに自身のマナを扱うだけで良い。そのマナの扱いも、歩き方と同じように、誰に教わるでもなく自然とできるようになっていく。


 どんな障がいがあろうとも、誰もが扱うことが出来る。その点だけで見れば、魔法は間違いなく平等な力だった。

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