第4話 デート?
そうして迎えた、昼の12時。
「じゃ、じゃあ。その、よろしくお願いします、優さん!」
「は、はい。それじゃあ、行きましょうか」
巫女メイド服の朱色にも負けないほど顔を赤くするシアと、彼女の緊張に釣られるように自分も緊張してきた優がしどろもどろに答える。これから2人は、文化祭デートとしゃれこむことになっていた。
結局、騒動の後も客足が絶えることは無かったメイド喫茶。不足が出るたびに買い足して、作って、売って、絵を描いて。それを繰り返すこと3時間弱。気づけば、コンビニから必要となるクッキーもクラッカーも、オムライスまでもが無くなってしまっていたのだった。
「喫茶店、大成功でしたね。シアさん達のおかげです」
背後にある『完売♡』の
「そ、そうだと嬉しいです。由比さんも、琴浦さんも、2人とも可愛らしかったですよね」
天人であるシア、モデルとして活躍する琴浦両名の人気が高かったことはある種当然として。気さくで人脈の広い由比の友人が多く訪れていたのもまた、事実だった。
「多分、女性客のほとんどは琴浦さんと由比さん。男性客と家族連れはシアさんを目当てに来ていたんだと思います」
そんな優の推測には、オムライスを売ったのがほぼすべてシアだからだという事実がある。もちろん買ったのは男子学生や男性客で、2つほどシアの女友達が面白がって注文しただけだった。
「いろんなお客さんが居て、緊張しました……」
下手うまではなく、正真正銘へたくそな絵を描き続けたシアは最初、申し訳なさで一杯だった。しかし、そんな絵でも「なにこれ?!」と笑ってくれる客が多いと気づいてからは、ただ一生懸命にケチャップで絵を描き続けた。
「星やハートであれば、私でも上手く描けるんですが……。どういう訳か皆さん、動物を描いて欲しいと言って来て」
その裏事情には、シアのケチャップ絵が何であるのかを当てるゲームがSNSなどで密かに流行していたことがある。しかし、SNSに
「そう言えば、今日中に近くのスーパーのお菓子とオムライスを買い占めて『明日はもっと稼ぐ!』って由比さんは言ってました」
「あ、あはは……」
物がある以上、売らなければならない。売らなければならない以上、働かなければならない。今日ですらヘトヘトになったのに明日もか、と思うと、優の気も滅入るというもの。シアに至っては慣れない服と慣れないお絵描きをずっとしていたわけで。しかも明日に向けた広告として、シアは巫女メイド服姿のまま残り半日を過ごすのだという。
隣に並んで、きょろきょろと文化祭の出し物を見回すシアの動き辛そうな服を見ていた優は、そう言えばと思い出す。
「その服、似合ってます。シアさんの雰囲気にぴったりですよね」
「そ、そうですか?! え、えへへ……」
似合っている。その一言で輝かんばかりの笑顔を見せる天人の姿に、優も見惚れずにはいられない。
本来であれば、明日に控えた春野とのデートの下見も兼ねて、今日はクラスメイトの
そして、そのやり取りを見ていた湯浅から
「……それじゃあまずは腹ごしらえも兼ねて、広場に行ってみましょうか」
「はい! 改めて、よろしくお願いしますね、優さん!」
優とシアが最初に向かったのは、
立ち並ぶ屋台から目的の物を見つけた優が、迷いのない足取りで歩を進める。その半歩後ろに、巫女メイド服姿で衆目を集めるシアが続いた。
「春樹。ケチャップマスタード1つと、塩だれ1つくれ」
「お、優! 来たな! ……って、後ろに居るの、シアさんか?!」
優の姿を認めたのち、背後に見慣れない格好をしたシアが居ることに気付いた春樹。思わずトングで掴んでいたフランクフルトを落としそうになる。
「春樹さん! フランクフルトのお店をしていたんですね」
優より少し遅れて挨拶をしたシアの全身を
「……おう! シアさんもどうだ? 今なら優がおごってくれるかもしれないぞ?」
その全てを流すことにする。なぜなら、
「そうだな。シアさん、何か食べたいものありますか? フランクフルトくらいなら、俺でもおごれます」
「ですが、さすがに悪いので……」
「俺のメイド喫茶の誘いに乗ってくれたお礼ってことで、どうですか? ちょっと安い気もしますけど」
「……じゃ、じゃあ私も塩だれを1つだけ」
顔を赤らめてデートを満喫しているらしいシアが、とても幸せそうだからだ。
「まずは優から。ケチャマス1つに塩だれ1つ。お待ちどうさん!」
「さんきゅ。……やっぱ祭りと言えば、これだよな」
王道のケチャップマスタードのフランクフルトを頬張りながら、優が感想を漏らす。
「ほい、シアさん。気持ちタレ多めの塩だれだ!」
「ありがとうございます。わっ! 大きくて、熱い……っ! 私の口に、入るでしょうか……?」
そんなシアの言葉に、優がせき込んで春樹も苦笑するしかない。
「……? 大丈夫ですか、優さん?」
「はい。俺の心が
優の言っている意味が分からず首を傾げたシアだが、冷めないうちにと焼きたてフランクフルトに息を吹きかけて冷ます。そして、おくれ毛を耳にかけながら小さな口を懸命に大きく開けてフランクフルトを頬張る様は、
――え、エロい……。
その場に居た男子全員の内心が揃うほど、どこか
「はふっ?! おい
文化祭の雰囲気に流されて、ぴょんぴょんとテンション高く無邪気に喜ぶさまは、一転して幼い子供のようだ。そのおかげか、一瞬にして
「シアさん、タレが口についてます」
「え? 本当ですか……?」
そう言って口元に付いた塩だれを小さな舌で舐め取る様はまた、どこかいやらしい。
「はむっ……はふっはふっ。もぐもぐ……。んくっ。はむ、もぐもぐ、んく。はぁ……。春樹さん。焼き肉のたれの物をもう1本だけ貰ってもいいですか? ……春樹さん?」
「お、おう! お買い上げ、ありがとうございます!」
シアがフランクフルトを食べ終わるその時まで、フランクフルトの屋台の前には、巫女メイド服の少女の息遣いと食べる音、幸せそうな吐息だけが響いていた。
フランクフルトの店に続いて優たちがやって来たのは、天とその友人たちが働くクレープ店だった。ここに行きたがったのはシアの方だ。塩辛いものを食べたから甘いものを、というのもあるが、クラスメイト達に顔を見せるという意味合いの方が強かった。しかし、思わぬ落とし穴がシアを迎える。
店にやって来た優とシアの姿を交互に見た天の第一声は、
「……デート?」
だった。
「天。そこはせめて『いらっしゃいませ』で頼む。俺たち一応、客だ。それに多分、デートじゃない。ですよね、シアさん?」
「は、はい! 私が一緒に回りませんかと優さんに言って、優さんが『……そうですね』と言ってくれだけです!」
「いや、デートじゃん。私じゃなくても、誰がどう見ても、デートじゃん」
天はそう言うが、優もシアもデートだと認めるわけにはいかない。優は天人とデートをするなど
他方シアも、これをデートだと言ってしまうと、優に好意を示す行為になると分かっている。だからこそ、例え内心では「これがあの、デート!」と喜んでいたのだとしても、公にそれを認めるわけにはいかなかった。
「それよりも! 天ちゃん! フルーツミックス下さい!」
このままデートか否かの話を続けると何かがまずいと思ったシアは、強制的に会話を打ち切ることにする。一方、天もこれ以上は余計なお世話かと、引き下がることにした。
「はいはい。りりさん、フルーツミックス1つ~!」
「了解~! ……天ちゃんの大好きなお兄さんのためやつでしょ? フルーツ多めにしとく?」
「違う! 頼んだのはシアちゃん! 兄さんは関係ない!」
調理担当である
「何? 兄さん、その顔」
「いや、天が俺のことを大好きだと分かって良かったな、と」
「家族だから、当然じゃん。兄さんだって私のこと大好きでしょ?」
「当たり前だ。絶対嫁に出さないからな。何なら、俺が貰う」
「……シスコンキモイ」
などと兄妹で言い合っていれば、あっという間にクレープが出来上がる。羽鳥からクレープを受け取った天がシアに手渡すのだが、その際に見たシアの顔には思わず溜息をこぼすしかない。
仕方無く、クレープを渡しながら、
「シアちゃん。私にそんなジェラシー顔されても困る」
そう、小声で耳打ちをすることにした。
「え、私、そんな顔してましたか?!」
「滅茶苦茶してた。『好きって言ってもらえるなんて羨ましい!』って顔だけで言ってるから。隠すつもりなら、もうちょいうまく隠さないと」
「き、気を付けます! あ、これ、代金の250円です」
代金を手渡して、嬉しそうな顔で兄とのデートに戻ったシア。そんな友人の背中を、天は現状、何ともやるせない気持ちで見つめることしか出来ない。天の予想では、シアは自身の恋心を隠しながら優の恋を応援する現状に満足している様子だ。
“恋に恋していた”シアが「恋」という感情を抱けただけで満足していからこそ、今は想いを伝えないまま、とどまることが出来ている。
しかし、いつ、シアが「恋」から「優」そのものに恋心を抱いてもおかしくない。それほどまでに、
「じれったいなぁ……」
色々と中途半端な現状がもしこの先も続くようなら、たとえ恨まれようとも自分が介入しよう。そう、天は心に決める。なぜなら2人は、ともに死地へと向かう仲間でもあるのだ。関係性が生み出すぎこちなさは些細な連係ミスを生み、命に係わる問題となる。
そして、問題を解決するとして、我がままを自覚する天が望む未来はただ1つ。
「頑張れ、シアちゃん!」
春野という外野が存在しない、大好きな2人が結ばれる運命だった。
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