第5話 線引きと来訪者
屋台を回って腹ごしらえを終えた優とシアは、その後。
「優さん、あれは何でしょうか?」
「見てください! 動物と触れ合えるそうですよ?!」
「文芸部の皆さんの合同誌ですか?! ちょっと買ってきます」
終始テンションが高いシアが優を連れ回す形で進んだ。そして、賑わいが落ち着き始めた校内を見てようやく。
「え、もう5時なんですか?!」
シアは文化祭1日目の終了を知ることになる。ここから一度メイド喫茶に戻って明日のシフトを確認し、また、今日の様子を見て明日の方策を練ることになっている。そして、各部屋の施錠が行なわれる完全下校の19時までに教室を出なければならなかった。
「USLでもそうでしたが、シアさん、滅茶苦茶テンション高かったですね」
「あ、う……。すみません、楽しくて、つい……」
シアが通っていた中学校の文化祭は、基本的に各クラスや学年で劇を行なうというものだった。そのため、こうした文化祭らしい文化祭は初めてだったことを優に明かす。
「優さんの中学校ではどうだったんですか?」
「俺たちですか? 多分シアさんの学校のやつとそう変わりませんが……」
優の中学時代の文化祭も同じようなものだ。自由度の高い三校祭に心躍らせていたのも事実。とはいえ、さすがにシアほど純粋に文化祭を楽しむことは出来ていなかった。
「……迷惑、でしたか?」
未だ巫女メイド服姿のシアが、立ち止まって眉尻を下げる。たった2日しかない文化祭。しかも今日は降ってわいたような自由時間だったにもかかわらず、優の時間を独占してしまった。その罪悪感が、興奮が冷めてきたシアの中で大きくなる。
しかし、優は努めて笑顔で首を振る。
「まさか。俺も色々回ることが出来て、楽しかったです。明日、春野と回る時の参考にします」
ここで春野の名前を出したのは、優なりの線引きだ。メイド喫茶に誘う時も、今日も。優はきちんと、春野のためであることをシアに明かしている。それでもシアは、優と一緒に居ることを選んだのだ。そして、シアが自身の選択を後悔しているのかと言うと、そうではない。
「はい! 少しでもお役に立てたなら嬉しいです!」
シアは自身の恋心を発展させるつもりはない。優には
そうして浮かべられた噓偽りのないシアの笑顔を見て、やはり、と優は思う。大規模討伐任務の時も体育祭の時も「もしかしてシアは俺を」などと思った。何をどう取り繕おうと、優もきちんと思春期の男子なのだ。
しかし、好意を寄せる男子から別の女子の名前が出て、これほど屈託のない笑顔を浮かべられるだろうか。
――……無いな。
もとより天人は性欲が薄く、恋愛感情に乏しいとも言われている。シアが自身に抱く行為も、恋愛ではなく親愛や友愛なのだろうと結論づける。
「それじゃあ、A304に行きましょうか。由比さん達を待たせるのも悪いですし」
「はい!」
メイド喫茶に戻って各種確認を終えた優は、夜の18時30分に帰寮することになった。荷物を置いて一息ついた優の中に押し寄せるのは、行事ごとの後にはつきものの、何とも言えない寂しさだった。
――明日も文化祭はあるんだけどな……。
昼間のにぎやかさから一転、部屋で1人静かにしていると、楽しい行事が早くも1日、終わってしまったという気持ちになる。が、それは同時に、優が今日1日をきちんと楽しむことが出来たという証でもある。
様々な屋台を巡った後、インドア派の優とシアは主に屋内展示を見て回った。明日やって来る春野も言わずもがなインドア派であるため、今日のシアとの文化祭巡りは非常に参考になると考えている。
「あとは、春野とどこを回るか、か……」
手元の携帯を見てみれば、春野は明日の10時ごろにやって来ると言う。優は11時までシフトが入っていることを伝えると、
『シアさんと神代くんのコスプレ』『絶対見に行きます!』『(スタンプ)』
と、11時までメイド喫茶で過ごすと言っていた。そこからは春野が「帰る」と言うまでの耐久レースとなる。そして、そのレースの時間は、自分のもてなしが上手く行くほど長くなると優は思っていた。
ではどこをどう回るべきか。優としては研究員たちによる魔獣の進化の歴史などが面白いと感じたが、特警である春野はそれほど興味がないはず。であれば、まずはお化け屋敷などの王道を攻めた後、昼食。その後は漫画研究会の出店などを巡るのが良いだろうか。様々なことを考えながら、三校祭のパンフレットに戦略を書き込んでいく。
想い人に楽しんで欲しいと願う優のその思考は、特派員だろうが、一般の男子高校生だろうが、変わりは無いだろう。
そうして任務の時と変わらない熱量で、優が明日に向けた作戦を立てていた時だ。時刻は19時30分。そろそろ夕食についても考えないとな、と、優が背伸びをしていると、インターホンが鳴った。
「どっちだ……?」
この時間にやって来る人物など、天か春樹しかいない。これと言って身構えることもなく、部屋着のままで来訪者を迎えることにする優。
「何かあった、か……って、ノア?」
と、玄関の扉を開いた先。暖色系の照明が灯る内廊下には、全く予想もしていなかった人物――留学生のノア・ホワイトが立っていた。こうしてノアが直接優の部屋を訪ねてくるのは、9月に彼が来てから初めてのことだ。
「神代、話がある」
いつものどこか人を小馬鹿にしたような笑顔は鳴りを潜め、真剣な顔で言ったノア。彼の様子に優も表情と気持ちを引き締め、とりあえずノアを部屋の中に招くことにした。
「コーヒーでいいか?」
「ボクは紅茶派だ。ダージリンで頼む」
「いや、お前……」
文句を言おうとした優だが、そう言えばノアはこんな奴だったとため息をつくにとどめる。そして湯沸かし器でお湯を沸かし、ティーパックを使ってダージリンティーを
「言ったボクが言うのもなんだが、よくダージリンがあったな?」
「俺の部屋、
おかげで優の台所の棚は、1人暮らしの男子とは思えない充実のラインナップを誇っている。自身もブラックのコーヒーを飲みつつ、「意外と美味いな」と感想をこぼすノアに半眼で尋ねることにした。
「それで、俺に話ってなんだ? まさか文化祭を一緒に回ろうって誘いじゃないよな?」
自身に向けられた優の瞳を、ノアが深い青の瞳で見返す。ノアがこうして優の部屋を訪れた理由。それは、明日に行なわれるクレアとクーリアからの使者による『S文書』なるものを巡った暗躍を阻止するのを手伝って欲しいと頼みに来たからだった。
もう、自分1人ではクレアを止められない。であれば、誰かの力を借りるしかない。そう考えたノアの頭に最初に浮かんだ人物が、優だった。大規模討伐任務の際、共に視線をくぐり抜け、ノアに他人の力を借りるのも悪くないと思わせてくれた人物。神代優であれば必ず力を貸してくれるだろうと、ノアは根拠もなく勢いのままここまで来た。
「実は……。実は……だ」
しかし、いざ、こうして切り出そうとすると、途端に口が重くなる。思えばこれは、クレアに罪を犯させたくないという個人的な我がままだと、ノアは気付いてしまった。しかも、今
――神代には、ボクに協力する理由がない……っ!
言ってしまえば、優とノアの関係はただのクラスメイトでしかない。確かに任務を共にくぐり抜けた戦友ではあるが、言ってしまえば、それだけの関係なのだ。果たしてそんな自分の我がままに、優が付き合ってくれるのか。改めて分析したノアは、
――するわけないか。
そう、結論づけた。
「いや、やっぱり何でもない」
「……は?」
「ダージリン、
やはり自分1人で出来ることをしよう。これまでもそうしてきたじゃないか。そう自分に言い聞かせたノアはダージリンティーを飲み干して立ち上がる。冷めてしまっていたダージリンティーは、ノアが言い出すべきか逡巡していた時間の長さを表していた。
そのまま背負向けて
「ちょっと待て」
優がとっさに中腰になって、ノアの腕を引くことで引き留めた。
優は、ノア・ホワイトと言う留学生が不器用で、強情だということを大規模討伐任務でいやと言うほど知っている。そんなノアが、わざわざ自分から足を運んで、ただならぬ雰囲気を漂わせながら「話がある」と言ったのだ。何もないわけがない。
そして、ノアがこうして必死になる理由など、優は1つしか知らない。
「クレアさんのことか?」
「……っ?!」
図星をつかれたノアが、腕を引く優の顔を振り返る。その分かりやすい反応に、やっぱりか、と優は内心で納得する。同時に、これまで人を頼らず、己の力だけで戦ってきただろうノアが、人に頼ることになれていないのではないか、と推測した。
であれば、後は、どのようにしてノアから言葉を引き出すかが重要になってくる。どうすれば、自分は困っている友人を助けられるだろうか。考えた優が行き着いたのはやはり、憧れてきた数々のヒーローたちの姿だ。
――俺が憧れる“ヒーロー”なら、多分、こう聞くんだろうな。
理想にまた1歩近づくために。誰かに……友人や家族に誇ってもらえるような人間であるために。優は大きく見開かれたノアの青い瞳を真っ直ぐに見返して、尋ねた。
「ノア。俺が、力になれることは無いか?」
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