第3話 誘拐

 いつ飛び出そうかとタイミングを伺う優。天と春樹は、優の突貫と同時に動く。そんな、ざっくりとした手はずになっていた。事前に会場の様子や“敵”の数が分からない以上、臨機応変さを重視した結果だった。


「それじゃあ、改めて……。俺、コウと……」

「わ、わたくし、シアの……」


 優が見つめる先で、コウとシアが順に口を開く。その先を言わせるわけにはいかないと、優が飛び出そうとしたとき、その変化に気が付いた。

 視界の端に、マナの光が見えたのだ。確認すれば、絨毯を挟んだ反対側の最後列に座っていた髪の長い女性が椅子の下でマナを集め、壇上を忌々いまいまし気に見つめている。


 シアさんを見ている、のか……?


 憎悪に満ちた女性の目が、シアに向いているような気がした優。と、静かに女性が立ち上がった。その手には暗い青緑色――鉄色てついろの〈魔弾〉が準備されており、シアに向けられている。狙われているシア本人は花束を握りながら、うつむいていて気が付けず、コウもそんなシアを嫌な笑みを浮かべて見詰めているばかり。

 気が付いているのは自分と、女性の両隣に座っていた男性くらいか。共犯なのか、男性たちは動かない。覚悟を決めて優は静かに、それでいて力強く合図をかけた。


「天、春樹、動く!」

「らじゃっ!」「おうっ」


 3人は椅子を蹴って客席を抜け出し、〈身体強化〉を使用してシアに迫る。それとほぼ同時。


「こ、婚姻をはっぴょ――」

「認めない! コウ君は、私のものだぁぁぁ!!!」


 シアの声と、女性の叫び声が重なった。そして、シアをめがけて放たれる鉄色の〈魔弾〉。

 感覚が加速し、自身含めゆっくりになった視界の中、優は考える。いつものように〈魔弾〉に何かを当てて爆発させるか。いや、そうした場合、客席に大きな被害が出る。かといって丁寧にマナが込められた〈魔弾〉を、無色で魔力の低い自分が〈創造〉する盾で防ぐことが出来るのか、怪しい所。

 そうして思い浮かべるのは、第三校近くの森で始めて魔人と出会ったあの日。天が見せた〈魔弾〉の受け流し。成功すれば、恐らく誰も傷つかない。失敗しても、自分1人がけがを負うだけ。


「最善の手、だよな」


 〈魔弾〉とシアを結ぶ射線上に入り、正面から迎え撃つ姿勢を見せた優。


「何があった……?」


 そう言って困惑するコウの声を背後に聞きながら、手元に創り出すのは、天が創り出していた丸い盾。あの日間近で観察した天の動きを、優は丁寧になぞる。

 手首と膝を柔らかく使って、〈魔弾〉が弾けないように優しく受け止めて――上に逸らす。透明な盾に受け流された鉄色の〈魔弾〉は無事に進行方向を上に変え、優はどうにか〈魔弾〉を受け流した。


「よしっ!」

「馬鹿っ、兄さんっ!」


 上手くいったことを喜ぶ優だったが、少し遅れて隣に並んだ天から厳しい声が飛んだ。ここは屋内。森とは違い、逸らされた〈魔弾〉は天井にぶつかり、大きな音を立てて爆発した。

 部屋全体を襲う衝撃。砕けた天井の破片が客席に居た人々を襲う。幸い、どれも小粒の破片で、当たっても気にならない程度。しかし、これを機に人々はパニックを起こして我先にと出口を目指す。

 そんな彼らに向けて、脆くなった天井から1基のシャンデリアが落ちてくる。それを冷静に迎え撃ったのは、紅色のマナ――首里だった。出入り口と、そこに集まる人々を覆う大きな四半球上の盾を〈創造〉する。紅色の盾にぶつかったシャンデリアは表面を滑り、やがて大きな音を立てて床に落ちた。

 首里が〈創造〉を解除した時には、客のほとんどが会場の外に出ており、残っているのは学生を含むごくわずかな人数だけだった。


「……優、やり過ぎだ」


 言った春樹が向けてくる非難の眼差しを、優は気まずそうに受け止めることしかできない。選択を間違えたと反省する優に、一転して春樹は笑みを向けた。


「……でも。守るべきものは守れたな」


 そう言って優の背後に視線を向けた春樹に促され、優も後ろを振り返る。そこには、驚いた顔を見せるシアがいる。彼女が着ているよごれ1つない純白のドレスは、シアが無事であることを何よりも示していた。


「優さん? それに、春樹さん……天さんも。どうして、ここに?」


 大きく目を見開いて自分を見上げる紺色の瞳。かなり派手にやらかした手前、優としては格好つかないことこの上ないが、それでも。シアの目を見つめ返し、優は告げる。


「シアさんを、助けに来ました」


 その優の言葉に、シアは泣きそうになる。いくつもの我慢を乗り越えて、ようやく諦めようとした矢先。またしてもこの少年が、シアに諦めさせてくれない。演習で死を受け入れようとした時も、初任務でくじけそうになった時も、〈肉欲〉に溺れそうになった時も。いつもいつも、決してシアを逃がしてくれない。


 “生きること”を諦めさせてくれない。


「行きましょう……。いや、俺たちと来てください、シアさん」


 そう言って手を伸ばしてくれる優に、何度自分シアは救われ、変わっただろうか。彼の手がシアに可能性をくれた。夢をくれた。本当の意味で“生きること”を教えてくれた。そして、今、シアの中にあるこの熱量は間違いなく、憧れ続けた“運命”の熱だった。

 だからこそ、シアはいつの間にか優の手に伸びていた己の腕を引っ込める。


「……シアさん?」


 そう言って怪訝そうな顔をする優に言わなくてはならない。


「ごめんなさい、優さん。一緒には、行けません」


 何よりも大切な人に、運命の人に、嫌われたくない。迷惑をかけたくない。それに、もうすでに優にはもう1人、春野楓という運命の人が居る。

 シアは【運命】を司る女神。自身が望めば、マナを通じて世界が変わってしまうほどの力を持つ。だからこそ、後から湧いた自分が己の幸せを願い、彼女から幸せを奪って良いはずが無かった。


「振られた。そういうことだ、所詮、お前は人間だってことだ、少年」


 ここまで黙って優とシアのやり取りを見ていたコウが、ようやく口を開く。彼があえて見逃していたのは、責任感と自虐心の強いシアという天人が自分を選ぶと確信していたから。そのうえで、シアの心を支えているだろう少年と決別させて、シアの心の支柱を自分にげ替えようと思っていたのだった。

 シアの隣に立ち、肩に手を回したコウが紫色の瞳を優に向ける。もうシアは自分のものだと言っているようで腹立たしいが、


「そう、ですか……。分かりました」


 暗い顔で言って、優はシアに差し出していた手をゆっくりと下ろした。

 そうして自分から離れていく手になおもすがろうとする腕を、身を裂く想いで我慢するシア。これで良い。全てが丸く収まり、いつか自分もコウと幸せを掴めば良いのだ。たとえそれが、運命を感じた相手でなくとも。

 悲痛な表情を浮かべて運命を受け入れようとするシアの前で、


「では、悪いですが。シアさんの言葉も意思も、無視します。それから……すみません、コウさん」


 言った優は、


「どうしたの? まだ俺に言うことが――ぐぇっ」


 勝ち誇った顔で笑うコウの顔を思いっきり殴りつけ、シアから引き剝がす。コウが横方向に大きくよろけた隙をついてテーブルを乗り越え、シアの隣へと着地した優は、


「失礼します」

「優さん?! コウさんが……えっ?!」


 事態が飲み込めずにいるシアを横抱きにして、誘拐した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る