第2話 婚約発表の儀
舞台から一番遠い最後方の席。しかも、出入り口から一番遠い場所に優たち学生4人は座っていた。
パーティーが始まる18時が近づくにつれて、多くの参列者が会場へと集まって来ている。開会までの間、優たちが首里から聞いた話では、半分以上が金で雇ったエキストラなのだと言う。というのも、魔力至上主義者たちの中には魔力持ちや、いわゆる「上級市民」も多い。皆それぞれが忙しく、代わりのものを参加させることも多いのだとか。
「例えば両親に代わってここにいる、わたしみたいにね」
と、首里自身も代行で出席しているのだと語った。しかし、首里自身もシアの晴れ舞台なら駆けつけないわけにはいかないと思っている。今回に関しては、首里自身の思いと両親の意向が合致した形だった。
「欠席しますってわけにはいかないのか?」
と、学生感覚で聞いてみた春樹の問いに、ため息をついた首里。
「わたしたちは世間体を大切にするから」
と、医師の家系の苦労をにじませて呟く。
「そもそも、今回のパーティーだってそう。こうして信者たちに見せることに意味があるの。天人は凄いんだ、別格だってね」
「どうしてそこまで?」
続いた春樹の質問に首里はただ一言、「見栄よ」とだけ答えた。
そんな話をしていると、会場が暗転する。いよいよ開会式の時間だった。客席は静まり返り、奥にある舞台だけが照らされている。
少しすると、司会台に身なりを整えた1人の男性が現れ、客席に一礼した。
「皆さま。本日はコウ様とシア様の婚姻を祝うおめでたい場所に集まって頂き、誠にありがとうございます!」
そんな挨拶と共に、式辞が述べられていく。男性が語る言葉の端々にある選民思想が見て取れた。また、コウを花婿、シアを花嫁と呼ぶ様はまるで――。
「結婚式みたい」
小さく漏らしたのは、天だった。確かに外見は成人しているシア。しかし、意識が芽生えてから、生を受けてからはまだ10年と少しだと聞く。そんな少女と結婚しようとしているコウへの言いようのない嫌悪感が、天の中に湧き上がる。
そんな天の気持ちなど関係なく式は続く。
「それでは皆様お待ちかね。新郎新婦の入場です。まずは新郎、コウ様に登場していただきましょう!」
主に前方から拍手が上がり、それにつられる形で客席に拍手の波がやってくる。その波は最後方に座っていた優たちにも届いた。
やがて、大きく開かれた会場の出入り口から1人の青年が姿を見せた。白いスーツからのぞく長い手足。少し焼けたような肌に、黒い髪は整えられている。付添は居ないが、着飾った青年が放つ神秘的かつ圧倒的なオーラが全く彼を見劣りさせない。
芸能人よろしく観客に手を振りながら悠然と赤絨毯を歩く姿も、見目麗しい天人の青年であれば様になる。紫水晶のような美しい瞳で見られた人々は男女問わず、黄色い声を上げた。
そうしてゆっくりと舞台に上がった青年は、自身の札が立てられた席に着く。そして、席に備え付けられていたマイクへと顔を近づけると、
「こんにちは、皆さん。今日は俺と、俺の大切な伴侶のために集まってくれてありがとう」
うっとりするような声で、挨拶をする。
「俺の名前はコウ。今日のパーティーの主催は俺だけど、主役は俺
そう言って微笑むだけで、客席からはため息が漏れる。優たちも例外ではない。コウの一挙手一投足を自然と目で追ってしまい、言うことを聞きたくなる。
ただ1人、今回は魅了されずに済んだ天が隣に座っていた優と春樹の頬をつねって目を覚まさせる。
「今のどこがいいのっ! 気持ち悪いだけだって!」
自身の身を抱きながら、小声で悪態をつく天。そんな妹の反応に対して、優は存外、コウの言動が嫌いではない。むしろかつて“患っていた者”としては微笑ましく思えてしまった。
「イケメンだから許される気がする」
「なにそれどういう意味……?」
「優、天。シアさんが来るぞ」
兄妹で言い合っているうちに、会場は再度拍手に包まれる。どうやらコウが言ったもう1人の主役の登場らしい。いよいよだと、首里を除いた学生3人は入り口を見守る。
と、穢れ無き白がそっと会場に咲いた。入場してきたのは1人の少女。彼女の姿を目にした瞬間、拍手が鳴り止み、会場は静寂に包まれる。
それこそ魔法のように時を止める会場。ただ1人、うつむいたままの少女だけが動き、純白のドレスと頭のヴェールを揺らす。少女の胸元には白百合の花束が抱えられており、赤く彩られた唇、儚げに伏せられた紺色の瞳、長いまつげ、結い上げられた艶やかな黒髪をより美しく映えさせる。
ドレスからのぞく高いヒールが少女の雰囲気を“女性”へと引き上げる。一歩一歩、静かに赤絨毯を踏みしめる姿はまさしく天女のよう。
優は、普段、隣に居た彼女が天人であることを改めて思い知らされる。圧倒的な存在感と、
「あっ!」
「「あ……」」
慣れないヒールに転びそうになった少女が発した悲鳴に、優を含め、会場は失っていた時間を取り戻す。特派員として鍛えてきた体幹で転ばずに済んだことに息を吐き、その天人――シアは歩みを再開する。
おっかなびっくり、たどたどしく歩くシアを人々はハラハラしながら見守る。そして、どうにか階段を上り、コウの横にある壇上の椅子に座った時。人々は一斉に安堵の息を漏らしたのだった。
シアが隣の席に座ったことを確認し、コウがマイクを手にする。
「この子がパーティーのもう1人の主役で、俺の愛しの伴侶。名前はシアちゃん。ほら、シアちゃん。自己紹介」
「初めまして。シアです。天人です。よろしくお願いします」
ぺこりと小さくお辞儀をしたシアを遠く最後方の席で見ながら、優たちは互いに目を合わせる。3人でタイミングを計ってシアを救出しに向かおうとする彼らを、首里も今回ばかりは静観する姿勢を見せ、黙って見守る。
そんなこととはつゆ知らず、リハーサル通りにパーティーは続く。ここからコウ、シアの順で婚姻を宣言する手はずになっている。コウにとっては、シアの口から婚姻を口にさせることが大切だった。
「それじゃあ、改めて……。俺、コウと……」
「わ、
シアはそこでぎゅっと百合の花束を握る。
コウと結婚したからと言って、特派員になることが出来なくなるわけでは無い。それに、「断れば、次はシアちゃんがいる学校を襲うから」と言ったコウの目は、本気だった。
──天さん、春樹さん、
次々にシアの脳裏に思い浮かぶ友人たちの顔。最後に浮かぶのは、自分にとって最も大切な“主人公”の顔。もうこれ以上、自分のせいで人々に迷惑をかけないようにと願いながら、シアは続く言葉を口にする。己の人生全てを、コウに
「こ、婚姻をはっぴょ――」
瞬間、いくつかの椅子が倒れる音がする。次に、数人の人影が舞台上に躍り出た。
「何があった……?」
最後の詰めを前にほくそ笑んでいたコウが、顔をゆがめる。と、同時に、
「認めない! コウ君は、私のものだぁぁぁ!!!」
客席から女性の叫び声がしたかと思うと、シアに向けて巨大な〈魔弾〉が飛んできたのだった。
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