第三幕……「溢れる想いに魅せられて」

第1話 決戦の地――『ハハ京橋』

 きたる8月27日、土曜日。時刻は夕方5時。優、天、春樹、そして依頼主となる首里朱音しゅりあかねの4人は京橋駅前の広場に居た。ここは環状線と在来線の連絡通路としても利用されており、休日ということもあって、日中から多くの人が行き交っている。

 春樹が自身のブラックスーツを確認しながら、隣ですました顔をしている首里に感謝を述べる。


「ありがとうな、首里さん。服まで用意してもらって」

「連れの品位はわたしの品位だから。当然よ」


 春樹、そして優は首里が用意してくれていたスーツを着用していた。


「春樹くん、スーツ似合うね」


 そう言ってしげしげと春樹を見つめるのは天。身長があり体が引き締まっている春樹にはスーツがよく似合っていると、素直な感想を漏らした。


「そうか? 天もドレス、似合ってるな」

「当然! って、お店の人が着つけてくれたしね」


 そんな天はダークグリーンのワンピースタイプのドレス。首元にあしらわれた刺繍と透け感のある肩口で、華やかさを意識。ウェストに施されたねじりがアクセントだと、天を着つけてくれた店員さんが語っていた。なお、髪は結い上げて1つにまとめ、首元にはパールのネックレス、足元は光沢のある黒のパンプスだった。


「動きにくいのが難点だけど」


 そうこぼした天の言葉には、この後に控えているだろう戦闘への懸念が込められていた。


「もう開場しているから、行きましょう」


 そう言って、ネイビーのドレスをひらめかせる首里。グレーで丈の短いジャケット――ボレロを羽織り、ヒールを鳴らす。元より上品な首里の雰囲気は、優たちから見れば一層大人っぽく見えた。


「そう言えば首里さんって、常坂ときさかさんと同じで1個上いっこうえなんだっけ?」


 自分にはない色気を見た天が、思い出したように優に聞く。第三校の入学に年齢制限は無い。入ろうと思えばいつでも誰でも、門を叩くことが出来る。そう言った事情もあって、1浪2浪して入学する学生も決して少なくなかった。

 着飾った妹の姿を目に焼き付けながら、優が聞きかじった情報で答える。


「確か、そうだったはずだ。噂では1年だけアメリカに行ってたとかどうとか」

「……海外? このご時世に?」

「お母さんが外国の人っぽかったし、里帰りだろ」


 親が外国人だと里帰りも命懸けだー、と天が納得する頃。京橋駅から歩いて5分ほどでパーティー会場のある施設『ハハ京橋』に着く。ここの際上階にあたる5階が、パーティー会場。つまり、優たちにとっての決戦場だった。

 しかし、案外、優に気負いはない。というのも、この施設の3階にある中古本屋さんや、この建物の裏手にあるアニメグッズ専門店などを、中学の頃よく利用していたためだった。そんな事情もあって、


「懐かしいな……」


 というのが、ハハ京橋を見上げた優の第一印象だった。

 首里を先頭に、自動ドアをくぐってエレベーター乗り場へ。1階にある飲食店からはソースをはじめとした良い匂いが漂って来る。際上階まで上って行くエレベーターを待つ間、首里の横に並んだ天が口を開いた。


「もしかしてこのパーティー、至上主義以外の人にも注目されてる?」


 視線をちらりと入り口側に向けた天。彼女が言っているのは、外でさりげなく中の様子を伺っている人々について。さらに言うと、警察や公安などの可能性が高い人々についてだった。

 その意を的確に汲んだ首里が目だけを天に向けて答える。


「あれだけ世間を騒がせましたから。情報を知った彼らが警戒するのも当然でしょう」


 ニュースになるほど“魔女狩り”を大々的に行なっていた魔力至上主義者による催し物。日本の、限られた内地の治安を守る人々が注目しないわけも無かった。


「それもそっか」


 首里の答えに満足し、身を引いた天。ちょうど同じ頃エレベーターが到着し、4人は中へと乗り込んだ。




 5階フロア全体を使ったイベントスペースが今回、シアとコウの婚姻を発表する場所だった。

 首里が入り口そばで受付を済ませる。その際、優たちについて尋ねられた首里は


 「魔力持ちたるわたくしの護衛です」


 と、紹介したのだった。

 こっちよ、と言った首里に続いて会場へと足を踏み入れた優は、その眩しさに目を細める。最初に目に入ってきたのは、天井からつられた豪華なシャンデリア。施設自体にも照明はあるのだが、わざわざ魔力至上主義者たちが場を豪華に見せるために飾ったものだった。それが見上げるほどの高い位置から部屋を照らしている。

 次に入り口からまっすぐに敷かれた赤い絨毯。その行き着く先には数段高くなった舞台があって、白い布が被せられた長い机がある。

 赤絨毯の両脇にはいくつものパイプ椅子が並んでいる。


「すげー数だな……」


 春樹が漏らしたように、その数は片側だけでも100を超えていそうだ。もしこの椅子が全て埋まるとなると、自分たちが行動を起こした時に向かって来る人の数は数え切れない。目の色を変えて一斉に襲い掛かってくる彼ら彼女らを想像して、春樹は静かに身震いした。

 そうして身を震わせる春樹の横で、天は壁と地面を観察する。壁も天井も、白に近いクリーム色で眩しいと言うほどではない。材質はベニヤのような木材の合板のようで、叩けばコンコンと音を返す。

 壁沿いにはスタンドに立てられた花が並んでいて、個人から企業まで、スポンサーと思われる大小さまざまな送り主の名前が刻まれている。多くは白と紫を基調とした花束だった。


「床は……滑る、かな」


 床は本物か、模様だけか、大理石のタイルになっている。磨かれた表面はシャンデリアの光を良く返す。歩く分には問題ないが、戦闘となると踏ん張りが利かないだろう、というのが天の見解だった。

 そして、優はというと、舞台の上にある長机に立てられているネームプレート、中でも中央にある「シア」の文字を見つめている。


 俺はシアさんを助けたい。


 春野が気づかせてくれた思いを噛みしめる。例え、シアが心からコウと結ばれることを願っていたとしても。


「俺たちが必ず、助けて幸せにして見せる」


 言霊に乗せた想いと共に、淡いベージュのネクタイをぐっと絞める優だった。

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