第7話 クレア

 魔法の練習があった翌日。イメージ強化の模擬戦の合間、集団戦のセオリー、また、上級生として生き抜いてきた知恵を、モノは惜しみなく優たちに開示した。

 そうして知識と経験、魔法の可能性を知った翌日。優は1人、泊まりがけ任務に不足している小物を買おうと、学内のコンビニを目指していた。その道中、優は運動場のある方を見やる。

 気まぐれなモノとの魔法練習。なんとなく、彼女が善意だけであの場を設けたと思えない優は、その理由を考えていた。しかし、結局、これといった明確な答えが出ることも無くコンビニに近い教務棟にたどり着いてしまう。

 一度考えを切り替えた優は、任務に必要なものを脳内で挙げていく。


 ――応急手当セットの不足は……ガーゼか。給水用パウチも新調しておくか。あとは……。


「きゃっ」


 考え事に集中していた優が教務棟側からコンビニに入ろうと扉を開くと、同じく出ようとしていた女子学生と危うくぶつかりかける。とっさに避けようとした女子学生が体勢を崩し、後ろに倒れようとしたところで、


「大丈夫か、クレア」


 隣に居た男子学生が女子学生を支え、事なきを得た。


「すみません、大丈夫ですか?」


 前方不注意になっていたことを詫びる優に対して、居住まいをただした女子学生が笑う。


「いいえ、大丈夫です。ワタシの方こそ不注意でした」


 良かった、と、ひとまず安心した優は改めて女子学生を見て、驚くことになる。美しい金色の髪に白い肌、みどり色の瞳は宝石のエメラルドのよう。身長は優より少し高く175㎝はあるだろうか。程よく筋肉がついた長い手足は、華奢と言うよりは健康的な印象を与える。目鼻立ちのはっきりした日本人離れした顔は、彼女が外国の血を引いていることを表していた。

 ジーンズにTシャツとラフな格好ながら、モデルのように惹きつけられる華やかさがある、そんな女子学生だった。


「おい、前を見て歩け! って、神代か」


 そう言ってきたのは、女子学生よりも深い金髪の少年。優の名前を呼んだように、彼は優の知り合いであり、来週からしばらく行動を共にすることになる男子学生でもある。

 その男子学生を認めた瞬間、優の顔に少しだけ険しさを増した。


「ホワイトか……」

「なんだよ、その顔。ボクだってわざわざ休日にまでお前の顔を見たくない」


 今は緩衝材となってくれる春樹が居ない。出そうになった舌打ちを持ち前の自制心でぐっと堪えて、この場をやり過ごすことにした優だったが。


「ノア。何ですか、今の態度は?」

「……何だクレア、文句あるのか? ていうかわざわざ日本語で話す必要も無いだろ?」


 ノアと、クレアと呼ばれた女子学生の間でちょっとした口論があった。そしてしばらく外国フランス語で何かを言い合っていたかと思うと、


「ワタシの学友が失礼しました、カミシロ様。ワタシはクレア。クーリアから来た留学生です」


 優に対して軽く膝を折って頭を下げる外国流のお辞儀、カーテシーを行なう。


「ああ、えっと、始めまして神代優です。恐らく、妹の天がお世話になってます」

「まあっ! やはり御兄弟なのですね?! ワタシの方こそ、妹様にはよくしてもらっていて」


 直前のノアの態度もあって、クレアの物腰の柔らかさに、優は好印象を抱かざるを得ない。出入り口で話すのも邪魔になると、優たちは一度外に出て話すことにした。


「ホワイトのような方が多いのかもと身構えていました」

「そんなことないですよ? それにホワイト、だなんて。ノアと呼んであげて下さい」

「ちょっ、クレア! 勝手に決めるな!」


 優に対するクレアの発言に、すかさずノアが噛みつく。しかし、またしてもクレアが何かを言ってノアを黙らせる。番犬とその飼い主のようだと、優は思っていた。同時に、気難しいノアを飼いならす関係性が気になったため、素直に聞いてみることにする。


「えっと、2人の関係は?」

「ああ、出身が同じなんです。日本では幼馴染、と呼ぶのですよね? 恋愛漫画で学びました」


 少し言葉を濁したが、ノアとクレアは同じ孤児院で育っている。2歳の頃に魔獣の襲撃で両親を亡くし、以降13年間、苦楽を共にしていた。互いに気の置けない仲であることは変わりないが、5年前から少しだけ、その関係性は変わっていた。


「恋愛漫画ですか?」

「はい! 確か……」


 そうして口にした漫画のタイトルに、優は吹き出しそうになる。クレアが恋愛漫画と言ったそれは、10年以上前に人気を博したライトノベルのコミカライズ版だった。他にも王道からマイナーまで。いくつか優も知っている作品の名前が挙がった。


「日本でコスプレ、と言うものをするのが夢なんですよ!」


 宝石のような瞳を細め、嬉しそうに語るクレア。優の中で、クーリアの聖女と言う肩書を持つというクレアに持っていた印象ががらりと変わる。しかし、相手の事情しゅみに踏み込み過ぎないのもオタクのたしなみだと優は知っていた。


「あ、そう言えばこちらに御用があったのですよね?」


 クレアが目で示したのは背後にある学内コンビニ。優が肯定しつつ、大規模討伐任務に必要なものを買いに来た旨を伝える。


「ノアから聞きました。作戦を同じくするそうですね」

「行動を一緒にするだけで、一緒に戦うわけじゃないからな」


 腕を組み、その青い瞳で優を睨むノア。その目は「勘違いするな」と、如実に物語っていた。


「とっつきにくいかもしれませんし、ノアが協力的な姿勢を見せないかもしれません。ですが、どうかこの通り」

「あ、クレア! おい!」


 そう言って、クレアは頭を下げる。


「どうか、ノアをよろしくお願いします」


 セミロングの金髪がサラサラと遅れて揺れる。クレアは一国の王女だと優は聞いている。そんな彼女が頭を下げるほど、ノアが大切な人物なのだろうと優は理解した。

 正直、一向に友好的な態度を見せないノアのことは気に入らない優。それでも、ノアにはノアの事情があり、考え方や文化が違うことも分かっている。何より、優の知るヒーローは誰かの頼みを断らなかった。そうして優は自分なりの答えとして、


「……頑張ります」


 そう返す。守ることも、協力することも約束はできない。しかし、そうしようと努力することは約束できる。そんな、ある種消極的な肯定に対して。それでもクレアは満足げにほほ笑む。


「それは良かったです」


 まさしく花になる笑顔に、優だけでなくノアまでも一瞬、ほうけてしまった。


「それでは、ワタシ達はそろそろ。良いですか、ノア?」

「もともとボクにはこいつと話すことなんてない」

「もうっ……。それではカミシロ様。ご機嫌よう」


 王女と言うには親しみがある、そんな人物だと優はクレアを評価する。


「どちらかと言えば『姫』に近いのか?」


 いずれにしても、自然と人を惹きつける魅力――カリスマ性のある女子だ。そう結論づけて、優は改めてコンビニで買い出しをするのだった。

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