第6話 魔法の練習

 上級生との組み合わせが発表された翌日。朝食を済ませた優は春樹と待ち合わせ、とある約束を果たすために運動場東方にある境界線付近に来ていた。


「春樹。ケガ、増えてないか?」


 優が隣を歩く春樹の腕や頬にある真新しい傷の数を気にする。


「昨日、部活でちょっとな。それより、モノ先輩と魔法の練習か……。どんな感じなんだろうな?」


 頭の後ろで手を組みながら、春樹は空を見上げる。優と春樹の格好は運動着。そして、春樹が言ったように、2人がここに来た目的は天人直々の魔法練習を施してもらうためだった。

 と言うのも昨晩。優が上級生側のリーダーであるものに連絡したところ、モノから


『スキルアップも兼ねて』『私と魔法の練習しない?』『天人から教えてもらう機会なんて滅多に無いよ~?』『しかも私、無色』『(スタンプ)』


 と、送られてきた。優としては願ったり叶ったりであるため、即座に了承の意を返す。加えて、モノの言う通り滅多に無い機会だと春樹を誘ったのだった。


「もうすぐ時間だが、いつ来るんだろうな?」

「勝手なイメージだと、天人ってそういうところルーズそうだよな。案外、30分後とかに来たりして――」

「こんにちは」


 優の疑問に春樹が軽口を叩こうとした時、背後から甘い香りと声がする。条件反射的にその場から飛び退いた春樹が武器を構えてもと居た場所を見ると、絶世の美女が立っていた。

 真っ黒な半そでのセーラー服の裾を秋口の風があおる。風が吹く度に揺れる銀色の髪は太陽の光を一層美しく映えさせる。少し長い前髪はヘアピンでとめられており、その奥にある整った目鼻立ちを遮らない。

 まだまだ残暑だと言うのに、汗一つかかないあたり。体の構造が違うのではないかと、優は疑わずにいられなかった。


「あはっ。うん、いい反応。君は、優クンのお友達かな?」


 少し笑って春樹を真っ直ぐに見据えるその瞳は、真っ白な砂浜に青色を落とす海のよう。見つめていると、どこまでも深く深くに吸い込まれそうになる。

 身長は天と同じくらいで、日本女性の平均から見てもかなり低い。しかし、ボディラインのメリハリは大きく、言動と相まって、どこか蠱惑的こわくてきな雰囲気のある人物だ。


「初めまして。私はモノ。主に【断罪】を司る天人なんだ」


 立ったまま、堂々と自己紹介を済ませた彼女こそ、優たちが来週から行動を共にすることになる上級生メンバーのリーダー、モノだった。

 春樹とモノは初対面になる。初任務、モノが死者を前提とし、その死者の中には春樹が含まれていたことを本人に話すのは気が引ける。優、天、シアは相談して、モノの策謀については黙っていたのだった。

 天人らしく他を圧倒する目に見えないオーラをまとうモノ。見惚れて挨拶を返せない春樹をじっと見ていたモノだったが、やがて、銀色の髪とセーラー服をひるがえして優を見る。そして、


「むぅ。ひどいなぁ、優クンは。折角のデートだと思ったのになぁ?」


 腕を組み、頬を膨らませて、不満を口にした。

 浮世離れした美人が行なうあざとい仕草。一端いっぱしの男子高校生でしかない優も当然面食らう。しかし、


「そ、そうだったんですね。ですが、お願いします。任務の成功率をあげるために春樹……瀬戸春樹も一緒に練習して良いですか?」


 どうにか言葉を返す。任務の成功とはそのまま、生き残ることを意味する。セル全体のスキルアップを目指して、優はモノに頭を下げた。

 優と春樹、可愛い後輩2人の可愛い反応を堪能したモノは満足そうに笑って、


「もちろん、良いよ! 折角来てくれた子を追い返すほど、お姉さんは狭量じゃ無いからね」


 服越しでも異性を魅了する蠱惑的こわくてきな胸を張った。その後、呆けていた春樹が意識を取り戻し、改めて自己紹介を済ませたことを機に、練習が始まった。


「春樹クンもいるし、まずは基本的なところから行こうかな。魔法の練習って、何をするもの?」


 いつか、図書室で使用していた銀縁の伊達メガネをかけ、伸縮する金属の棒を持っているモノ。なぜ眼鏡をかけているのか、なぜ棒を持っているのかという疑問はスルーされている。と言うより、聞いていいのか分からないため後輩2人は触れないようにしていた。

 その上で、モノの質問に答えたのは春樹だった。


「はい! 基本的に、イメージの強化と己への理解を深めることです」

「うん、満点! 偉いぞ、瀬戸春樹クン!」


 伸縮性の棒で春樹を指しながら、キリッとした顔でモノが言う。「なんだこれ」と思わなくもない優と春樹だが、今は先輩のノリに付き合うことにする。

 一転して、真面目腐った雰囲気をまとったモノは、


「そう。多分、君たちが想像している以上に、想像力は魔法の鍵になってるの。自分が武器を振るえばどうなるのか。どのような結果を導くのか。その因果を結びつけるものが、魔法なんだ」


 眼鏡と棒を胸の中にしまい込んだモノは続いて、白い粉の入った袋を取り出す。どこにしまっているんだと言う疑問も、男子高校生2人はスルーする。今は真面目な話の途中だった。


「例えば。さっき私が使っていた棒。あれを使えば人を叩いて痛めつけることはできるけど、どれだけ早く振るっても何かを“切る”ことはできない。そうだよね?」


 言いながら、自身の小さな手のひらに粉を振りかけるモノ。すると、モノが〈創造〉した無色透明の棒が浮き上がる。


「だけど、魔法で創った棒なら……うん、これにしよっか」


 近くに落ちていた木の枝を左手で掲げたモノが、無色のマナで〈創造〉した棒を持った右手を振る。すると、名刀で切られたように、数瞬遅れて半分になった木の枝が地面に落ちた。優たちが落ちた枝を確認してみるとその断面はあまりにもなめらか。折られたのではなく、切られたのだと分かる。


「こうやって、棒で“叩き折る”んじゃなくて“切る”ことが出来る」

「「なるほど……」」

「2人もやってみて?」


 優と春樹も試しに同じことをやってみる。が、どちらもバキッと言う音の後、木の枝が地面に転がった。


「棒は叩く物。枝は折れるもの。そんな常識が、魔法の可能性を狭めている。まずはそのことを知っておいて欲しいな」

「魔法は、因果を結ぶ道具……」


 先ほどモノが言ったなんとなく格好良い響きの言葉を、優は再度口にして確認する。春樹も春樹で、もう1つの特訓で鍛えている実技とは違った理論的な魔法の練習を、頭に叩き込む。


「確かに魔法で出来ないこともある。空を飛んだり、誰かを操ったり。だけど人間は、航空学や心理学で、出来ないことを出来るようにしてきた」


 懐かしむように言ったモノは、その真っ青な瞳を優と春樹に向ける。


「どう? 魔法に不可能なんて、あるのかな? 私は天人として、人間の君たちに聞きたいよ」


 妖艶ようえんに、試すような瞳で聞いて来るモノに、優も春樹も言葉を返せない。いつか翼も無しに宙に浮く人間や、武器も使わず手刀だけで魔獣をほふることすらも出来るのではと、思えてしまう。


「折角、自分の思いを形に出来る魔法なんて名前の道具がある。まずは1つずつ、常識からぶち破っていかない?」


 魔法の練習とは、想像力との戦いだ。それは同時に、常識や偏見との闘いでもあるのだとモノは語る。


「出来ないことを出来るようにするのは人間の得意技でしょ? なんたって君たちは神様すらも――」

「見つけた、モノ!」

「ま、待ってください、天ちゃん……」


 言いかけたモノの言葉を遮ったのは、2人の少女の声だった。そのうち、自身の名前を呼んだ奇抜な髪色の少女に対してモノは透き通った青い瞳を細める。


「天ちゃん? 私、先輩」

「おっと、失礼。見つけたよ、モノ先輩?」

「敬語もね」


 笑顔のままモノと天が見つめ合う。そんな2人におろおろとするのは、少し汗をかいて頬を上気させるシア。


「天? それに、シアさんも。どうしてここに?」

「兄さんがモノ……先輩と一緒に練習するって、昨日春樹くんから聞いたから」


 春樹が同行しているとは知らなかった天。モノを警戒している天としては、兄と2人きりにさせるわけにはいかなかった。しかし、朝、兄の部屋を尋ねてみればもぬけの殻。以降、探し回っていたのだった。

 少し乱れていた息を整えた天は、改めてモノに頭を下げる。


「それじゃあ、モノ先輩。兄さんと一緒に、私にもご指導ご鞭撻べんたつのほど、よろしくお願いします。……ほら、シアちゃんも」

「うぇっ?! お、お願いしま……す?」


 天に連れ回されていただけのシアも勢いに飲まれて、頭を下げる。飛び入り参加の2人に対して、


「えぇい分かった! ちょうどいいし、お姉さんがまとめて教えてあげようじゃぁないか」


 モノは胸元から再び伊達メガネを取り出してかけた後、天とシアを受け入れる。どこから取り出したのかと純粋に驚くシアに対して、モノの豊満な胸をちらと見た天は口に手を当てる。


「……ぷっ。お姉さんって、何歳なんだか」

「何か言った、天ちゃん?」

「いいえ、何でもありませんー」


 まだ暑さの残る9月の半ば、優たちフォーマンセルは先輩からの熱い指導を受けたのだった。なお口論の末、途中、天とモノが本気の戦いを始めそうになった場面があったことを付記しておく。

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