第5話 奪還作戦に向けて
優、春樹、ノアが3人でセルを組むことが決まってから1週間。結局、優はその間もノアとの親交を深められずにいた。一方で春樹は、授業のグループワークや昼食など、事あるごとにノアと交流を図ろうとする。
そのほとんどは無視、あるいは拒絶されて失敗した。しかし、授業によってはそうもいかず、ノアが嫌々ながら了承する場面もあった。そうして迎えた、金曜7限のホームルームの時間。
「さんざんだな」
「お前がそれを言うな。ボクの方こそうんざりだ」
1つ前の授業『魔法実技』では、大規模討伐任務に向けて、当日のセルごとに分かれた外地演習が行なわれた。夏休みの間、優たち学生が近くの魔獣多発地帯を制圧したために、ここ最近は魔獣も確認されなくなっている。今日も〈探査〉による魔獣の反応がなかったこともあって、優たちは有事の際の動きについて話し合っていたのだが、
「まあ、ああなるよな……」
きちんとした連携を求める優と、あくまでも個々に対応すべきという姿勢を崩さないノア。意見がすり合わず、口論になって終わった。結果、連携もセルとしての方向性も、これといった進展を見せることが出来なかった。
分かったことといえば、ノアのマナの色がくすんだ青色であること。それをノアが「サックスブルー」と呼ぶことだけだった。
春樹がサックスブルーを携帯で調べる横で、優とノアの口論は続く。
「ハッ! 協調性を重んじる国民性だって聞いていたけど、ただの臆病者の戦い方じゃないか」
「違うな。人のため、世のために少しでも魔獣を狩ることが出来るように考え出された、れっきとした戦略だ。独りよがりのお前とは違う」
「好きに言ってろ。その代わり、ボクも好きにするからな」
そこで、言葉が途切れる。例え口論でも話が出来ていれば問題ないと思っていた春樹。上手く行けば妥協を引き出せるかと思っていたが、なかなかそうはいかないらしいとため息をつく。任務までは残り1週間。それまでにどちらかが折れなければいけないが、春樹は優の考え方に同意している以上、ノアに妥協してもらうしかない。
人間関係の構築こそ、己の数少ない長所だと思っている春樹。現状、まだまだ“他人”の自分たちがノアの考え方を変えられるとは思えない。であれば、彼にとって影響力のある人物は誰なのか。
――留学生の誰か。あるいはノアが意見を聞いても良いと思える圧倒的な力を持つ人、か?
言動から読み解くことが先決かと、考えを改める。そっぽを向いて携帯を
「来週の土日から始まる奈良市街地奪還作戦ですが、上級生との組み合わせが決まりました」
業務連絡を終えた担任の
組み合わせはセルごとの魔力を計算し、なるべく差がないように組み合わせが行なわれている。また、ツーマンセルにはスリーマンセルを、と言ったように必ず5~6人のセルになるように決められていた。
「えー、まずは
次々と発表されていく組み合わせ。やがて、優たちが組む上級生たちの名前も発表される。
「次は
児島によるその発表に、優が表情を硬くしながら呟く。
「モノ先輩か……。ノアに続いて、だな」
銀髪の髪が印象的な天人、モノ。夏休み中、優たちが受けた初任務を仕組んだと言っても良いモノが仲間になることに、警戒と気苦労せざるを得ないだろうと頭を悩ませる。加えて、
他方、優とは対照的に春樹は表情を明るくする。
「うっし、秋原って、秋原さんだよな?!」
春樹はサッカー部でお世話になっている先輩と一緒に任務に当たれることに、小さく拳を握る。初任務に向かう際、人手を集めて欲しいと頼まれた春樹が真っ先に連絡をした人物も秋原だった。
最後に、ノア。彼は1人、行動を同じくする人数を把握する。次に、配られた資料のうち、主に魔力を参考にしながら任務について考える。
個々で魔獣と相対する場合、誰がどの魔獣を相手取るのかが大切になって来る。青系統のマナを持つノアは〈サーチ(探査)〉で敵味方の魔力を把握し、適切に人員を配置することが得意だった。しかし、資料を見て小さく息をこぼす。使い物になる魔力を持つのは『モノ』という名前の神様だけ。あとは自分と同じか低い人員しかいない。
――木っ端を彼らに任せて、ボクが中型、モノが大型に当たることになるか。となると……。
最大接敵可能数は6。魔力の高い魔獣を1体しか相手取ることが出来ないのは辛い。事前の誘導やおびき出しが重要になってくるだろう。携帯のメモを開きながら、ノアはノアで自身が培ってきた戦略を1人、考えていた。
「はい、続いてセルのメンバーについてきちんと顔と名前を一致させてください」
組み合わせの発表を終え、セルを同じくする上級生の顔写真、身長や体重などの簡易な情報が載った資料が配り終えられる。そこにはそれぞれ、学内用の連絡先も記載されていた。
「少なくも各セルのリーダーは上級生のセルのリーダーに挨拶をしておくように。あとは上級生が上手く取り持ってくれます。次に任務当日の資料を配布しますので取りに来てください」
次々と飛んでくる指示。蓄積されていく資料と情報。その全てを把握し、嚙み砕いて、自分のものにしなければならない。やることの多さに、しかし、優は少し嬉しくなる。これから本格的な任務に当たるのだと、否が応でも実感させられるからだ。
それはつまり、小・中学校とニュースで見ていた特派員の任務に、自分も参加できることと同じだった。優としては夢に近づいているのだと実感できて、どこか感慨深いものがある。
「リーダーは優がしてくれ。向こうのリーダー……モノさんに連絡頼む」
春樹のそんな声で、資料に目を通す作業と止めた優とノア。親交を深めることに注力していたこともあって、リーダーを決めるのを忘れていたのだと3人は気付いた。
「俺はそれでいいが、ホワイト……さんが反対するだろ?」
「名前を呼ぶ度に妙な間があると
それだけを告げて、またしても当日の作戦要綱に目線を戻したノア。少し驚いて彼を見ていた優だったが、
「了解だ、ホワイト。じゃあ俺が連絡しておく。……春樹も俺で良かったのか? こういうのは春樹の方が得意だろ?」
モノへ連絡するため、携帯を手にしながら親友の意図を探る。その問いに対して春樹は、
「今回は、多分、優の方が良い。なんせ、たくさんの人と話すことになるからな」
そう答える。春樹としては少しでも優がノアへ関わる口実を作ろうと言う算段だった。さもなければ、今週1週間がそうだったように、優もノアも互いに口を利かなくなる。他にも、頼ることを重要視し始めた優が最近は少しずつ他者に興味を持ち始めたこともあって、それを応援しようという老婆心もあった。
「……? そういうもんか?」
優がひとまずの納得を見せたところで、ホームルームは終了、解散となった。
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