第4話 水と油

 週末。金曜日7限目に、本来のホームルームがある。そこで、奈良市街地奪還作戦の更なる詳細が伝えられた。最重要事項として、任務にあたるセルメンバーの発表があった。今回の任務ではクラス内でランダムな2、3人のセルを組むことになった。


「皆さんも知っていると思いますが、卒業後、依頼によっては年齢・性別問わず様々な特派員と組むことが少なくありません。その予行として、この機会を生かしてください」


 任務とは言え、あくまでも授業であるというのが第三校の方針だった。こうして、タブレット端末を使ったセルメンバーの抽選が始まる。

 今日も教室の後方少し手前に陣取り、話を聞いていた優。この話を聞いた時、月曜日に春樹が立てていたフラグを思い出すことになる。きっと春樹はノアと同じセルになり、苦労するのだろう。そんなことを考えていた時期が優にもあった。

 数分で抽選が終わる。その結果を優は安堵半分、不安半分で眺めていた。早速、セルごとに分かれて話し合う場が設けられる。男女比も年齢もセルによって様々で、完全にランダムなのだと分かる。


「優が同じセルで良かった」


 優の隣で笑うのは、春樹。幸運にも、優と春樹は同じセルメンバーだった。そして、一級フラグ建築士の春樹が居るということは、つまり。


「ノアもよろしくな!」


 ノアもまた、優と同じセルメンバーだった。神代優、瀬戸春樹、ノア・ホワイト。この3人が差し当たってのセルメンバーと言うことになる。ここに、同じくランダムに決まる上級生のセルが合流して、大規模討伐任務に当たることになった。


「悪いけど、ボクに君たちと慣れ合うつもりはない」


 春樹の挨拶に、相変わらず不愛想に答えるノア。無視しないのは、ノアにとって最低限の礼儀だった。

 ひとまず優もノアとのコミュニケーションを図る。優は無色かつ魔力が低い自分にとって、仲間との協力が大切だと知っている。今回は天やシアのような高い魔力の仲間もいない。一層の連携が求められると思っているのだが。


「よろしく、ノアさん。俺は神代優だ」

「どうして、どいつもこいつもファーストネームで呼ぶんだ? 馴れ馴れしい……」


 机に肘をつき、そっぽを向くノア。それでも優は諦めず、対話を試みる。今のは間違いなく自分に落ち度があったと、優も理解していた。


「悪い、ホワイトさん。早速で悪いが、何が出来て、何が不得意か。使う武器なんかも話そう」

「バカなのか? 自分の弱点をさらす? そんなことをしてどうする?」

「おい、ノア……じゃなくてホワイト。そんな言い方は無いだろ?」


 優に対するノアの態度を、春樹がやんわりとたしなめる。優もひとまず文化の違いだろうと自分に言い聞かせて、協力していく道を模索していく。

 なかなか態度を軟化させないノアに小さくため息をついた春樹だったが、今はひとまず話を勧めることにする。


「じゃあ、ホワイトは話さなくて良い。オレと優が出来ること、出来ないこと。それから武器は聞いていてくれ。まずはオレ、瀬戸春樹がよく使う武器は――」


 春樹が先陣を切って、手の内を明かしていく。武器のこだわりは無いが強いて言うならば剣だということ、人との交渉が得意だということ、武器や魔法の強度――イメージの強さ――に難があることなどを告げる。

 続いて優が口を開く。無色であり、自分も他人も認識し辛い優の魔法については特に、情報共有が大切だった。


「俺が使うのは刃渡り30㎝ぴったりのサバイバルナイフ。があるやつだ。得意なことは正直分からない。だが、目は良いと言われるな」


 魔人化した片桐紗枝かたぎりさえとの戦闘の時、もと特派員の彼女をして目が良いと言われたことを例に挙げる優。


「苦手なことは多分、全部だ。魔力が低いから継戦けいせん能力も低い。だが――」

「もういい、意味がない。時間の無駄だ」


 優の言葉を遮って、ノアが言葉を発する。しかし、その後すぐにノアは沈黙した。自身のことについて話す気も、他人のことについて聞く気も、ノアにはない。言動から分かるその考えに、優の中に怒りが沸き上がる。それでも、優は冷静であることに努める。


「……どうして、そう思うんだ?」


 どうにか優が絞り出した対話の姿勢を、ノアは青い瞳で見遣る。自分の意見を聞かなければ退かないとでも言いたげな優の態度に、ノアは仕方なく口を開いた。


「……いいか? 日本でどうかは知らないけど、クーリアでは自分の命は自分で守る。戦場では自分以外誰も、自分を助けられない」


 ノアが過ごしてきたクーリア周辺は魔獣あふれる場所だ。毎日のように魔獣がやって来ては、人を襲う。市民は皆、1人1人が訓練された特派員のように魔獣を屠っていくことが求められる。家族以外、他人を思いやる余裕などない場所で育ってきた。そしてノアには、自分を守ってくれる家族すらも、もういない。


「ボクが魔獣を殺す。さもなければ、魔獣にボクが殺される。そんな単純明快なこと、日本では学ばないのか?」


 小ばかにするように鼻を鳴らして言ったノア。感情を抑えることに必死な優の代わりに、春樹がひとまず同意を見せる。


「そうか。確かに俺たちの考えが甘いのかもな。でもホワイトの言う通り、ここは日本だ。留学に来たのなら、日本流の戦い方やりかたも知っておいて損は無いんじゃないか?」


 口調や言い方を工夫して、ノアに理解を促す。しかし、それでもノアは首を振る。


「言った通り、ボクはここに魔法を勉強しに来た。戦い方はもう、知ってるんだ」

「……そうは言うが、お前も魔力は決して高くないだろ? 俺たちと協力した方が生存率は高くなる」


 これまでよりも乱雑な言葉で、優はノアの魔力を指摘する。開示されているノアの魔力は、上級生と同じくらい。9期生の一般学生より2割高いくらいの魔力数値で、決して多いとは言えないマナ保有量。1人で戦うには限度がある魔力だった。

 優の指摘に、小さく舌打ちをするノア。彼も馬鹿ではない。自身の魔力については本人が一番知っている。それでもなお、人生を賭けて練り上げて来た個人で戦うと言う戦い方を変えるつもりはない。彼はこれまでそうして生き残って来たし、これからも生き残っていくつもりだった。

 自分のせいで、もう誰も死なないように。


 ――大切な物を守るために。


「……ボクは自分の命を他人には委ねない。ボク含めて、死ぬときは勝手にそいつが死ねば良い。そうでなければ、何も、誰も、守れない」


 言って、ノアは椅子から立ち上がる。


「どこ行くんだ?」

「トイレだ! ……聞くな」


 優の問いに答えたノアはそのまま教室を出て行く。残された優は春樹にジトリとした目を向けた。


「悪い春樹。俺、アイツと仲良くなる自信無いんだが」


 意地でも無理だとは言わないのが優だと、春樹は苦笑する。しかし、春樹からしてみれば、和を重んじる優と個を重んじるノアとは水と油のような関係に見える。“足りない”自分たちには協力が不可欠。その点、春樹は優と考えを同じくしている。

 ただでさえ難易度が高いと言われる大規模討伐任務。自分たちが生き残るためには、ノアの協力が必要不可欠だ。また、協力を取り付けることこそ、自分の役目でもあると春樹は思っていた。


「そうか。まあオレはもう少し、話してみる」

「……頼んだ」


 これは骨が折れそうだと、春樹はノアが消えた扉と机に突っ伏した優を眺める。

 5分後、終業のチャイムが鳴ってホームルームは終了。授業ももうないため、解散となる。結局その日、ノアが教室に帰って来ることは無かった。

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