第3話 ラピュセル

 午前の授業を終えた昼休み。


『兄さん』『春樹くんと一緒に』『一食いっしょく


 そんなメッセージが優のもとに届く。春樹も否やは無いため素直に一食――教務棟1階にある定食屋方式の食堂に向かった。

 ひとまず並べられた小鉢やお皿の中から好きなものをお盆に乗せて会計を済ませた優たちが見回していると、『入り口の特等席』と言うメッセージ通知が携帯のロック画面に表示された。


「春樹、そらはVIP席に居るらしい」

「まじか……。やるな、天のやつ。めちゃくちゃ度胸ある」


 そんなことを話しながら優と春樹が食堂の入り口方面へ戻ると、一角だけやけにオシャレな雰囲気の場所が見えてくる。そもそも一食は食堂らしく、長机に無数の椅子が並んでいる。他にも立ち食いをするスペースもあって、庶民的な雰囲気がある場所だ。

 しかし、なぜか入り口付近の3つの机だけはソファやひじ掛けの付いたイスが用意されている。壁や床、机など基本的に白で統一されている食堂の色合いも、ここだけはなぜか木目調になっており、間接照明までも完備している。

 総菜の臭い立ち込める食堂に置いて、まるで少し値の張るカフェのような雰囲気が漂う区画。通称、『VIP席』。150席近くある食堂において10人ほどという限られた人数しか使用できないこと、明らかに場違いな空気感に、まず1年生は使用することをためらう。そして、嫌でも衆目が集まるために上級生すらも利用しない、そんな場所だった。

 もちろん優も春樹も、利用をためらう側の人間。VIP席に向かう足は重くなる。それでも了承を返してしまった以上、昼食の約束を反故には出来ない。2人が嫌々ながら歩を進めること少し。


「やほ、兄さん、春樹くん」


 お盆に大量に乗った小皿のうち、ハンバーグを食べていた少女が食事の手を止めて優たちに挨拶する。

 少女の身長は150㎝ほどと小柄。茶色の大きく真ん丸な瞳は小動物のような愛らしさがある。肩甲骨に届くかという長い髪。編み込んでハーフアップにしたその髪は、黒と金色の髪が半々の割合ほどで交じり合う、特徴的な髪色をしていた。

 彼女こそ、優の妹にして9期生が誇る魔力持ち、神代天かみしろそらだった。そして、天の横にはもう1人、絶世の美少女がいる。


「こんにちは、春樹さんと……ゆ、優さん!」


 黒く艶やかな髪を揺らして挨拶をしたのはシア。ソファにゆったりと座ったまま優たちを見上げる瞳は濃紺色。やや幼さの残る整った目鼻立ちはある種の芸術品のようでもあり、見る人々を魅了する。彼女もまた天と同じで9期生期待の星。【物語】と【運命】、2つの啓示をつかさど天人もとかみさまの少女だった。

 並の人間なら利用を躊躇ちゅうちょするVIP席に置いて、当然の顔をして昼食を食べる少女2人。しかし、違和感のようなものは無く、むしろ様になっている。だからこそ、一般人の優と春樹がその空間に踏み入るには相当の勇気が必要だった。


「よっす、天、それからシアさん」


 先陣を切ったのは春樹。天の横にある1人用のソファに腰掛ける。続いて優も空いている場所、壁に沿って作られた横長のソファ。そこに座るシアの隣に腰を下ろした。

 4人全員で顔を合わせるのは、シアを救い出した8月28日以降、4日ぶり。それぞれが自分の食事をしながら、話を始める。初めはシアの謝罪。魔女狩り騒動に巻き込んだことを改めて、残りの3人に謝罪する。優と天は実家でシアと過ごしていたため、2度目の謝罪を受けることになった。


「いいって。同じセルのメンバーだしな。困ったらお互い様だ!」

「そうだよ、シアちゃん。この前も言ったけど、『ごめん』じゃなくて『ありがとう』ね」


 春樹が笑い、天が仕方ない親友だと肩をすくめる。


「そ、そうでした……。えっと、助けに来てくださってありがとうございました」

「いえいえ。シアさんが無事で良かったです。……それより、大討おおうちの話なんだが――」


 シアが感謝を述べたことで話を切り上げ、優主導のもと話は大規模討伐任務へと移っていく。


「――俺が覚えている限りだと、目的は奈良県奈良市の市街地を内地化すること。境界線の東進、だったか?」

「そうだ。期間は1週間の見込み。どうセルを組むのかは今週末に話すって聞いたよな」


 優、春樹が順に担任から聞いた話をまとめる。男子2人の話に続いてシアが補足する。


「それから、今回は上級生……8期生の方々と組むことにもなると聞きました」


 今回は9期生、8期生が合同で任務にあたる。単純計算で計200人が動く大きな任務になることが想定されていた。


「泊まりがけだから荷物も増えるし、知らない人たちとも協力しなくちゃいけない。やること一杯だねー」


 他人事のように天が言って、さらに乗ったハンバーグを平らげる。これがすでに3つ目のハンバーグだと知っていて驚かない当たり、シアも夏休みを経て天という人物を理解し始めていた。

 喉を鳴らして水を飲んだ天は、話題転換を図る。


「そういえば、兄さんたちんとこに来た留学生、どんな子?」


 4つあるクラスそれぞれに留学生が来たと天は担任から聞かされている。日々、刺激を求める天にとって、物珍しい留学生に興味を持たない方が難しかった。

 目を輝かせて聞いた天に対して、優と春樹は苦笑するしかない。ひとまず分かること、感じたことを優が言葉にする。


「名前はノア・ホワイト。年齢は1つ下の15歳。クーリアからの留学生だな。イケメンで……、俺が思うに多分、気難しい奴だ」


 サクサクの牛肉コロッケを切り分けながら所感を述べた優に、春樹が同意する。


「そうだな。アイツとセルを組んだら滅茶苦茶苦労しそうだ。命がかかって来るし、オレも出来れば遠慮したい」


 そんな幼馴染の相槌に、コロッケを食べていた優が頭を抱える。【運命】を司るシアがいる場で“フラグ”になりそうなことを口にしないで欲しい、と。そんな優の気苦労など知らず、春樹は天たちに聞き返す。


「逆にそっちはどんな奴なんだ?」

「ん? うちに来たのはクレアさんって人。めっちゃ美人」

「確か、クーリアの正式な王女様だと聞きました。ラピュセル・クーリア? とも言っていましたよ?」


 シアが言った王女と言う肩書に、サブカルに馴染みある優は心躍る。加えて、ラピュセル。とある伝承から“乙女”が転じて“聖女”を意味するようにもなったフランス語だと、中学時代に培った知識を掘り返す。


「クーリア……。確か、5年くらい前にヨーロッパに出来た王政国家だよな?」

「確かそうだったはず。めちゃつよ魔獣に占領されてたフランスとかドイツの国境付近を取り返して出来た国……だったかな?」


 受験時に詰め込んだ記憶を引っ張り出す春樹と天。国内のことで手一杯な現代では、世界史は改編の日以前に比べて軽視される傾向にある。世界情勢はもっぱらネットに依存し、自主的に調べないと出てこなかった。

 携帯を操作しながら留学生たちの母国について調べる天。


「あった。……人口が5万人くらいで、聖堂が有名らしいよ? 議会もあって、今の国王は魔獣を倒したレオンっておじさんみたい。以上」


 それだけを告げて携帯をしまった天は、空いたグラスに水を入れに行こうと席を立つ。


「待て、天。それだけなのか?」

「出来て5年の国。しかもこのご時世だからねー。てか、兄さん。早く食べないとお昼終わるよ?」

「いや、天に呼び出されて一食まで来たから遅れたわけでだな……」

「うわっ、人のせいにしてる。兄さん、かっこわるぅ」


 事実を述べただけなのに格好悪いと言われてしまう。その理不尽さと妹らしさに、優は項垂れる。


「ふふっ。元気出して下さい、優さん」


 夏休みで見慣れてしまった神代兄妹のやり取りを、シアは微笑ましく見守っていた。

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