第2話 ノア・ホワイト

 夏休み中に殉職じゅんしょくした同級生の話で緊張する優たちに、担任である児島和利こじまかずとしは大規模討伐任務の話を始める。


「作戦名は『奈良市街地奪還作戦』。これは日本政府が推し進める内地拡大計画に準ずるものです」


 手元にある資料を確認しながら、児島は黒い眼鏡を持ち上げて話す。


「そもそも第三校を含めた全国に7つある訓練学校は国に所属する機関です。その運営は税金によって賄われており、依頼達成料の一部も国の財源から出されています」


 依頼達成料は命の危険を冒して依頼を受けた特派員たちに支払われる報酬のことだ。


「しかし、時に数十、数百万にもなる依頼達成料を依頼者個人が払えることは稀です。そんな時、国が補助金という形で一部を負担する。その補助金の出どころが税金であること、特派員である皆さんはご存知ですね?」


 眼鏡の奥にある細い目を光らせながら聞いて来る担任の言葉に、学生全員がとりあえず頷いておく。

 話を聞きながら、優が思い出すのは長嶋一夜ながしまひとよから受け持った初任務のことだ。その任務の達成料は10万円。そこに魔人を討伐した特別手当ボーナスがおよそ30万円。約40万円を生き残った5人で等分したのだった。

 このケースでは依頼者である長嶋一夜ながしまひとよが10万円を出したため、補助金は出ていない。補助金の割合は所得などから総合的に判断され、最大8割までとなっている。なお、特別手当も税金が財源になっていた。


「いわば、特派員がもらうお金の多くは国民が払ってくれています。そんな彼らに対して我々、特派員は成果を示さなくてはならなりません。その際たるものが、内地拡大計画で……」


 児島が流ちょうに説明を続けていると、教室の扉が4度ノックされる。一度口を止めて児島が外に出たことを機に、教室は騒がしくなった。


「おい、大規模討伐任務だってよ! 俺まだ依頼受けてねーし、初めての任務が大討おおうちとか無理ゲー過ぎる」

「夏休み、遊んでるからだろ? 単位大丈夫かよ?」

「ってか税金とかの話、むずいんだけど。お前ら分かったん?」

大鳥おおとりさん、居なくなったのかー! 俺、結構好みだったのに」


 そんな会話が、優が座る男子エリアで飛び交う。大討おおうちは学生が使う大規模討伐任務の略称だった。


「大規模討伐任務……」


 優は噛みしめるように己の手を見つめる。全力で息抜きをして、後は魔法の練習と筋トレに費やした。出来ることは全てやっているはずだと、拳を握る。


「なんだ、優。緊張してるのか?」


 軽い口調で言ったのは春樹。揶揄からかっているようにも聞こえるが、優は春樹が緊張をほぐそうとしてくれているのだとすぐに理解する。そのうえで、問いかけに首を振った。


「いや。どんな任務が来ても、俺は全力でやるだけだ」


 優の中に緊張が無いわけではない。しかし、不思議と、任務でどこまで自分がやれるのかという期待にも似た高揚感があった。何より夏休み中、優の想い人である春野楓はるのかえでが思い出させてくれたのだ。優の根底にあるものヒーローの存在を。


 ――人々のために、どこまでも高みへ。自分の限界へ。


 どこまで走っても追いつかせてくれない格好良い妹。頼りない自分にいつも期待を寄せててくれる幼馴染。特別な人だと言って力を貸してくれる女神様。大切な仲間と一緒に歩いていく。その覚悟が、優の中にあった成長への渇望をより強くしていた。


「優。お前、なんか変わったか?」

「そうか? 自分では分からないが……」

「お待たせしてしまいました」


 春樹が優の変化に言及しようとすると、教室の扉が開いて、担任である児島が戻って来る。


「さて、任務の具体的な詳細を伝える前に、皆さんに嬉しい報告です。――入って来てください」


 児島のその声で、廊下から1人の人物が入って来る。早くも、居なくなった大鳥の補充要員……つまり編入生が来たのだろうか。そう、冷めた視線を送っていた優はしかし。

 生まれて初めて直で見る純粋な外国人の姿に目を見開くことになる。白い肌にくっきりとした目鼻立ち。鋭い目元には青い瞳が宿っている。ちょうど耳を隠すくらいの深い金色ブロンドの癖毛は、ノアが歩く度に柔らかそうに揺れる。身長は優と同じで170㎝ほどだが、長い手足が等身の良さを引き立てていた。


「クーリアからの留学生、ノア君です。異文化交流も兼ねて、仲良くしてあげて下さい」


 ノアを見た優は一瞬、天人かと思った。しかし、天人たちが持つ言葉にならないほどの神々しさ、畏れ多さのようなものは感じられない。それでも、天人だと言われても違和感がない程“外国人”を知らない優にとっては異質な存在だった。


「それではノア君、自己紹介をよろしくお願いします」


 学生たちが興味津々に黙りこくる中、児島がノアに自己紹介を勧める。しかし、ノアは微動だにせず黒板の前に立っている。そうして生まれる奇妙な沈黙に、学生はどうしていいか分からない。


「……おかしいですね。日本語は堪能だと聞いていたのですが――」

「ノア・ホワイト。ボクは日本には魔法を勉強しに来た。だけど、お前たちと慣れ合うつもりはない」


 それだけ言って、ノアは口を閉ざした。

 このご時世に珍しい外国からの留学生。特派員にはコミュニケーションが大切とされることもあって、大概の学生は社交的だ。新しく来た留学生にどう言葉をかけようか、どう関わろうかと考えていた中、流ちょうな日本語で語られた絶対の拒絶。

 優を含めた児島クラスの学生たちはあっけにとられることになる。自らが作り出した微妙な雰囲気など気に留めず、ノアは真っ青な瞳を児島に尋ねる。


「児島先生。ボクはどこに座れば良いんだ?」


 ゆるく巻いたブロンドの髪からのぞくノアの鋭い視線に射すくめられる児島だったが、咳払いをして体勢を立て直す。


「ああ、好きなところに座ってくれていいですよ」

「了解した」


 そう言うなり、後ろの方に固まる学生たちから一番遠い場所、つまり最前列にある長机の椅子を引いて座る。そのまま日本の学生などに興味は無いと、教員である児島と黒板に青い瞳を向け、肘をついた。


「……で?」

「あ、はい。それでは奈良市街地奪還作戦の概要の続きを話しますね。ノア君、あなたも参加するとのことなのでよく聞いておいてください」


 ノアにガンを飛ばされた児島によって、作戦内容が語られていく。

 机に肘をつき、不機嫌そうな態度を崩さないノア。彼以外、つまり日本の学生全員は凍てついた空気の中、苦笑しながら考える。


 ――こんな学生ヤツと、どう仲良くすれば良いんだ?

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