第1話 奈良市街地奪還作戦
【魅了】【肉欲】など、4つの啓示を司る天人の青年、コウ。彼は自分を信仰する人々や魔力至上主義者たちに指示して、白いマナの持ち主を探していた。俗に“魔女狩り”と呼ばれた騒動だ。
しかし、その騒動は大阪の歓楽街、
その後始末に駆けずり回っていた優たちが全ての手続きを終えるころにはすでに夏休みも終わりを迎えていた。仮免許取得試験に、初任務、魔女狩り騒動……。多くの出来事がありながらも、合間にプールや遊園地を訪れて夏休みを満喫した優。ひと夏の思い出を胸に、今日からまた特派員としての日々が始まる。
迎えた新学期。9月1日の木曜日。始業式という普通の高校なら定番の行事をすっ飛ばし、国立第三訓練学校は今日から早速、授業だった。とは言っても初日の1限目だけは全学年『ホームルーム』が割り当てられることになっている。
朝。枕元のアラームと共に起床する少年がいる。身長は170㎝と少し。あくびをしながら撫でた黒髪は耳が隠れるかどうかという長さ。毛量の減った髪にの感触に、愛する妹の勧めで散髪に行ったのだと思い出しつつ、少年――
昨日、第三校の寮に戻っていた優。風呂を出た後は1人の朝食を済ませ、普段着に着替える。事前に各種準備を済ませていたため、あとは教科書の詰まったリュックを背負うだけだ。出る前にもう一度だけ持ち物に過不足が無いことを確認し、
「行ってきます」
いつもの癖で誰も居ない部屋に出立を告げ、優は自室を出た。
ちらほらと登校する同級生たちを横目に階段を下りていく。そうして優が、机やソファが並ぶ寮1階のエントランスに着いた時だった。
「よっす、優!」
ソファに腰掛けたまま軽く手をあげ挨拶してきたのは優の幼馴染、
グレーのパーカーに暗い緑色のひざ丈短パンと言う出で立ちの春樹。他方、優はほぼ無地の水色Tシャツにカーキ色のチノパンスタイル。残暑の9月ということで、まだまだ夏の装いだった。
「おはよう、春樹。久しぶりだな、一緒に行くの」
「まぁな。これから後期だし、久しぶりに良いかなってな」
偶然会って登校することはあったが、春樹と待ち合わせて登校するのは4月以来だった。館内全体で空調の効いた寮を出ると、途端に湿気を帯びた空気がまとわりついてくる。優が空を見上げれば、白い雲が気持ち良さそうに群青の中を泳いでいる。やはり今日も暑くなりそうだった。
同級生たちに紛れて、優と春樹もホームルームがあるC棟へと歩き始める。夏休みの課題の進捗や魔女狩り騒動の後始末について話していると、
「春樹、そのケガ。どうかしたのか? ……まさか、京橋で?」
優が春樹の頬にできた切り傷を見つけ、足を止める。シアを連れ去ったコウを追うために、優は春樹と天に追っ手の足止めをお願いした。その際、春樹たちが戦闘を行なった場所が『ハハ京橋』と言う建物だ。しかし、戦闘の余波で建物の天井が崩落したと優は聞いている。
春樹の頬にある傷がその際に出来たものでは無いかと疑っていたのだった。そして、もしそうなら謝る必要があるとも思っていた。
どこか申し訳なさそうに聞いてくる優に、春樹は歯を見せて笑う。
「あー、これか? おとといの部活の時のやつだ。ほら、めちゃくちゃ最近の傷だろ?」
「……言われてみれば、確かに」
もちろん、春樹が言ったことは嘘だった。傷は天井の崩落の際に出来たもの、ではない。夏休みの終わり、そして今朝も。優に置いて行かれていると感じた春樹は、ある人物と魔法の特訓をしていた。頬の傷は、
「ま、名誉の負傷だと思ってくれ」
「……? ああ、分かった」
優がどうにか納得したところで、2人は登校する足を再び動かし始める。
やがて、2人がたどり着いたのはC棟2階の1室。優たちが教室に入ると、すでにほとんどの同級生たちが着席していた。人によっては髪や肌の色が変わっていたりして、夏休みを満喫したことが分かる。男子生徒を中心に挨拶を交わしながら待つこと10分ほど。予鈴が鳴って、眼鏡をかけたスーツ姿の中年男性が入って来る。
優たちのクラスの担任、
「皆さん、おはようございます。全員そろっていますね」
教室を見渡し、顔と人数を数えた
「せんせー! にじかが来てませんー!」
クラスメイトの1人、
「いいえ、全員、揃っています」
「え、でも……あっ」
第三校に来ている生徒であれば、もうおおよそ察しがついている。退学か、
「大鳥さんは、家庭の事情により退学されました」
児島の一言で、全員が安堵の息をこぼす。死んでいない。この場に居る全員、それを確認できただけで良かった。しかし、続く児島の言葉に今一度、緊張することになる。
「ですが、夏休み中、9期生では3人の生徒が任務先で殉職しました」
淡々と、同級生の死の報告がなされる。教室に居る全員が、自分たちは特派員であり、死のすぐそばに居ることを否応なく自覚させられることになった。
「さて、この流れで非常に言いにくいのですが、近々、大規模討伐任務があります」
児島が話す内容に、生徒たちが息を飲む。それは優も、隣に座る春樹も同じだった。
大規模討伐任務。それは、100人を超える特派員を投じて行なわれる、特別な任務の総称だ。内容は様々だが、総じて危険度が高いことで知られる。過去には『黒猫』と呼ばれる魔獣を討伐するための大規模討伐任務が失敗し、30人以上の犠牲者を出したこともある。優が初任務で倒した魔人、
「まずは、軽く概要を説明しようと思います。詳しい内容は週末のホームルームで行なうので、そのつもりで聞いてください」
生徒たちが戦々恐々とする中、児島が話し始める大規模討伐任務の概要。その作戦名こそ『奈良市街地奪還作戦』だった。
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