第3話 独白

 波乱が続いた9期生外地演習。今回は死者6名、重軽傷を多数出す結果となった。その内訳の多くは魔獣との戦闘ではなく、爆発の衝撃によっての死傷者の身。

 仕方ないとはいえその原因となった攻撃をした進藤がA級からの降格処分、居合わせた教員たちにも厳しい事情聴取と始末書提出が行なわれることになる。

 それでも、9期生の多くが魔獣との戦闘を経験し、特派員として大きな経験を積むことが出来たのだった。




 魔獣との実戦もあった演習が終わった。

 学生たちにも校舎にも被害が出たため、午後の授業は中止。ケガをした人は保健センターに行って手当てを受けた後、寮に帰るよう指示があった。小さいケガであれば通常の手当て、大ケガをした者は非常勤の天人の手当てを受けることになっていた。


 第三校敷地内にも多数飛来した魔獣たち。しかし、それらは居合わせた上級生と教員たちによって、隅々まで駆逐されている。ケガ人すらもいないと聞いた優としては、泥だらけで奮闘し、あまつさえ死にかけていた自分との差を実感することになった。


 教務棟のそばに併設された保健センターで診察を受け、外傷・内傷ともに問題なしと医師の診断をもらった後。

 帰寮してすぐ、優はユニットバスで不甲斐なさを洗い流していた。


北村きたむらが、死んだ」


 風呂という、誰も見ていない空間で。優は後頭部にシャワーを浴びながら、つぶやく。バスタブの排水溝に泥が流れていく様が、よく見える。


 北村秀きたむらしゅうは、優のクラスメイトだった。今朝。久しぶりの登校に緊張していた優に、笑顔で手を上げてくれた友人の1人でもある。

いわゆるお調子者といった風の北村はグループワークなどで真っ先に軽口を言って、グループ全体の雰囲気を良くできる。こと集団行動においては重宝されるタイプの人物だった。


 そんな友人が、魔獣の爆発の余波で木々に叩きつけられ、死んだ。


 改めて特派員と“死”との距離が近いことを見せつけられた気分になる優。魔獣を見ても、死体を見ても感じなかった嘔吐感が不意にこみ上げ、バスタブのすぐ横にあったトイレに吐き出す。


 立ち上がろうとするも手足に力が入らず、ドンと床にしりもちをついてしまう。

 もし部屋に誰かいれば、何事かと心配させていただろう。優は入寮以来初めて、個室であることに感謝する。


 理想という仮面をつけていた自分はもうどこにもいない。ここにはただ、無力な裸の自分だけがいる。


『覚悟はしていた』


 そう言っていた少し前の優が今の優を見れば、きっと格好悪いと酷評するだろう。こんな状態で、彼女――シアに会うことが出来るだろうか。


『この後、少しだけお時間いいですか? 大切な話があるんです』


 解散する時、神妙な面持ちでシアが優に言った。それに頷きを返した優はこの後、彼女と3カフェで会うことになっている。

 彼女の言う大切な話が何か。優はまだ、見当がついていない。常時であれば高校生らしく告白だろうかと邪推することもできたが、今はとてもそんな気分ではない。シアも、同級生が死んだすぐ後で青春をするほど能天気ではないだろう。


 いずれにしてもこの後、人に会うのだ。いつまでもこんなところで震えて、うずくまっているわけにはいかない。

 そう、わかっているのに。森でハエの魔獣を前にしたあの時と同じで、体は動いてくれない。


「……仕方ない」


 こうなった以上、優は少し立ち止まって、自分と向き合うことにする。中学生の時にあった“暗黒期”のおかげで、自分を客観視することも得意になっていた。

 今は誰も見ていない。魔獣もいないのだ。心の整理をするだけの時間はある。


 シャワーがバスタブをたたく音をBGMに、湯気が立ち込める天井を見上げる。


 自分というより、見知った誰かが死んでしまう恐怖で今は体が震えている。理想と現実の差を多く実感した今日。届くのだろうかという不安もある。魔獣のせいで友人が死んだ。その喪失感も、怒りもわずかにある。それらの感情が、戦闘が終わって一気に押し寄せ、ごちゃ混ぜになって、今があるのだろう。


『困ったら、立ち止まっても、逃げてもいい。何がしたいのか、どうなりたいのか、自分に聞いてみろ。それで俺は、可愛い母さんを捕まえた。そうしたら優と、これまた可愛い天が生まれた。いいことづくめだろ?』


 母と妹ばかり溺愛する父親、浩二こうじの数少ない教え。のろけでもあるその言葉を、優はその都度思い出すようにしている。程よく緊張がほぐれ、目的が明確になるからだ。

 そして、自分はどうなりたいのか。自問する。けれど、優の中でいつも答えは同じ。ヒーローのように人々を守り、助け、誰かに誇ってもらえるような、格好良い人間になること。

 天に『呪いだ』と言わしめるほどの理想と覚悟を確認する儀式でもあった。


 そうして自己分析していると、ようやく、体が動くようになる。ついでに寒さを思い出した体がくしゃみを誘発する。


 馬鹿野郎。


 父親の癖が映ったのだろうか。ユニットバス全体に響いた言葉が優の背を押してくれる。

 離れて暮らす両親に想いを巡らせながら立ち上がった彼は、熱めのシャワーで、冷えた体をもう一度労わることにした。

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