「見ている神がいないなら、この物語は『 』です」

第6話 神代天の場合

　試合に勝てば、付き合ってほしい。そう言った坊主頭の男子学生の言葉に了承の言葉を返した天。観衆はさらに盛り上がる。それに反比例するように、優と春樹のテンションは下がっていく。

　「まじで？！」

　「うん！　私に勝ったら、だよ？」

　「よし！」

　「はい、君たちストップ。さっさと試験の準備をしろ」

　試験とは関係のないやり取りだったため、教員が止めに入った。その言葉に従うように、天と小田。2人は正面を向いて対峙した。

　これで試験の結果次第で、天が小田と付き合うことになる、という余興が加わったことが周知された。俄然、注目が集まる。

　「おいおい、優。お前の妹が公衆の面前で彼氏を作ろうとしてるぞ」

　「あ、ああ。でも初めてってわけでもないはずだ。中学んときに彼氏いるって言ってただろ？」

　「そうなんだが……。複雑だー……」

　そんな2人の様子、というよりも春樹の様子を見て、シアは彼の想いを察する。

　「ふふ、優さんも春樹さんも、必死……ふふふっ！」

　あたふたする男子2人はシアから見て、とても微笑ましい。

　そうしてクスクスと笑うシアの声で、優は少し冷静になる。そう。気を揉む必要はないのだ。

　「でもまあ、大丈夫だろ。天が誰と付き合うのも自由だが、今じゃない。天は負けないからな」

　「いや、『もしも』があるかもしれないだろ。優は心配じゃないのか」

　「今回に関しては、心配はないな。少なくとも9期生では誰も、天に勝てないだろ」

　自信満々に言う優に、ようやく春樹も落ち着いてくる。

　少なくともじゃんけんのような運任せの勝負でもない限り、天は負けないだろう。自分でもそう、分かってはいる。とはいえ、春樹としては“誰にも”とは言い切れないが、

　「まじでブレないな、お前ら兄妹2人……」

　それだけは実感できた。

　そして始まる試験。開始前。天はちらりと兄を見た。自分が負けるとは思ってもいない、そのまなざし。

　「これでもダメか。兄さんは手強いな」

　一度くらいは心配して、不安な顔をしてくれてもいいと思う。それを期待して、今回も小田という男子からの、告白に近い申し出を受けたというのに。信頼とは、あまりに厄介なものだ。

　こうなると、小田が天の想定を上回ってくれる人物であることに期待するしかない。そんな人物であるのなら、天は本気で付き合ってもいいと思っていた。

　「始めっ！」

　「おぉぉぉ！」

　天の見つめる先。教員の合図で、小田が臙脂（えんじ）色のマナを全身に纏い、突撃してくる。

　それを見た瞬間、答えのようなものが見える。見えてしまう。別に相手の動きが見えるわけでは無い。ただ、自分はこうすればいいと脳が判断し、体が動く。

　――1歩引いて、お腹の当たりに少し大きい凹型（おうがた）の盾を〈創造〉する。その後、すぐに左に1歩、眼前から真下に向けて小さな〈魔弾〉。

　それが導かれた答えだった。

　例えば相手がシアやザスタなら、ワクワクしたに違いない。あるいは兄が相手でも、天は楽しむことが出来ただろう。

　今回はどうだろうか。右肩を前に、突進してきている小田。

　「私を押し倒す気？」

　「と、見せかけて」

　彼は天に激突する直前で止まり、体を開きながら右手甲の裏拳を放つ。――それは1歩引いた天のすぐ眼前をかすめる。

　「容赦ないね」

　「まだ！　本命！」

　と、通り過ぎた裏拳越しに見えた小田の左手には、体で隠されていた大きめの〈魔弾〉がある。

　「〈灯篭（とうろう）〉！」

　自分だけの技だというイメージを持たせて魔法の威力を上げる。そのために自分の中で固有の魔法名をつけるのもアリだと魔法学の授業で言っていたことを、冷静な思考の中、天は思い出す。小田は臙脂色の〈魔弾〉を灯篭に見立てたようだ。意外とロマンチストかもしれない。

　突き出した左手から放たれた小田の臙脂色の〈魔弾〉――〈灯篭〉が、天の腹部付近で爆ぜる。

　「よし！」

　この一撃に全てをかけていた小田。基本的に魔力持ちか天人が相手であれば、先制して油断している隙を狙うしかない。その思惑がうまくいったことに喜ぶ。

　しかし、彼はその後のことを考えていなかった。左手を突き出したまま、つんのめる。このままだと体格の大きい自分が小柄な天に覆いかぶさる形で倒れてしまう。そうなると、彼女がケガをしてしまうかもしれない。

　「よっこいせっ！」

　天の身を案じ、懸命に手を回し足で踏ん張って、体を回転させながらも、どうにか転倒をこらえた小田。都合、下を向いているその視界にピンク色のワンポイントが付いた白い運動靴が見えた。

　それは対戦相手、天が履いていたはずのもので、

　「――ごめんね……」

　後頭部から聞こえた想い人の囁く声。

　それを聞いた小田の首筋を小さな黄金色の弾が通り過ぎる。ペイントボールのはじける音。そのまま地面に当たった天の〈魔弾〉は、ポンっと軽い音を立てて爆ぜるのだった。そして、少しの静寂ののち。

　「……負けたー！」

　自身の敗北を悟り晴天を仰いだ小田。それでもその顔には、やり切ったような笑顔が浮かんでいた。

　目の前で膝をついた彼に、天は深々と頭を下げる。

　「改めて、ごめんなさい。でも、気持ちを伝えてくれて、ありがと！」

　「俺こそ、変な申し出、受けてくれてありがとう！」

　差し伸べられた天の小さな手を取って、恥ずかしそうに小田が立ち上がる。こうして、天の対人実技試験が終わった。