第7話 〈領域〉――王者の戦い方

 優が見つめる先。天に負けた小田が仲間らしき坊主の学生たちのところで「惜しかったって」「次だ、次」と慰められている。

 天も優たちを今見つけた様子で、伸びをしながら歩いてきた。


 「お疲れ、天」

 「うん、お疲れ。次は兄さんたちの番だね」


 優のねぎらいに、軽く手を上げて答える天。余裕そうに見える彼女を、それでもシアは友人として心配してしまう。


 「ケガとかしていませんか? 小田さんの攻撃、受けていたようにも見えましたけど」

 「そっちも防いだから大丈夫。心配してくれてありがとね、シアさん」


 そんな優たち、というよりも天に視線が集まっている。シアかもしれない。その視線の主はもちろん、偵察に来ていた上級生たちだった。


 「今の……なんで〈領域〉、使わないんだ?」

 「わからんけど、使えないんじゃね? 〈魔弾〉も小さかったし……」

 「確かに。魔力持ちにしては、地味、だったような?」

 「噂ほどじゃないのかもな」


 値踏みするような不躾で、無遠慮な視線。それは次第に天から、見た目で大体天人だと分かるシアに移っていく。


 「それよりも、あの子が……」

 「そうらしいわ。何十匹もの魔獣を一掃したとか、どうとか」

 「隣にいるやつらも、ひょっとして有望株なのか?」


 そして、注目の2人と行動を共にしている優と春樹たちにも、好奇の目が向けられる。


 「……これは確かに、変な感じだ」


 肺が重くなるような、そんな心地の悪さを感じる。優の感想に春樹も同意した。


 「シアさんも、天も。毎日こんな感じか?」


 春樹の問いに、シアはフルフルと首を振って、


 「さすがに毎日というわけでは。ただ、こういった多くの人が集まる場だと、たまに、でしょうか」

 「私は第三校に来てから、かな。まあ、気にしなくていいと思うけど」


 そうは言うが、見られているというのは結構心に来る。こういった人々からの目線も、シアが責任という見えないものを背負い込む要因になったのかもしれないと、優は思うのだった。




 着替えてくると言ってその場を後にした天。シアも友人の応援に行くと言って、どこかの会場に行ってしまった。

 残された男子2人で3回目、4回目と発表されていく組み合わせを聞いて、5回目。そろそろ折り返し、という時。瀬戸せと春樹の名前が呼ばれた。


 「春樹だ。相手は……」

 「首里しゅりさんだな。運が悪い」


 対戦相手を聞いて項垂れる春樹。

 首里朱音しゅりあかね。天と並ぶ魔力の持ち主で、優や春樹と同じクラス。意外にも1浪組だと最近知った、魔力至上主義者の女子学生だった。


 「ま、やれるだけやってみるか」


 そう言ってすぐに気持ちを切り替えた春樹とともに第3会場――北西の会場に向かう。寮に一番近い場所だ。すでにそこには天の時と同様、多くの上級生が集まっていた。目当てはもちろん、春樹ではなく首里の方。どことなくアウェー感があるように、春樹には感じられた。


 「じゃ、ちょっと行ってくるわ」

 「おう、頑張れ」


 少し緊張した様子で去って行く幼馴染を見送り、優は結果を予想することにする。


 普通に考えて。魔力持ち相手に一般人が勝つのは難しい。先ほど小田が見せたような、一点突破な試合運びをする必要があるのだが、もちろん、そう上手くいかないだろう。

 理由は、魔力が高い人がよく使う〈領域〉の魔法。周囲を自身の高密度マナで多う魔法だ。

 先ほど小田が惜しいと言えそうなところまで行けたのは、天が〈領域〉を使わなかったから。もし、その魔法を使用されると〈創造〉や〈魔弾〉など、体外でのマナの操作を大きく阻害される。


 一般人が魔獣と戦うためには〈創造〉した武器を使ってマナの消費を抑えつつ戦うのがセオリー。普段からそのための訓練をしている。しかし、〈領域〉を使用された場合、慣れ親しんだ戦い方が出来なかった。

 したがって、春樹は〈身体強化〉のみで戦うことを余儀なくされるだろう。狙うなら魔力切れか特攻だが、勝算は高くない。あるいは〈領域〉を使われる前に速攻して、首里に集中する時間を与えないか。


 「とりあえず〈領域〉を使われると、キツイな……」


 〈領域〉内であれば、首里は自由な場所に武器を形成し、〈魔弾〉の要領で射出できる。加えて、内部にいる敵味方の動きもマナを通じて感覚でわかる。相手の死角を容易に突くことが出来て、なおかつ、自分の死角をすべてカバーできる。まさしく、王者の戦い方。

 優のような一般人でも使えないことは無いが、範囲が小さくなる。せいぜい半径2m程度か。そんな〈領域〉であれば範囲外で待たれてしまい、じきに魔力切れしておしまい。とても実践レベルではないだろう。


 「こんにちは、神代優」

 「や! 神代くん!」


 考えていた優に、三船美鈴と木野みどり。2人が話しかけてきた。


 「――三船さん、木野さんも。首里さんの応援ですか?」

 「はい。朱音様の雄姿を見届けたくて」


 優の問いに肯定の言葉を返した三船。そう言えば彼女にはまだ西方との試験の労いと感想の言葉を伝えていなかったことを優は思い出した。


 「三船さんの試合、見ました。綺麗でしたね」

 「き、きれいですか……? ありがとうございます」

 「木野さんももう、試験は終わったんですか?」

 「ん? 私はまだなんだー。神代くんも朱音ちゃんを見に来たの?」

 「首里さんというよりは、対戦相手の親友を、ですね」


 優が見つめる先で準備を終えた2人が向かい合っている。


 「残念だけど、首里ちゃん、負けないよー! ね、美鈴ちゃん!」

 「そうですね。木野さんの言う通り、朱音様は負けません」

 「もう、みどりでいいのにー」


 聞けば、首里を含めた3人は器械体操部だという。さらに言うと、木野と三船は同じ中学だったとか。ただ、当時は2人とも顔見知り程度だったらしい。第三校に来て、首里朱音という共通の友人を持ったことで、初めて関わったようだった。


 彼女たちにとって首里は、優にとっての天ぐらいの信頼があるのだろう。

 優としても春樹の勝利を疑いたくないが、盲目的な信頼はかえって友人を危機にさらす。冷静に戦力を分析し、そして、最後に信頼という値を乗せて、なお。

 残念ながら今回は「勝つ」とは言い切れない。だから、


 「俺も、春樹が勝つって信じてます」


 親友が考えているだろう勝利への道筋をしっかり見ておくことにした。

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