第8話 3人目の魔人

 戦いはこれから、と優が意気込んだのも束の間。


 『…………?』


 魔力切れを起こしたように、倒れ伏した触手の魔人。

 そのあっけなさに囮であることを警戒していた優。


 「考えろ、考えろ……」


 口に出しながら、敵の本命の狙いを考える。


 ドンッという鈍い音ともに何かが中央会館の入り口からナニかが飛んできた。

 優たちが倒した魔人の上を飛び越え、何度も地面を転がるそれは、


 「――西方さん?!」


 叫んだシアの言葉で、西方であることがわかった。


 「がぁっ……」

 「西方?! おい、どうした?!」


 地を滑って止まり、口から血を吐いた西方に駆け寄る優とシア。

 西方の全身がミントグリーンのマナで覆われているため、まだ意識はありそうなのが幸いか。

 何があったのか聞き出す作業はシアに任せ、自分は瞬時に周囲を警戒する優。


 (何かがあった。その何かをした奴が必ず――)


 それが功を奏し、飛んでくる真っ黒な〈魔弾〉を視認できた。

 すぐに透明な針を創って投擲し、爆発させる。


 「案外頑張ったわね。おかげで子供を探す時間がなくなっちゃったわ」


 暗がりの拠点から姿を見せたのは、すらりと背の高い女性だった。

 途中、転がっていた囮に使った魔人のを、ゴミでも扱うように蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされた魔人は20m以上先にあった民家の壁を突き破って、瓦礫の下敷きになった。


 優もシアも。何があったのかは分からないままだが、何をすべきなのかは理解できた。

 すぐさま意識を切り替え、いつでも魔法を発動できるようにする。


 「ぅぐ……。あの人も魔人。魔力は天人ぐらいで、果歩ちゃんも荷物も無事……」


 よろよろと立ち上がった西方が、それでも勝ち得た情報を伝える。

 優がちらりと彼を見やれば、制服のあちこちが切り刻まれ、プロテクターが見えてしまっている。

 包帯が巻かれた彼の右手は力なく垂れ下がり、転がった際に脱臼もしくは骨折したと思われた。

 顔色も悪いため、目に見えない大きな傷を体内に負っている可能性もある。


 「今は下がって安静にしててくれ。ケガが悪化する」


 不測の事態にも西方はきちんと役割を果たしてくれた。

 自分とシアも使命を全うする必要がある。


 「どうしようかしら。さすがに人質も無しに3人とやり合うのはごめんこうむりたいわね」


 撤退を視野に入れた発言をする魔人。


 「シアさん。あの魔人もここで倒します」

 「はい。逃がして天さんたちの所に行く可能性があるからですね」


 目線を切らないようにしながら、作戦を話し合う。


 「まあ、そうよね。ほんと、その男の子に詰めのところで邪魔されちゃったわ」


 そう言いながらも、魔人には余裕のようなものが見える。

 えてしてこういう場合は裏がある。警戒度をさらに1つ上げる優。


 「まあいいわ。のんびりしていると権能を使われちゃうかもしれないし」


 すっと白く濁った眼を細めた魔人が、その両手に黒いナイフを創って握る。

 そして、


 「若い芽は早めに積むのが、定石よね」


 動き出した。

 姿勢を低く保ち、地を這うように優たちめがけて疾走する。


 相手は天人や魔力持ちと同等の魔力を誇る魔人。

 そして、西方の話からしても、今回の首謀者ということ。

 ここが正念場だと判断した優は、


 「シアさん、権能をお願いできますか?」


 切り札の使用を進言する。

 その問いに少しだけ迷いを見せたシアだったが、小さく拳を握ってうなずく。


 「わかりました。でも、私はまだ、魔法を使いながら権能を使えません」

 「俺がその間、シアさんを守ります!」


 シア本人の了解を得た時点で、優も右手を振るって魔人に突貫していた。


 「お前でも――」


 言いかけた魔人が不意に、横に飛び退く。


 「見えない武器……無色ね?」

 「やっぱりバレるのか」


 優が試しに投擲した目に見えない透明のナイフを、正確に避けた魔人。

 やはり魔法的な感覚を持つ魔人相手に、優はただの魔力が低いだけの特派員見習いでしかなかった。


 「滑稽ね。人殺しが特派員なんて。それに甘いわ」


 魔人が口にしたのは、優の狙いの甘さ。

 先ほど優が投げたナイフは、急所ではなく魔人の左足を狙ったもの。

 無色のマナ――殺人色だからこそ、人を傷つけることに抵抗を持っている彼。

 魔人とは言え、はっきりと人型をしている彼女に殺意を向けることを、優は無意識に嫌っていた。


 「本当に甘い。覚悟も、考え方もね」


 言いつつ魔人も手にしていた黒いナイフを投擲。

 強化された身体能力に放られるナイフは、目にも止まらない速さ。


 距離を詰めていた優が対処できたのは、1本のみ。

 もう1本の凶刃が優の背後――シアに迫る。


 一度集中を解き、〈創造〉した小太刀で叩き落としたシア。

 しかし、すぐにもう一度、権能を使用するために集中状態に入る。

 具体的な効果や対象、範囲などをイメージして指定しなければ、限定的とはいえ世界の理すら変えうる権能が無差別に効果を発揮してしまう。


 「シアさん、大丈夫――」

 「よそ見はしちゃだめじゃない?」


 魔人が右手で振り上げるナイフが、シアに意識を割いていた優の左脇に迫る。

 それを落ち着いて、左半身をひねって回避。


 その時、シアの後ろに下がった西方が目に映り、目が合った気がした。

 無事な左手を掲げ闘志を燃やす、その目と。


 「さっきからそうだけど。お前、動体視力が良いのね」

 「一応、鍛えているので――〈感知〉」


 慣れない魔法を使用するために、魔法名を口にした優。

 マナをゆっくりと周囲に放出、拡散させ、その反発からマナの動きを知る魔法。〈探査〉の応用だ。

 この魔法によって人間である優も、魔獣や魔人が得ている魔法的な感覚を疑似的に得ることが出来る。


 「……? 不快ね」

 「お互い様です」


 お互いがお互いのマナを感知し合い、肌がくすぐられているような感覚が襲う。

 それは同時に、互いの〈感知〉が反発し合い、打ち消し合っていることを示していた。


 「大丈夫? お前の魔力だと、すぐガス欠よ?」


 両手のナイフで幾重にも剣線を描きながら、優を切りつけようとする魔人。時折、シアをめがけてナイフを投擲したり、〈魔弾〉を撃ったりして牽制する。

 優もどうにか攻撃を引き付け、あるいは弾くものの、相手の方が数段上手うわて

 すり抜けた攻撃がシアに飛び、気が付いた彼女は回避。

 そのせいで、なかなか権能を使用できない。


 けれども手は1つじゃない。


 優の〈感知〉が、背後5mから迫るマナの反応を捉えた。

 瞬間、身をかがめる。


 急に体勢を崩したように見えた優の背中に魔人が刃を振り下ろす。

 直前。

 魔人の目の前にはミントグリーンの〈魔弾〉があった。

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