幕間 秀才たちの矜持

 壁や天井からパラパラと破片が降り注ぐ、薄暗いパーティー会場。優が去った後、春樹は葛城美百合かつらぎみゆりの介抱と拘束のために動く。そうして離れていく彼の姿を見送った後、天は目の前に居る同級生――首里朱音へと目を向けた。


「今なら私を見逃してもいいんじゃない、首里さん?」


 首里が義理立てとしてこの場に居ることを理解している天。首里と戦いたいという思いはあるが、現状、最優先はシア、そして兄の安否だった。よって、首里が見逃すのであればコウを追って行った優に追いつきたいのだが、


「悪いけど、それは出来ません」


 そう言って全身から紅いマナを放出させた首里によって否定される。


「……そっか。でも、兄さんと同じで人に向けて魔法を使えない首里さんじゃ私に――」


 勝てない。そう言おうとした天の腹部めがけて、紅色の〈魔弾〉が飛んでくる。反応が遅れた天は普段よりかなり大きな丸い盾を使って真正面から〈魔弾〉を受け止めることになる。それでも衝撃は吸収しきれず、立ったままツルツルした床を滑ることになった。しかも、慣れないパンプスで少し体勢を崩し、地面に手をつく形で耐えることになる。


「不意打ちとか、卑怯じゃん」


 盾を消滅させて好戦的な笑みを湛え、上目で首里を睨む天。そこには両手に紅剣を握ったまま、ただ目線だけでマナを凝集させ、〈魔弾〉を使用した首里が平然と立っている。

 手をつく天を冷徹な瞳で見下ろす首里は、ただ一言。


「使命は、矜持に優先します」


 言って、右手の剣を天に向ける。つまり、天人から与えられた大切な使命がある今、人を傷つけるのが怖いなどとは言っていられない。そう、首里は言っていた。

そして彼女は剣を掲げたまま少しだけ口角を上げ、天を挑発する。


「ほら、立って下さい。わたしに勝つんでしょう?」


 その言葉に、ひとまず直立した天は小さく息を吐く。一瞬、天は靴を脱いで地面との摩擦を強め、機動力を高めようかと迷う。しかし、あたりに散らばる瓦礫を見てやめておいた。

 心は熱く、頭は冷静に。そう自分に言い聞かせ、全身に黄金色のマナをまとう。そして、黄金の槍を左手に創り出して姿勢を低くし、


「いいよ、分かった。……覚悟してよねっ」


 首里に突貫する。その顔にはどこまでも楽しそうな笑みが浮かんでいた。

 10mはあった距離を1秒ほどで駆け抜け、振り上げられる黄金の槍。薄暗い会場に黄金色こがねいろの軌跡が描かれる。

 闇夜を裂く月光のようなその美しい閃きを、静かに燃える炎のような紅剣が受け止める。重い金属が地面に落ちたような音が、静かな会場内に響き渡った。

 首里から見て、右下から振り上げられる天の槍。右手の剣で防いで左手で反撃。そう考えていた首里だったが、両手で持った天の槍撃そうげきが想像以上に重く、両手で受け止める。

 振り上げる力と抑え込む力。力の入れやすさが違うため、拮抗したのは一瞬。すぐに槍を押し込む首里の力が優位に立つ。こうなることが分かっていた天は、


「そいっ」


 すぐに槍を引いて、その場で一回転。その力を乗せた右上からの槍の振り下ろしを首里に見舞う。押し込む力を強めていた首里の体勢が前に崩れているかも。そんな天の狙いだったが、首里は冷静だった。自身右上から襲い来る天の一撃を両手に持った剣で受け止める。ついでに、瞬時に作り上げた紅色の〈魔弾〉で天の左脇腹を狙うも、


「おっと」


 天は器用に身をよじって回避する。かすめた〈魔弾〉が、天が着ているドレスの意匠を抉った。

 左脇に迫る〈魔弾〉を避けようと天が自身の右側に体勢を崩したために、槍の攻撃の重みが無くなる。瞬間、首里は腕に力を込めて天の槍を跳ね上げ、決定的な隙を作ろうとする。が、天は槍を消滅させて事前に阻止。右に崩れ落ちようとする姿勢のまま、3発の小さな〈魔弾〉を首里に放つ。さらに1発、首里の死角である頭上から〈創造〉した槍を降らせる。

 それに対して首里は


 ――カッ。


 ヒールを鳴らし、スカートを翻しながら身体を回転。迫る〈魔弾〉を踊るように剣で切り裂き、立ち位置を変えることで頭上から迫っていた槍を回避した。

 その隙に、天は崩れていた体勢を立て直し、足元に気を付けながらバックステップ。首里から距離を取った。そして一度臨戦態勢を解除したかと思うと、


「なるほど……。もう大体分かった、かな?」


 そう言って手にしていた黄金の槍を消滅させ、空いた両手に首里と同じ黄金色の剣を〈創造〉した。

 得物が変われば戦い方も大きく変わる。イメージが魔法の強弱に関わっているとされる中、慣れ親しんだ自身の武器を変えることは下策とされている。天の不可解な行動に首里が形のいい眉をひそめる。


「何をしているのですか?」


 鉄仮面に珍しく不可解を浮かばせる首里に、天は何度か剣を振るって答える。


「私、人の戦い方を見るのが好きなんだ。私にない物、私が想像できないこと。たくさん教えてくれるから」


 そう言って、天は左手に持った黄金色の剣を見つめ、長さを調整した。結果、形状こそ首里のものと同じだが、大きさは5分の4ほど。天自身の小さな体躯に合わせた黄金剣が出来上がったのだった。


「仮免試験で春樹くんと戦った時。それからこの前、兄さんと戦った時。で、今回。合計3回。3回、首里さんの戦い方を見てるんだもん。それに、練習する時間もあった」


 静かに目を閉じ、これまで見て、完璧に記憶して来た首里の動きを脳内で追う。それを自分に合った形に変えて、想像する。


「さすがにまだ、常坂ときさかさんの居合は無理だけど……」


 目を開いた天が静かに、ゆっくりと剣を持った左手を首里に掲げる。


「首里さんがたくさん頑張ってきたのは分かった。だけど、私は誰よりも先に立っていないといけないんだ」


 言って、剣先を首里に向ける。それは最初、首里が天を挑発した時と全く同じ角度、同じ剣の握り。それでいて天は利き腕の左腕でそれを行ない、剣の長さも調整してある。


「なるほど。さすが、“魔法の申し子”ですね、神代さん」

「ありがと。誰かにいさんのためにも、私は天才で居なくちゃいけない。一度だって、負けるわけにはいかないんだ」


 事ここに至って、首里は理解する。己が心血を注いで練り上げて来た戦い方を目の前の少女に吸収されたのだと。“真似る”なんてものではない。文字通り学ばれ、吸収され、少女に力に変えられたのだ。

 表情は変えないままだが、首里の頬を冷たい汗が流れる。これが“魔法の申し子”と呼ばれる天才なのだと。

 やがて、首里に剣を掲げたまま、天が口を開く。


「それじゃあ、2回戦と行こっか、首里さん? ――私に勝つんでしょう?」


 冷たい表情、少し口角を上げて造られた笑み。表情に至るまでを完全に再現する。 


「……そうですね。それでも、わたしは負けませんが」


 薄暗い会場に4つの剣線が閃く。優を追うことも忘れて楽しそうに剣を振る天。彼女の圧倒的な才能を前に、それでも譲れないプライドをかけて一歩も引かない首里。

 超常的な2人の少女の戦いを、一般人でしかない春樹はただ遠くから眺めることしかできなかった。

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